第十二章 明かされた真相と謎

戦勝祝賀の日

 春も盛りを過ぎ、夏の気配が訪れ少し汗ばむ陽気である。

 パトリアの王城は三角旗や花々で色とりどりに飾られていた。

 華やかな広間で、緊張のあまりアルティは椅子と一体化したがごとく硬直している。

 鍛冶屋の娘がお城に招かれ、女王陛下から直々に感謝を賜る栄誉に預かるのだ。

 失礼があってはならないので前日に王都入りし、宿の風呂で入念に体を洗った。香油を垂らした湯に入るなんて初めてである。

 今朝は髪結いが一刻かけてアルティの癖毛を整え、赤い髪は燃え上がる炎のように艶やかになっている。

 そこまで身繕いした一生に一度の晴れ舞台、できればドレスを着たかった。

 しかし「王立精霊士学園の成果」を示す都合上、制服を指定されてしまった。

 ただし、貴族用の絹製の制服が支給された。

 光沢ある生地の制服をまとった鮮やかな赤い髪の少女は、一見すれば貴族のお嬢様である。嬉しい事に胸元が苦しくないくらい余裕もあった。

 隣で父のアルタスも、仕立てたばかりの礼服が鎧と化したがごとく硬直している。

 百人もの謁見者とその夫人らが集う広間の隅で、フェクス親子は椅子をひたすら温めていた。


「やあアルティ。気分でも悪いのかい?」

 声をかけてきたのは級長のフォルティスだ。アルティと同じく王立精霊士学園の制服を着ているが、礼服のように様になっている。

 爽やかな表情と、隣に座る柔らかな物腰も学園にいるときと変わらない。

 顔見知りが来たので、やっとアルティは声を出せた。

「も、もう。緊張しちゃって死にそう。その点フォルティスはさすが落ち着いているわね」

「私も緊張しているとも。陛下に拝謁するなど初めてだ」

「そうは見えないけど」

「そうだな。戦場に立つ心構えを叩き込まれたので、命の危険が無い場での緊張はそれなりになるからだろう」

「凄い世界だわ」

「ところで、本日の主役はどこへ?」

「どうせその辺で精霊をナンパしているんでしょ」

「彼は緊張とは無縁そうだな」

 そう言ってフォルティスは微笑んだ。アルティの緊張が解れたので安心したのだ。


 広間にざわめきが起きた。居合わせた人々が新たな入室者に注目している。

 騎士団の紋章を鮮やかに胸に付けた、若い騎士だった。短い金髪で逞しい体格。貴婦人たちの視線を引き寄せて歩いている。と、騎士がこちらを向いた。

 フォルティスが即座に立ち上がった。

「これは兄上。見事な御武勲と伺いました。さぞや陛下もお喜びでしょう」

 騎士は破顔して歩んできた。

「おおフォルティス。お前も壮健そうで何よりだ」

「え、お兄様?」

 アルティが慌てて立ち上がると、フォルティスがにこやかに紹介する。

「兄のプレイクラウス卿だ。此度の戦いで敵の総大将を捕らえるという武勲を立てた」

「す、凄いですね」

 騎士は謙遜した。

「確かに人生最高の武勲だが、我ら騎士団の働きもお前の学友の前では霞んでしまったよ。敵将だろうと総大将だろうと、国王に比べたら小者だ。加えて敵ゴーレムを六十も撃破鹵獲。単基の戦果としては史上類例を見ない大戦果だそうだな」

「その戦果を挙げた新兵器火炎槍を考案したのが、こちらのアルタス・フェクス嬢です」

「何と!?」

 騎士がアルティを見る目が変わった。

「昨日その威力を見せてもらったが、一突きでゴーレムを大破せしめたのには驚嘆した。あの武器を考案したのが、この様な麗しきご令嬢とは」

 騎士に褒められて、アルティはさらにテンパってしまった。

「ルークス少年といい、こちらのアルティ嬢といい、学園を創立された先王陛下の先見が証明されたのだな。ところで、あの武器は標準装備にはならないと聞いたが、何故かな?」

