第232話:邂逅


「ねぇねぇいっくんいっくん」

「なんだ」

「今のところ縛さんいなさそうだけど、どこいったのかな、かな?」

「……知らん」

「もうちょっとウィットに富んでもらえると、あたいもこの不安を払拭できると思うんだけど、そういうの恋人として協力してくれないのかな、かな!? 可愛い恋人とこう、もうちょっと話を弾ませたりとかしないのかな、かな!」

『ああ、貴方達、そういう関係だったのですか』

「可愛いは否定しないがな」


 俺達はゆっくりと警戒しながら世界樹の研究施設内を歩き回っている。

 本当なら冬と同じようにまっさかさまに落ちていけばいいのだが、あれはあくまで最奥であり、今冬達がいる場所とはまた違っている。

 あえて言うなら、最奥の上の階――『苗床のゆりかご』と呼ばれる水無月スズのために作られた部屋の中に俺達は用があるからでもある。


 最奥にどうして冬を叩き込んだのかと言われれば、冬と夢筒縛が出会いそして冬が負けるという結果を早めたかったからだ。あの最奥で冬が会うことで夢筒縛の『人喰いマンイーター』に敗れはするが、食されないことが分かっていたからだ。


 ちょっとでも冬と夢筒縛との対話がずれていれば。

 もし夢筒縛にとって冬が脅威と感じられたら。

 少しでも機嫌を損ねるようであったのなら。


 冬は『人喰い』によって取り込まれて、そのまま生きて戻ってこれなかっただろう。


 そう言う意味では、あの時間に最奥に叩き込む最短距離と時間をしっかり考えた俺を褒めて欲しいと思うのだが、誰も理解してくれないだろうな。


 こつこつと世界樹という大きな樹の中でありながら近代的なモルタルのような色合いをしたフロアの中を、俺たち三人は靴の音を控えめに鳴らしながら、慎重に、誰もいない研究室を通り過ぎて行き『苗床のゆりかご』へ。

 歩き回っているとはいえ、目的地がどこなのか分かっているのだからその場所へと寄り道することなく進む。


 道中、いくつもの部屋があるにはあるのだが、それらは全て夢筒縛の研究場となっている。

 元々は様々な研究者がいたとは聞いているが、いずれも様々な理由でこの場を去り、研究成果等は中途半端な状態で取り残されていることもあるようで、扉を開けてはいけない場所もあったりする、世界樹の中――『月読機関』の中でも禁断のフロアであり、一般的には知られていないフロアだ。

 今では誰もいなくなったその研究場は、夢筒縛が管理している。だからこのフロアである世界樹の下層は、夢筒縛専用のフロアとも言える。


 もし知られていたら、以前あったと言われる裏世界での抗争によって攻め込まれたときに、ここは真っ先に、いや、最優先で壊されていただろうことは間違いない。

 恐らくは世界樹の上層の研究フロアは夢筒縛の協力者のための施設であり、あくまで夢筒縛の研究とディープな研究全てを隠すカモフラージュでもあったのではないだろうかと思っている。

 伝え聞く世界樹――人体実験施設『月読機関』は、どう考えても上層で行われていた人体実験や遺伝子研究といった研究行為、のみを指しているようにしか聞こえなかったからだ。


 上層の研究施設も、人を実験動物モルモットとしか思わない人体実験や、作り出した人を肉として食料化する等の食糧不足を補うための研究といった、大概の研究ではあるのだが……。


 それでも、その下。

 この下層に関しては、それさえ凌駕する実験であった、というのは、冬のような創られた存在等が中層での研究結果であったと考えれば、理解もしやすい。

 世間に発表されているものが中層までであったのだろうから、中層が世間一般的には下層であったのだろう。


 そうまでして隠したかった自身の研究成果の一つ。

 それが、この――


「『苗床のゆりかご』……か。本当に、『苗床』は人として扱われていないんだな」


 俺達は今、目の前のその場所へと続く扉の前に立った。


 その先には比較的大きめではあるが重要機関へと必要物資――『苗床』そのものである液体を流し込む、世界樹の『月読機関』という意味での血管であるパイプが所狭しと並べられ定期的に機械音を立てる部屋だということは俺は知っている。


 そしてそこに。


 すでに、俺の目的である、永遠名冬と、それを護る、このゆりかごと呼ばれる部屋の主、『苗床の成功体』が、そこに、いる。


「いっくん。苗床さんってそれ名前?」

「……ん?」

「だって、苗床、苗床っていっくんよく言うけど、そんな名前の人いるのかなって」

「……ああ、そうだな。確かに、そうだ……」


 二人ほどが同時に入れる程度の『苗床のゆりかご』の扉の前に、俺の隣に立つチヨが素朴な疑問を投げかけてきた。

 だがその疑問は、俺自身が彼女を同じように見ていたことを簡単に理解させる。


 俺も夢筒縛と同じように。

 彼女――『苗床』を、人としてみていなかった。という事実。


 自身の恋人を護るために自身を犠牲にしてその場に留まることを選んだ彼女。

 そんな彼女を、人としてみられていないと嘆いておきながら人としてみていなかったのは自分だと理解させられ、またチヨに助けられたと思う。


「……水無月スズ。それが彼女の名前だ。彼女と、俺たちが救出すべき目標、永遠名冬がここにいる。だから、助けて、先に進もう」

「あいあいさー」


 『苗床の成功体』。

 俺と同じ、創られた三体の『成功体』のうちの一人。

 俺の姉妹でもあろう彼女を。

 そして、この詰んだ世界をまたやり直すために。


 『縛の主』夢筒縛が支配する人の尊厳のない終わった世界から、誰もが自由である世界へと改変するために。


 俺はゆっくりと。

 目の前の扉を開け――















「――そこで、なにをしている?」





 少し離れた背後。

 誰もいないはずの夢筒縛の研究フロアであるこの下層で。


 声が、聞こえた。

 扉を開けた体勢そのままに。

 反射的に振り返ろうとしてしまう。



 ぱりんっと、俺が中途半端に手をかけて開けた扉の先の部屋の中から、音が聞こえたような気がした。


 その音が何かを割った音だということは理解できた。


 俺より先に誰かが中にいた?

 誰かが何かを割った?




 ……どうでもいい。

 どうでもいいんだ。


 それよりも、よくもまあ俺の前へ姿を現したもんだ。

 よくもまあ、このタイミングで現せたもんだ。



 その音よりも、俺は背後からの声に引きつけ――惹きつけられる。



 ――目に入れてはいけない。

 視界に入れてはいけないのに、俺の体は滑らかにその行為が当たり前かのように動いていく。


 同時に湧き上がっていく一つの感情。


 それは、声だけでもすでに発症してしまう、俺の、俺だけの特有の不治の病のようなものだ。



 怒り。



 この男を許せない。

 この男がいるからこの状況がある。

 この男がいるからこの世界は滅びに向かう。

 この男がいるからこの世界は詰んでいる。

 この男を殺したい。

 殺したいのに殺せない。



 殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。





 その相手に感じるそれは、それ以外もうありえない。

 視界にいれることさえ必要最低限に済ましても、その瞬間にとある事象を引き起こさせるほどにあふれ出す。




 目の前が真っ赤に染まる。

 目の前が真っ白に変わっていく。

 目の前が――

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