革新主義者

 交流試合以後編入生の増長は影をひそめ、王立精霊士学園は平穏を取り戻した。

 だが間を開けず、今度は在校生の優越感が問題視されだした。

 理由は学力考査の結果である。

 学園に通えなくなった高等部の平民生徒は初等部の知識で止まっていたし、中等部以下は算術はおろか読み書きも怪しく「試験問題が読めない」生徒が続出した。

 貴族は家庭教育で一般教養は身につけていたが、精霊学を教える者はいなかった。

 学園では精霊学の評価が半分近くを占めるため、それでつまずくと他では挽回できない。

 その結果、中等部五年では不動の最下位だったルークスの下に、編入生十四人全員が名を連ねてしまった。

 精霊学がダメなのはルークスも同様だが、彼はゴーレム関連の座学で「学園創立以来最高」の点数を毎年記録している。

 さらにこれまで足を引っ張っていたゴーレム実習で、今回は特別配点をもらうほどの結果を出していた。

 貴族編入生たちのショックは大きく、特に級長になろうとしたラウスの評判は地に落ちた。

 さらにゴーレム戦基礎の実技で、訓練所では中隊長まで務めたラウスが、ゴーレムの基本戦闘動作ができないことを露呈した。

 他の編入生も似たようなもので、デルディに至っては「模擬戦でルークスに負けた生徒」という不名誉までいただいた。

 ルークスは背の低さでカルミナに次ぎ、腕力ではカルミナ以下である。

 だから模擬戦では型は出来るも相手の防御を破れず、逆に防御は簡単に崩されるので一度も勝ったことがない。

 これは編入生を相手にしても同様で、やはり筋力の無さで負けてしまった。

 たった一人の例外を除いて。

 デルディの細腕はルークスより非力だった。

 ハンマー替わりのクッション付き棒に振り回されてしまう。

 盾は構えるのがやっとで、ルークスの弱い攻撃でも落とされてしまう。

 結果、何度挑んでも負けを重ねるだけだった。

 模擬戦はゴーレムの戦闘動作を身につけているか確認するために行うので、勝ち負けは評価に影響しない。

 だが公然と誰かを叩ける機会なので、本気になる者が後をたたなかった。

 革新主義者のレッテルを貼られたデルディは格好の獲物なので、下手に男子とやらせたら事故が起きる。

 そして本人はひたすらルークスとの戦いを求める。

 担当教諭のマルティアルは、基本的にルークスと当たらせ、他はフォルティスや女子など事故を起こさない人間に限定した。

 デルディはルークスと戦えればそれで良いし、負けばかりだったルークスも勝つことができる。

 しかもデルディがキレて暴走すると「ゴーレムはそんな動きしないよ」とチェックもしてくれた。

 憎きルークスから間違いを指摘されるのがデルディには何よりこたえ、必死で正しい動作を覚えようと練習に励んだ。

 かねてよりルークスの観察力を評価していたマルティアルは、この結果に満足した。

 これまではゴーレムの動きの模範を自らやっていたマルティアルだが、最近はルークスとフォルティスとの模擬戦で教えることも増えた。

 両者ともゴーレムの動作をきちんと再現してくれるし、指示どおりの攻防も見せてくれる。

 騎士になったルークスが剣の練習を始めたことと、従者になってからフォルティスのルークスへの理解が進んだこととが大きかった。


 ルークスとフォルティスが編入生たちにも認められるのを、ラウスは苦々しく見ていた。

 平民が懐柔されるなど、どうでも良い。

 問題は同じ伯爵位の少女スペルビアである。風精使いなのでグラン・シルフを選び、真っ先にラウスと距離を置いたのだ。

 これに他の貴族も続いた。

 戦友と思っていたソドミチまでルークスに接近されたのはショックだった。

 人が離れていくことにラウスは焦った。

 もうルークスに敵意を向ける人間は、ラウスの他はデルディしかいない。