 騎士から問いかけられ、アルティは頭のてっぺんから声を出した。

「ゴ、ゴーレムは不器用なので、松明を付けられません。ル、ルークスはサラマンダーに魂を与えたので、火種無しで穂先を加熱できるからです」

 どうやら説明になっていなかったらしく、騎士は弟に顔を向ける。

「火炎槍の穂先を加熱する為、松明などの火種が必要なのです。しかし一般のゴーレムは手先が不器用なので、戦場で付けられません。もし装備するなら、初期装備として第一撃で使い捨てる事になります。それでも他国のゴーレム部隊に、かなり優位に立てるでしょう」

「ふむ。陛下より感状を賜れるのも当然だな」

「はい。お隣はルークスのゴーレムの鎧と武器の製作を指揮したゴーレムスミスのアルタス・フェクス氏、彼女の父君です」

「おお、通常なら二ヶ月はかかる作業を三日でこなしたとか」

「皆が手伝ったからだ」

 騎士相手でも父親がぶっきら棒に言うので、アルティは心臓が止まりかけた。

 だが騎士様は気にした風もなく感心する。

「仲間に花を持たせるとは大した器の御仁だ。ところでフォルティス。その格好からすると、お前も功績を挙げたようだな?」

「実はルークス・レークタから推薦されたのです。武器の手ほどきをしただけなのに、正直分不相応で恐縮しています」

「何を言う。お前の教えが戦場で役だったと、戦った当人が認めたのだろう? 師として胸を張って陛下の御前に立つが良い。表立っての武勲だけが功績ではないぞ。下支えする者がいてこそ、戦陣に立つ者が戦えるのだ。弟も陛下に感状をいただけるだなど、私も皆に自慢できる」

「兄上にそう言っていただけると、自信が湧いてきました」

 兄弟は笑顔で握手して別れた。


「気さくなお兄さんね。騎士ってもっと偉い人かと思っていたわ」

「ああ、自慢の兄だ」

 いつもの優美さを失ったフォルティスは、大儀そうに椅子に座った。

「急に疲れたみたいね?」

「緊張したのだよ」

「兄弟でしょ?」

「だからだ。兄と並ぶと、自分の非才さが身に染みるからな」

「十才は違うじゃない。そりゃ比べるのは無茶よ」

「比較するのは兄の過去だ。兄は五才で馬に乗れたが、私は七才だった。剣でも兄は十才で師範から一本取れたが、私はまだ一度も取れていない。そもそも体格が違う。兄は騎士になるべくして生まれた人間だが、私は違った」

 彼は今まで見せたことのない表情で、寂しげに笑った。

「人は才能を持って生まれてくる。その才能を早くから伸ばせればその分野で頭角をあらわせよう。兄が生まれ持った騎士としての才能に、私は恵まれなかった。精霊使いとしての資質が見つかったのを幸い、学園に逃げたが、そこでも天賦の才に出くわした。精霊使いになるべくして生まれてきた人間に」

「そう言えば、あなたは一度もルークスを笑わなかったわね」

「皆が笑ったのは、彼の才を恐れたからだろう。あの才能に向き合ったら、己の非才が見えてしまう。だから取るに足らない欠点を笑って自分を慰めるのだ。だが、私は既に自分の非才を十分わきまえていた。だから彼のことを『惜しい』と思っていた。兄のようにあの才能を、活かす方向に向けたらどれだけ凄いだろうか、と」

 今度の笑みは、自嘲っぽかった。

「活かす方向……私の非才を象徴する言葉だな。ルークスは才能を活かそうなどという、ケチな考えは持ち合わせなかった。ただ自分が望む方向へと突き進んだ。私から見て『才能を無駄にする方向』へだ。その結果が、常識を覆すゴーレムであり、単基で敵国を敗北せしめた大武勲だ。兄に自嘲させたくらい、他の者たちの奮闘を塗りつぶしてしまうほどの。星々が輝きを競う夜空に、太陽が現れたようなものだ。ただ感服するしかない。そんな彼に推薦されたら否とは言えない。せいぜい、彼の功績を飾る一輪の花となろう」

