第245話:狐面
「やあやあ初めまして――っていうかうるさいなっ」
そんな声が聞こえたのは、僕が目の前に向かって手を伸ばしたままの体勢で。
叫びと共にその手がぐっと到達点に辿り着いて握り締められたそのタイミング。
いきなり誰か知らない聞いたこともない女性の声に、怒られるという急激な変化に理解が追いつかない。
ここは?
今のは?
真っ白な世界。
辺りを見渡すと、何もない真っ白な世界にいた。
樹君は? すう姉は? スズは? 僕は?
やり直した? やり直せている?
何が起きたのですか?
ここは、どこ?
頭の中を同じ言葉がループしては過ぎ去っていく。
誰もこの問いに答えてくれる人はいないような、誰もいない真っ白な世界。
「ここに来ていきなり叫んでる人なんて初めてだったけど、まあ、あの状況じゃ仕方ないかな?」
そんな中。先程聞こえた声がまた聞こえた。
すぐに声の主を探す。
「意識すれば見えるようになるよ~」
誰かが近くにいると意識する。
意外と近くに、その声の主はいた。
……横。
顔を横に向けた先に、アンティークな丸机に、これまたアンティークな椅子に座って本のページを捲る巫女装束姿の女性がいた。
そんな女性が見続けている本のページがぺらっと捲られると、その先には真っ白なページが現れた。先ほど捲る前に見えた前ページは、とても多くの文字がびっしりと書かれているようにも見えたので、その真っ白なページに変わったことがとても印象強く脳裏に残ってしまう。
「無事、ここに来れたみたいね」
彼女が本をぱたんっと閉じてアンティークな丸机に置いてすくっと立ち上がった。
そして僕と向かい合う。
「あなたは……?」
彼女は、狐のお面を被っていた。そのお面が、妙に巫女装束と似合う。
その巫女装束は典型的な色合い。白の小袖に緋色のスカートタイプの袴であるが、その上から真っ白な千早を羽織っているので、これから神事に赴くのかと思うほどに神聖な印象を狐面と相まって覚えてしまう。
ただ。
あたり一面が白いからか、狐面の模様と緋色の袴、そして彼女の肩より少し下辺りまで伸びたストレートの真っ黒な髪だけが浮き上がっているようにも見えて。
この世界以外の、色付いた世界で彼女を見てみたいという欲求が溢れるほどには、彼女の姿は魅力的だと感じた。
「私? 私は『
「えっと……僕は」
「知ってるから挨拶はそこそこだよ、永遠名冬君」
自分の名前を呼ばれて、なぜかどきっとする。
その声は妙に艶があって。心を掴むように耳から入ってくるその声は、まるで誘惑されているようにも思えて。
ただ、その彼女の声に囚われないよう気をつけていると、その彼女の左右に子供がいることに気づく。
「「ただいま~」」
「あら、おかえり」
狐面が二人に挨拶をかわすと、二人に向かって左右それぞれに手を差し出した。
その手に二人が左右からハイタッチするようにジャンプして叩いて「えへへ」と嬉しそうに笑う。
じっと見てみると、双子かと思えるほどにそっくりな少年と少女だった。
二人を見て最初に目に入ったのは、雪を思わせるような真っ白な髪。
姿勢を正し、乱雑にぼさっとした白い髪の少年は、白い髪にアクセントとして青いリボンが頭に乗っていた。
艶やかな雪を思わせるような白い髪をうなじ辺りで大きな赤いリボンで結ぶ少女は、白さの際立つその髪に、その赤がよく映えている。
二人とも、狐面と同じ巫女装束のような衣装を着ている。違うのは、袴の色も白であるということと、男の子はズボンタイプであるということくらいだ。
どちらも一緒の服。白い髪に白い服。
白い世界と、二人の白さも相まってか、余計に二人のリボンとその巫女装束の上から羽織る、古めかしい外套が一際目立つ。
手には二人とも、赤と青の丸い水晶のような鉱石が付けられた、棒切れのような杖を持っていて、どこの異世界から現れた魔法使いかも思う。
まるで姉さんのように白いその髪は、姉さんの名前のような雪のようだと思ったけど、この白い世界で白い色はやっぱり保護色のように思えて、その綺麗な白い髪が映えないとも思った。
狐面の方も、この二人も。
せめてここじゃないところで見てみたかったですね。
なんて思っていると、女の子のほうに「何見てるのよ」と怒られて、じっと見すぎていたと思ってすぐに目は離す。
けど、もう遅いようにも思えて、改めて二人を見る。
「ほら、目の前のお兄ちゃんに自己紹介」
「えー、帰ってきたばっかりで疲れてるんですけどー」
「いいから、怒られたくないでしょ」
「はーい」
狐面がそういうと、見た目そっくりな二人は、互いを見合ってこくりと頷く。
「呼ばれて飛び出て~」
「じゃ、じゃじゃじゃじゃーん……? え、これ、あってるの? 自信ないよ」
「あってるわよ。古いけど」
「狐さんが言うならあってるんじゃない? 私しらなーい。じゃあいくよー」
二人で狐面の隣から一歩二歩前に出ると、彼女を真ん中に左右に分かれて中途半端に一芝居する二人。どこか呼吸があってなくて笑ってしまう。
「イルですっ!」
びしっと、挙手するかのように手を上げて楽しそうな笑顔を浮かべる女の子が、自分のことを『イル』と名乗る。
「スイです」
イルとは違い、しっかりと丁寧におじぎする男の子――スイ。
ちょっとむすっとしているように見えるけども、間違いなく双子だろうと思った。
イルが、挙手した手ともう片方の手を、ゆっくりと、自分の頭に。
両手を頭に添え、まるでウサギの耳のようにぴょんぴょんと動かした。
「二人揃ってー……」
「ふた……え? またやるの、イル――」
そんな驚きとため息をつきながらも、イルが非難のような声を無視してささっと動くと、それにあわせてスイも慌てて動きだす。
さっきは双子だと思ったけど、恐らくスイはお兄ちゃんなんでしょうねって思う。
二人がイルの「揃ってー」の溜めが終わる間、重なるようにゆっくりと近づいて、背後にいる狐面の前へと到達すると、
「「イルスイです!」」
ばーんっと、恐らく二人の中で(少なからずイルの中では)効果音が出ているんじゃないかというほどのドヤ顔とともにポーズを決めた。
……
…………
………………
僕は、何を見させられているのでしょうか。
思わず無言で二人を見つめてしまう。二人の背後にいる狐面の方も仮面で見えないけど呆れているようにも見えた。
誰一人として微動だにせず、固まったまま。
白い世界に、静かな静寂が、訪れる。
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