 彼女は貴族への憎悪、特にルークスに対する憎しみが強いだけでなく、他人に同調を強いるので編入生のみならず在校生にも嫌われていた。

 いくら人が離れても平民の、ましてや革新主義者と結ぶなどラウスにはできない。

 結果、編入生は貴族と平民の各一人ずつが、クラスで孤立することになった。


                  א


 低学力以上に学園首脳を悩ませたのは、編入生が価値観を共有しないことだった。

 リスティア大王アラゾニキ四世は「パトリアを征服してやる」と豪語していた。

 これを貴族はもちろん平民も信じ、新たな国への順応に励んだ。

 ところがリスティア軍の敗北で状況は一転、見捨てた国に戻ってしまう。

 要領が良い者は順応しようとする、あるいはその振りをした。

 しかしリスティアでのし上がろうとしていた者たちは、勝手の違いに戸惑い、あるいは反発する者も出た。

 生徒間のトラブルは各学年で頻発している。

 ラウスのように貴族平民平等扱いに納得できない貴族生徒は、初等部に在席していた高等部以外のほぼ全員だった。

 平民の生徒は、自分たちがなぜ「国の為」に戦わねばならないかが分からない。

 今までは大王を恐れて嫌々従っていた。

 パトリア王国の国民となったので、戦いから解放されたと思っていた。

 だのに兵役があるどころか「自発的に国を守る」ことまで要求されるとは想像の彼方である。

 国防は王侯貴族が担うもので、平民は労働を含めた税負担のみ、が封建国家の基本だから。

 だが帝国との戦いで挙国一致が必要となった国では、王侯貴族の権限を減じる代償で、平民も国防義務を負うように変わりつつある。

 パトリア王国のような弱小国は、一回の敗戦が国家消滅になりかねないので切実なのだ。

 事実、帝国とは比較にならない程度のリスティア大王国に、一時は国土と国民の半分を奪われている。

 家柄だの伝統だのと贅沢を言える状況ではない。

 特に、身分がない精霊と向き合う精霊士を養成する学園では、生徒に身分による差異を付ける必要はない。

 そう決めたのは学園を創立した先王、フローレンティーナ女王の父親であるジガンテス王だった。

 彼の意思を受け継ぐ王立精霊士学園は、貴族平民平等を建前だけは守っていた。


 その建前に従い学園は、なぜサントル帝国と戦わねばならないかを編入生の主に平民に教えることに力を入れた。

 帝国が行ってきた非道と非常識の数々を、歴史と社会二つの講義で集中的に扱わせている。

 帝国領土になると「今より酷い状態になる」と理解させるために。


 その日、中等部五年生は社会の講義で「帝国の内政」を教えられていた。

 教壇で中年の女性教師シーリチェが弁を振るっていた。

「サントル帝国は皇帝が独裁制を敷く、専制国家です。

 皇帝の権限は王や領主より遥かに強く、愚かにも『法王猊下と同格の、神の代行者である』とさえ吹聴しています。

 この不遜な振る舞いで皇帝は法王庁から破門されました。その際、帝国内の神殿は法王ではなく皇帝を支持したため、帝国そのものも破門されました。

 よって帝国内の司祭や司教らは全て偽者です。

 つまり帝国の国民はすべて、死後の安寧は得られず地獄に落ちるしかありません。


 帝国は階級制を否定していますが、これは表向きでしかありません。

 実際は貴族である市民階級が、平民である大衆階級を支配する階級社会です。

 帝国は『生まれたときは誰しも平等』と宣伝していますが、市民の子は例外の他全員が市民になれるのに対し、大衆の子は例外しか市民になれません。


 そうした帝国の歪んだ思想の根幹が、革新主義なのです。


 革新とは物事を変えて新しくするとの意味ですが、実際は思いつきの強制です。

 思いつくままの政治は失敗ばかり、そのため国土も人心も荒廃しています。

 例えばある地域で『スズメは麦を食べる害鳥だ』と市民が決めつけ、農民を総動員して駆除しました。