 フォルティスの心はあまりに複雑で、アルティには汲みきれなかった。

「ルークスについては色々あるだろうけど、やったのはほとんど精霊だから。ルークスは精霊と友達になっただけ。ただあいつには叶えたい夢があった。友達だから精霊が手伝った。それって才能かな? もしルークスに才能があるとしたら、それは一つを選ぶ才能よ。私たちみたいに『あれもこれも』は考えない。他は全部捨てて、たった一つの夢を選んだ。その違いだと思う」

「ゴーレムマスターになる、か」

「そう。父親の後を継いでコマンダーじゃなかったから、私は『ゴーレムスミスになりたいんだ』と思っていたわ。でも『戦争に備えて』だって言うじゃない。だったらグラン・シルフで良いのに、なんでゴーレムマスターなのか・・・・・・・・・・・・・・、いまだに分からないわ」

「彼のこだわりは余人には理解しがたいからな」

「あなたを推薦したのは、単純に助けてくれたからよ。だってルークスを助けてくれる人なんて、今までいなかったもの。それに、あいつに分かりやすく教えたじゃない。普通の教え方じゃきっと、あいつできなかったわ。それはフォルティスが、それだけルークスを理解していたってことでしょ? 私ほどじゃないにせよ、あいつとはそれなりに長い付き合いなんだから」

「確かに。彼には手を焼かされてきたな」

「学園の皆も、級長がフォルティスで良かったと思っているはずよ。ルークス以外の誰かでも、きっと同じくらい助けられるでしょうから」

 フォルティスは驚いたように目を見張った。

「そんな評価があるとは、思ってもみなかった」

「そう?」

「私はずっと、兄のように戦場で華々しく活躍できない自分に引け目を感じていた。だが、私は他人を助けるなど、後方で支援することはできるのだな」

 それまで黙っていたアルタスが口を開いた。

「土台は地面の下で家を支える。それも仕事だ」

 アルティには意味不明だったが、フォルティスには理解できたらしい。

「そうですね。そしてルークスは、そうした人の背中を見てきたわけだ」

 それでアルティにも分かった。

 ルークスは鎧製作に関わったゴーレムスミスや職人を全員推薦したのだ。自分を支えてくれた人を等しく「勝利に貢献した」と認めて。

 もっとも、汗まみれで働く男たちは晴れやかな場に尻込みし、代表のアルタスに押しつけたが。

「彼が私をアルティと並べて推薦した理由が分かりました」

「そういう所がルークスよね」

「そんな彼の面倒を見るのは大変ですね」

「私はあいつの保護者じゃないのよ。全部押しつけないで」

「もちろん級長として、私もできる限り手伝います」

「フォルティスの方が適任だと思うんだけど。男だし、私よりよほど常識をわきまえているし。それに、これで戦争が無くなるってわけじゃないでしょ?」

「そうですね。ルークスの戦力は軍団に匹敵します。彼の働きいかんで我が国の独立が左右されるのですから、私も全力を尽くしますよ」

「あれ? ひょっとして私、とんでもないことを言っている?」

「至極真っ当な意見だと思いますが」

「だって、騎士階級の人に『平民の面倒を見ろ』とかって……」

「ああ、そちらですか。私かに私の家は騎士階級ですが、私自信は叙任されなければ家人階級、名ばかり貴族です。現在の国際情勢とルークスの価値とを考えれば、彼への助力が、非才の私が最も祖国に貢献できる道でしょう」

「それを言えるなんて、フォルティスって器が大きいんじゃないの?」

「お褒めの言葉、喜んでいただきましょう」

 フォルティスが、彼に憧れる女子を卒倒させるほどの優しい笑みを見せたので、アルティでさえドギマギしてしまった。

 そんな娘の様子が、アルタスには甚だしく不満であった。

 自分の息子になるなんて、ルークス以外認める気などないのだ。

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