叙任と陰謀

 ようやくルークスが落ち着いた。

 涙を拭い居住まいを正したフローレンティーナ女王は、後ろに控える侍従に合図した。

 予定より大幅に遅れた事を始めるのだ。

 老いた侍従が女王の剣を持ってきた。

 立ち上がったフローレンティーナは侍従の捧げる剣の柄を握り、ルークスの前で抜いた。重くて両手でないと支えられない。

 すると彼の肩にいる小さな土精が両手を広げて庇う仕草をした。

「やめるです!」

「大丈夫だよ、ノンノン」

 両手でそっと肩から下ろす仕草から、ルークスが本当に精霊を大切にしているのだと見てとれた。

 女王は少年の肩に、刃を寝かせた剣を置いた。左右に。

「ルークス・レークタ、そなたを私の・・騎士に任じます」

 どよめきが起きた。

 単なる騎士叙任なら論功行賞として妥当である。彼の父親も騎士に任じられる予定だった。

 だが今、女王は「私の」と言った。

 女王直属はパトリア騎士団だけの名誉である。その名誉を勲功抜群とはいえ平民の、しかも未成年に与えたのだ。

 平民だからルークスは剣を持っていない。女王は鞘に収めた剣をを少年に手渡した。

 自分の象徴を与えるなど、さらに異例であった。君主が自分の剣を渡すなど、名代を命じる場合くらいである。

 十四才の少年が、騎士団長でさえ得ていない特別な名誉を与えられたのだ。

 フローレンティーナの心は明確である。

 ルークスは彼女の盾となって守ってくれた。なら自分はルークスに、自身を守る剣を与えるべきだ、と。

 これでルークスは法的にも、貴族社会の慣例的にも、女王の庇護下に入った。

 玉座に戻った女王は言う。

「正式な叙任は成人後になりますが、今からルークス卿と名乗ることを許します。学園を卒業した暁にはゴーレム大隊でも騎士団でも――」

「騎士団には入れません」 

 謁見の間の空気が固まった。

 君主の言葉に、なりたての騎士が逆らうなど言語道断を通り越した、反逆に等しい無礼である。

 騎士団の数名が気色ばむも、騎士団長が無事な手を横に挙げて制した。

 ちらり、とフローレンティーナはそちらに視線を向け、告げた。

「彼は臣下である前に私の友達です。九年前から、今このときも変わらず」

 そしてルークスに笑みを向ける。

「理由を話してくれますか?」

「両親が殺された直後に、警備責任者であった騎士団長が自害されました」

「ええ、その訃報を私と一緒に聞きましたね。臣下に見つからないよう、あなたは隠れていましたが」

 近習たちが目を吊り上げるも、子供の隠れん坊に声を上げるまでは至らない。

「父は彼を『責任感が強い人だ』と言っていました。そして『誰より陛下に忠実な臣下である』と。僕が陛下の友達になるため、部屋にお邪魔できるよう計らったのも、彼でした」

「それは初耳です」

「責任感が強い忠臣が、祖国防衛に欠かせない重要人物を死なせた不手際を、陛下にお詫びもせず自害などするでしょうか?」

 冷や水を浴びせられた気がして、フローレンティーナは思わず身震いした。

 ルークスは淡々と説明を続ける。

「実行犯を押さえたとしても、手引きした者がいるかもしれない。まだ事件の全貌も掴めない状況で警備責任者が自害なんて、あり得ませんよ。当時の僕は幼かったので気付きませんでしたが、後で『そんな無責任な真似をする人を、父が責任感が強いなどと言うはずがない』と思ったのです」

「確かに、不自然と私も思います」

「両親の警備が何故手薄になったか、犯人がどうやって『父の居場所を知ったか』など犯行について、警備責任の騎士団は説明しましたか?」

「確か、騎士団長の不手際、としか」

「何故不手際が生じたか、その説明を主君にしない。責任感ある自分らの指揮官が責任放棄して自害しても、誰も疑問を抱かない。そんなの不自然すぎます」

 ルークスの発言は、極めて重大である。そして影響は至大となろう。

 フローレンティーナ女王は機先を制した。

「この場での発言、全て私が許します。核心を言って構いません」

「誰一人『騎士団長は暗殺の真相に触れたから口封じされた』程度も思いつかないとしたら、騎士団は間抜けぞろいです。あるいはそれに気付いても陛下の耳に入れないとしたら、騎士団の忠誠は陛下以外に向けられています。どちらにせよ、そんな騎士団に入ったら僕は陛下をお守りできなくなります」

「騎士団への誹謗、許せぬ!」

「陛下の御前だ、控えよ!!」

 激高した騎士を、透かさず騎士団長が叱責した。

 フローレンティーナは確認する。

「あなたは、当時の騎士団長が殺されたと言うのですか? 口封じの為に」

「それ以外に、責任感が強い騎士団長が、陛下に報告も謝罪もせず、事件の最中に自害してしまうという『父を殺させた以上の不手際』を起こすとは、考えられません」

「憶測ではないか!」

 との野次をフローレンティーナは無視した。

「確かに、過失以上の不手際を、あのマーティア卿がしでかすとは、信じがたいです」

 女王が肯定したことで、反対者の口が封じられた。

 ルークスの告発はフローレンティーナの想定を超えていた。

 女王直属の騎士団長をも口封じできてしまうほどの人物が、暗殺事件の共犯者だと言っているのだ。

 その人物が、祖国を裏切り国土と国民を敵国に渡したとなれば、この国の君主として処罰しなければならない。

 フローレンティーナは覚悟を決めた。

「ドゥークス・レークタ夫妻暗殺に関して、ルークス卿を責任者にして再調査を命じます。彼の言葉は私の言葉として、全ての者が無条件に協力することを命じます。これは勅命です」