 スズメが激減した結果、スズメに食べられていた虫が大発生、麦や他の作物を食い荒らし、大凶作が起きました。

 そんな非常識な失政さえ『革新』を付けた以上、市民は失敗を認めません。

 彼らは失敗した責任を他人に転嫁するのです。

 スズメ狩りによる大凶作も『スズメと一緒に虫を駆除しなかった農民』つまり大衆の責任にされ、飢饉ききんに対する食料供給などの救済は施されませんでした。

 この失政で三百万人もの餓死者が出たと言われています。

 帝国市民は綺麗事を言います。

 美しい言葉で目標を掲げますが、達成するための手法がデタラメなため、目標と正反対の結果を招く事例が頻発します。

 重要なのは常に『他者にさせる』だけで、決して自らは行動しない点です。


 彼らは煽動者なのです。


 行動には結果が、結果には責任が伴います。

 そして思いつきを検討もせず実行すれば、失敗するのは必然です。

 だから市民は自らは行動せず、他人にやらせて責任を逃れるのです。

 市民が責任を負うときは、上の者に責任を押しつけられたときのみです。


 たまに革新も成功するときがあります。

 しかし次の革新で成果が潰されることもまた良くあるのです。

 ある地域で、革新により農業用の貯水池を作りました。

 地域の農地を潤して余りあるほど大きな池です。

 ならば農地を拡大する革新をしよう。

 ここまでは良いでしょう。

 問題は貯水量に見合う『農地にできる平坦な土地』が無かった点です。

 我々ならば農地拡大は諦めるところです。

 最初の計画が間違いだったのですから。

 しかし帝国市民は『革新』に間違いを認めません。

 農地拡大に手段を選びませんでした。

 その手段とは『貯水池を埋め立てる』ことでした。

 これにより計画どおりの農地は得られました。

 革新は成功です。

 しかし、その前提である貯水池が無くなってしまいました。

 そのため全域で水不足に陥り、凶作が続きました。

 この革新の失敗の責任を負わされたのも、無駄な作業に酷使された大衆でした。


 大衆は市民の命令に逆らえません。

 市民の気まぐれな革新に振り回され、挙げ句に失敗の責任を負わされます。

 要するに大衆とは『名前を変えただけの奴隷』なのです。

 そんな大衆の不満を外に向けるため、また衰えた国力を他国の富を奪うことで補うため、帝国は侵略を繰り返してきました。

 そんな帝国の暴政と無法を止めるため、法王庁は聖戦を宣言、対帝国包囲同盟を結成しました。

 サントル帝国こそ地上に出現した地獄、何をおいても倒さねばならない絶対悪なのです」

 質問者が手を挙げた。

 痩せた平民少女のデルディが食ってかかるように言う。

「帝国がそんなに悪い国なら、どうして各国は負け続けているんだ? それって他の国に正義が無いからじゃないのか?」

 シーリチェは穏やかに諭す。

「帝国は国土を荒廃させても平気で大衆を兵役に就かせます。中には未成年も。兵たちの待遇は劣悪ですが、家族が人質にされているので逆らえません。

 帝国では処罰が連座制、家族はもちろん、場合によっては一族、周辺住民まで累が及ぶことも。ですので大衆は逆らうことができず、無理な命令でも従う他ないのです。

 そうした非道を各国が取り入れでもしたら、あなたは今、このように教師に文句など言えなくなるのですよ?

 あなたは帝国の大衆と違い、パトリア王国の法律によって守られているから、貴族である私にさえ抗弁ができるのです」

「綺麗事を言ったところで、負けたらそれで終わりじゃないか」

「確かに、手段を選ばなければ勝てるかもしれません。しかしそれでは、我が国も帝国同様の悪の国に、革新主義者のような獣に堕落してしまいます。神殿の教えに反するような非道は、心を持った人間にはできないものです」

