End Route00:『雪』と『春』
第211話:『雪』と『春』 1
時は、遡る。
――許可証協会前。
冬が枢機卿と姫とともに許可証協会から世界樹へ向かった頃。
「『
一人の女性が放った型式によって、その場に雪の結晶が舞い散った。
「へぇ……戦うんだ……いいね、いいよ〜……」
雪の結晶が一人の男の周りを囲む。
その男は、許可証所持者最強と言われるその女性――『ピュア』の型式を楽しそうに見渡す。
「……あんた、なにがやりたいの」
自身の体の不調も相まって癪に障る。
強気な口調で問いかけてしまった自分が、思いの外弱っていることに気づいた。
それもそのはず。
ピュアはつい先程まで、自身でも死ぬと理解していた程に瀕死だったのだから。
それを、姫の御主人様である水原凪が奇妙な力で治してくれたから敵に立ち向かえるのであり、不調の原因は外部や内部の損傷は治っているからといえ、体を流れる血液が流れすぎてしまったためである。
常に重度の貧血状態で、まっすぐ立っているのも辛い状態。
長引いても辛い。時短に終わらせようとしても、動くだけでも辛い。
強いて言うなら、自分の型式『氷の世界』が、自身がそこまで動かなくても自律的に動く仕組みの型式だったことと、血液は時間が経てば少しは造血され、貧血であれば、毎月のものでもあるのだから、まだ耐性があるのが救いであった。
「俺がなにやりたいかって? 誰もいないんだから、あんたと思う存分ヤリたいだけだけど? 人妻さん相手にするのもまたいいよね。なあ、新妻さん」
「……さいってい」
「いいじゃん。減るもんじゃないし。ネトラレたことを知ったときの旦那さんの顔とか、超おもしれぇんだよ? そういや旦那さん見かけないけど、もしかしてワンチャンあるんじゃねぇの?」
「残念だけど、私の旦那さんはあんた以上にテクニシャンだからそういうことも起きないのよねー。流石にテクニックないへたくそに抱かれ続けて旦那捨てたりはしないわよー?」
「へぇ……じゃあ本当にどっちがテクニックあるか、試してみてよ」
「やーよ」
広範囲に散る雪の結晶はやがて収束し、男を中心として渦となる。
急速に収束した雪の結晶が起こす冷気の渦。その渦に、辺りの温度が急激に下がっていく。
「私の旦那さんそういうとこ意外と気にするタイプだからー」
「あっはっは。……フラれちゃったか。最近本当にうまくいかないんだよねぇ。女引っ掛けるのさ。水無月さんといい、メイドといい人妻さんといい……あーあ。永遠名の彼女達で楽しんでおけばよかったよ」
笑いとともに男は両手でなにかをくるりと回すような仕草をした。
まるでナイフのようなものをくるりと回すような動作。エアーで起こされたその動作の手のひらに集まるのは、その男の仮の姿の代名詞でもある『疾』の型が集める風だ。
「まあ……いっか。最後に永遠名が俺のものになれば。てーか、もうすぐ俺のもんになる準備もできてきたし。後はちょっところっとちょろっと声かけちゃ堕ちるさ。あいつ、チョロインだからなぁ」
風が形を為してそこに現れる。
その形は大きなナイフ。刀身が長い、すらりと直立両刃の同じ形のナイフだ。
「あんたほんとなんなのよ。男同士でしかも私の弟狙いとか」
そう言ったピュアも、「あっ」と思わず口に出して思い出す。
思い出したその光景は、初めて冬の家へ訪れ、冬の彼女たちに正体を明かしたときのことだ。
<ねーねー。ラムダの服が破けてるのなんで?>
<<聞くな!>>
<?>
<お前は、もう二度と俺達に『
<なんで!?>
まさか。と。
あのとき、男性陣が焦って自分に『幻惑』を使うなと、なぜ言ってきたのか。
なぜ、弟の服が破れていたのか。
そして、あれ以降男性陣が心なしか距離が近かったり怪しい動きをしていたりしていたのは。