 宰相ら文官が青ざめ、渋面になる。だが女王は意に介さない。

 今まで臣下に気を使いすぎていた。

 自分には人徳が無い為に、我慢するしかないと思っていた。

 だが今はルークスがいる。

 しがらみなど無い、純粋に自分を守ってくれる友達が、騎士団をも凌駕する力を伴って再び自分の前に現れてくれたのだ。

 もう恐れるものなど無い。

 女王は武官の方に目をやる。

 フィデリタス騎士団長は身を震わせてうつむいていた。当時は一騎士だったろうが、今は責任者なので仕方ない。

 だがヴェトス元帥の晴れやかな顔は、逆に気になる。

 女王の視線にうなずき返すあたり、彼もまた疑問を抱いていたのだろう。

 そう理解するや、フローレンティーナの背筋が凍り付いた。

 ドゥークス暗殺事件の真相には「軍のトップでさえ手が出せなかった」のだ。

(いくら権限を持たせたとは言え、これではルークスが危険では?)

 きっと青ざめたのだろう。ヴェトス元帥と、その隣のプルデンス参謀長もまたにこやかに笑ってみせた。

 お陰でフローレンティーナは自制できた。

 フェルームの町にはルークス警護の為に王都警護軍の小隊を派遣している。その際参謀長が現地調査に同行していた。敵国による暗殺に備えてと思っていたが、国内の裏切り者も見越していたのか。

 とにかく軍が味方してくれるのは心強い。

 ドゥークス夫妻暗殺事件はリスティア大王国の仕業とされているが、その裏にサントル帝国がいるのは間違いない。

 そしてその陰謀の共犯者が、少なくとも当時は王城内にいたのだ。しかも「騎士団に不手際をさせられる」ほど影響力ある人物が。

 さらに軍の手さえ届かない人物となれば、もう限られる。

 否、特定できる。

 ちらり、と女王はその人物に視線を向けた。

 普段はやたら出しゃばる人物が、今日は借りてきた猫のように大人しい。

 九年前、祖国を敗北に導いたとしたら、今戦役での勝利はさぞ不本意であろう。

 恐らく王城内には彼の飼い犬が相当いるはずだ。

(一掃してやりましょう)

 それがルークスを守る為に必要な措置であり、この国を守ることにも繋がるはずだ。


 女王が国内の敵を見定めている間、ルークスは剣を手にして途方に暮れていた。

 それに気付いたフローレンティーナは声をかける。

「何かありますか、私の騎士さん」

「剣を、どうやって付けるのか分かりません」

「そうでした。騎士の心得や作法を教える従者が必要ですね」

 一般的に騎士はまず従者となり、作法などを身につけてから叙任されるものだ。

 ルークスのように平民を騎士に取り立てるときは、経験ある従者を付け教えさせるのが通例である。 

 しかし人選が難しい。

 能力は元より、ルークスに悪意を抱かない人間であるのは絶対条件である。

 そして間違っても陰謀側の人間は付けられない。

 と、適任者に思い至った。

「フォルティス・エクス・エクエス、こちらへ」

 女王が名指しする異例に近習が慌てたが、それ以上に驚いたのは本人である。

 さしものフォルティスも十四才の地金が出て、緊張した歩みでルークスの隣に並び、ひざまずいた。

「フォルティス・エクス・エクエス、陛下のお召しに参上いたしました」

「ルークス卿に騎士の心得や作法を教えるのに、あなたが適任と思います。やってくれますか?」

 女王から直々に指名されての命令、フォルティスの心が躍った。

「は! 未熟な身に有り余る栄誉、粉骨砕身し、必ずや陛下のご期待にお応えいたします」

 口上を述べている間に、興奮が鎮まり頭を働かせる余地が生まれた。

 彼は顔を上げる。

 視線の訴えを見て、女王はうなずいた。

「何かあるなら発言を許します」

「ルークス卿は人間より精霊の都合を優先しがちです。それが非礼と取られる場合も多々あるかと存じます」

「許します。もちろんあなたが務めを怠ったとも思いません。ルークス卿は精霊を友達にする人物だからこそ、私の騎士としたのです」

「陛下のご配慮、感謝いたします」

「これはあなたが騎士になる為の試練と思ってください。成果には必ず報いましょう」

 フォルティスは耳を疑った。諦めた騎士への道が、再び開かれたのだ。他ならぬ女王陛下によって。

「陛下のご厚情、深く感謝いたします」

 そして覚悟した。

 ドゥークス夫妻暗殺事件の再調査で、騎士団は厳しい立場に追いやられるだろう。

 告発する側になった以上、たとえ実父といえど手心を加えるなどあり得ない。

 君命こそ絶対、それがエクエス家の家訓なのだから。

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