「正義があれば勝てるはずだ! 勝てないのは、正義が帝国にあるからじゃないのか!?」

「帝国が正義だと!? ふざけるな!!」

 怒鳴ったのは巨漢の男子生徒ワーレンスだ。

「あんな腐った連中になんか、正義があるもんか!!」

「どこがどう腐っているか説明しろ!」

「今説明されたろうが、このバカ!!」

 他の生徒たちも大声でワーレンスに賛同する。

 それでもデルディは自説を曲げない。

「こちらに正義があれば勝てるはずだ! 勝てないのは、悪だからだ!」

「正義と勝利とは、まったく関係ないよ」

 呆れた風にルークスが言ったので、周囲は驚き静まった。

 先の戦争での勝利の立役者が「勝利に正義は無関係」と言ったのだ。

「戦争の勝敗は軍事力と経済力、それと政治力の合計値でほぼ決まる。勝った側が戦争の後でも正義を主張できるというだけの話さ」

「それは、負けたあんたらの負け惜しみだ!」

「ええと、君ら編入生は僕ら在校生に負けたんだけど、それって僕らが正義で君が悪だから?」

 デルディの口が開いたまま閉じなくなった。

 これには在校生が大喜びする一方、編入生は「自分たちが悪などとんでもない」とデルディに怒る。

「あんな、遊びで正義など分かるか!」

「勝ち負けに遊びも戦争も違いはないよ。総合力で強い方が勝つだけで。君がどんな正義を掲げたか知らないけど、それは勝敗に影響しなかったでしょ?」

「戦争は違う! 正義があれば勝てる! 正義が無いから負けるんだ!」

「何を言っているの? 戦争は両方が正義を掲げるものじゃないか」

「両方が正義なんてあるものか!」

「じゃあ君は、片方は悪を掲げて戦争をしたって言うの?」

「それは……滅びた国が、そうなのだ。だから負けたのだ」

「初めて聞いた。それってどこの国?」

「――たくさんだ」

「一国でいいから名前を挙げてみて。その国が悪を掲げたか、図書室で調べれば分かるから」

 苦し紛れの言い逃れを追及され、デルディは進退窮まった。

「滅んだ国のことなど分かるわけないだろ!?」

「歴史の本に書いてあるよ?」

「歴史は、講義で教えていることだろ?」

「講義で扱うのは歴史のごくごく一部だよ。パトリアに関係しない、大きくない国は講義じゃやらない。でも歴史の本なら講義でも扱わない、大陸に存在した、つまり滅んだ国のことがたくさん載っているんだよ」

「悪い国の記録なんて残したら、悪い考えが残ってしまうじゃないか!」

「そんな考え聞いたことないよ。誰が教えたの?」

 一瞬息を飲んだデルディは誤魔化すため、ことさら大声で返した。

「正しい考えだ!! お前はそれを知らないムチモーマイだ!!」

「そいつは革新主義者だ」

 とワーレンスが横から口を出した。

「悪い考えってのは、てめえの方だろうがよ」

 ルークスは首をかしげ、口をつぐむデルディに問いかける。

「君は革新主義者なの?」

「ち……違う」

 口ごもった返答は、誰の目からも言い逃れにしか見えなかった。

 ただ一人の例外を除いて。

「違うってさ」

 とルークスは、わざわざワーレンスに報告して怒らせた。

「だからてめえはバカなんだ! そんなの嘘に決まってんだろ!? 信じるか、普通!!」

「でもパトリアもリスティアも帝国じゃないよ? なんで革新主義が未成年にまで広まるの?」

「そいつを見れば分かるだろ!? バカでも他人をバカにできるからだ!」

 巨漢は太い指で痩せた少女を指した。

「ろくに字も読めないバカの癖に、他人をバカにして自分が上のように思い上がれるんだ! そりゃバカなほど飛びつくさ。バカは仲間を見つけて吹き込む。だから帝国はバカばかりなんだ!」