まさか。まさか。と。
「なんか……ごめん」
つい。
目の前の男にではないが、謝ってしまう。
「はぁ? なんだよ、改めて名乗ったほうがいいか?」
「いや、知ってるわよ……あんた、『音無』でしょ」
「なんだよノリ悪い女だな。俺は音無。でもそりゃ組織の名前だ。名前として名乗ってはいるけど本当は違う。もっとも、俺の本名なんて、教える気ないけどね」
自分の名を名乗り、片方のナイフをピュアに向けるとにやりと笑う。
「殺し屋組合所属。殺し屋組織『
「知ってるわよ」
「だよなぁ。俺って有名人だから。困るよ本当に。表世界でも人気ですぐに女が寄ってくるし」
「……でも、本命は寄ってこないでしょ。あんたキモイから」
「ひっでぇ。でもそうなんだよなぁ。俺の愛を受け止めてくれる人っていないんだよね。でも永遠名ならきっと受け止めてくれると思うんだ」
その根拠はどこから来るのかと、ピュアは呆れ顔を向けてしまう。
だが、その気持ち悪いと思っている愛情の対象が自分の最愛の弟だと思うと、やはりこの場でこの男を止めなければならないと意識をすぐに切り替えた。
「……まあ、姉を前座にするのもありっしょ」
くるりと、両方のナイフを逆手に持って構える音無。
その姿を見たピュアも、音無の辺りに吹き荒れる雪の渦をより一層強くする。
「誰もここにはいないんだから、さ。俺に負けて、俺とゆっくりといちゃつこうよ。旦那さんが来るまでゆっくりと――」
音無が言葉を最後まで発する前に。
舞い散った雪が一瞬で純白から真っ赤に染まった。
「――はへっ?」
体全身に訪れる違和感に、音無は驚く。
この赤はなにか。抜けていくこの液体とともに別のなにかもまた抜けていくかのような脱力感と絶望感。
その目が映すは銀色の塊。
そしてその目はもう何も映すことはない。
急激に重くなった体は自然と揺れていく。
「お前」
いまだ生きている耳に、声が聞こえる。男の声だ。
「人の女に、手出そうとしてんじゃねぇよ。おまけに俺よりテクニシャンだぁ?」
ゆっくりと体が倒れていく感覚。
なぜ自分が倒れていくのか。
この体全身に何がおきたのか。痛みも感じられないのに致命的な何かが自分に起きたことだけは確かだと理解はした。
体が重い。
この重さは何なのか。
彼がそれを理解することは、決してない。
なぜなら。
それは、彼がハリネズミだから。
分厚い刀身を惜しげもなくあらゆる場所に突き刺されて、致命傷だから。
いつ、どこで?
何が?
死の間際にもし意識がまだあるのであればそう思うことしかできない程に。彼に今起きたその出来事は、短い間にそう考えることしかできないほどの一瞬しか与えられない。
だから彼はそう考えることしかできぬままに。
そして背中が地面に。いや、背中にびっしりと突き刺さったナイフの柄が地面に到達する。
「殺しに明け暮れてた俺が。……たまたま手に入れた奴隷といちゃこらしてただけの俺がっ!」
びしゃっと。
更に深々と刺さったそれらが撒き散らす液体が一斉に溢れ出て、彼の意識は消えていく。
「てめぇみてぇなイケメン理由に女と遊んでたおめぇほど、俺にテクニック、あるわけねぇだろうがっ! 当たり前なこといってんじゃねぇ!」
俺が、言ったことじゃ、ない……。
口にも突き刺さる銀刃で言葉を発せられることもなく。
彼が最後に思ったのは、そんな言葉だった。
「ほら、ね? 私の旦那さん、気にするでしょ? 私が奴隷だったことも気にしちゃってるんだから~」
ピュアの声は、彼には聞こえない。
雪の結晶は、ぱりんと割れて。
辺りに細かく舞い散り消えていく。
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