「でも本人は違うって言ったよ?」

「だから嘘だって言ってんだろ!? なんで信じるんだ、この大バカが!!」

 ワーレンスが怒り狂って収集が付かなくなったところで終業の鐘が鳴った。

 そのせいでルークの心には「ワーレンスが絡んできた」だけが印象に残った。

 最後にシーリチェは教師として締めの言葉を伝えた。

「我がパトリア王国は、神がもたらした秩序を守るため、そして同盟の構成員として、いつかまた帝国が挙兵する日に備えなければなりません。

 現在も帝国では一軍が編成中との情報があります。また演習だ、と油断してはなりません。

 その部隊が東西南北どこかの国境を越えても、対処できる態勢を整える必要があるのです」


                   א


 デルディは昼休み、園庭の木陰で寝転んでいた。

 食後に歓談が行われる寮の食堂が嫌で、早々に学園に戻ってふて寝・・・しているのだ。

「なんて窮屈なんだ」

 彼女は学園に「才能を抑圧されている」と感じていた。

 七倍級ゴーレムを扱えるのに、中等部というだけで作ることさえ許されない。

 パトリア人は異常に事故を恐れる臆病者だ、とデルディは断じた。

 リスティアの訓練所で、彼女は優等生だった。

 貴族に嫉妬されるほどのゴーレムマスターなのに、この学園では算術ができないだけでバカにされる。

「精霊使いに計算なんか必要ないじゃないか」

 しかし在校生は決まり文句で編入生をバカにする。

「全員ルークス以下だなんて」と。

 それまでの学年最下位がルークスであったとは驚きだ。

 だがそれで自分の正しさが補強された。

 精霊を扱うのに学力など必要ない、ということだ。


 確かにルークスは学年最下位だったが、算術など実学の成績は悪くない。

 彼に「掛け算を教わっていないの?」と驚かれたときは屈辱のあまり死にたくなった。

 デルディには掛け算が理解できない。

 数がいくつもあるとか意味が分からないのだ。

 数字は文字でしかないのに。


 三×三と書いてあっても、三は二つしかない。

 三+三+三でなぜいけない?


 ゴーレムに無関係なことを大量に覚えるのが苦痛だった。

 ゴーレムにしても、使えれば用は足りるのに、余計なことを覚えさせられるのが我慢ならなかった。

(帰りたい)

 そんな思いが少女の心に湧いてくる。

 しかし郷里に自分の居場所はない。

 訓練所が閉められた今、帰る場所が無くなってしまった。

 たった一人の理解者もテルミナス河の北へ帰ってしまっている。

 デルディはもう、この監獄にいるしかないのだ。

「くそ、ルークスめ!」

 平民なのに貴族になった裏切り者。

 そんな奴が喝采を浴びるのが許せなかった。


 毒づくデルディに足音が近づいてきた。

 身を起こすと、痩せた老人が杖を付いている。

 教頭のランコーであった。

 デルディは彼が前の学園長であるとは知らなかった。

 新任教師が起こした不祥事の責任で教頭に降格されたのだ。

 その時点で職を辞めても良かった。

 引退してもおかしくない年齢だ。

 だがしかし、監督者である王宮精霊士室長のインヴィディア卿に降格を告げられたとき、気が変った。

 彼女がこう言ったからだ。

「ルークス卿はパトリア王国の柱石となる人物です。彼を成長させるのがあなたの役割だと心得なさい。成長に必要な助言、指導、試練を与えるのです」


――試練――


 その単語にランコーは飛びついた。

 ランコーが築いた秩序を破壊した問題児に、報復する大義名分が与えられたのだ。

 だが具体的にどうするかは見当がつかない。

 教頭は直接生徒を指導する立場ではないのだ。

 部下である土精科の教師陣も貴族はランコーの手足となってくれるが、平民たちは動きが悪い。

 派遣元の思惑があるせいだ、とランコーは推測している。

 それもあって事故を起こすことは早々に断念した。

 何しろルークスのそばには常に、姿を消したグラン・シルフがいる。

 周囲どこまで見張られているか、消えているのでわからない。

 それに百を越す「ルークスの友達」のシルフたちが、いつ何時学園に来て、決定的瞬間を見られるかも知れない。

 どう考えても、事故は無理だ。

 直接手を出したら最後、あのグラン・シルフはランコーの息の根を止めるだろう。

 ならば、誰か他人を利用するしかない。

 そんなランコーの目には、ルークスをののしった少女の姿は闇夜の灯台のように明るく見えた。

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