End Route03:『鎖姫』と『混迷』
第125話:『スノー』
ごうんごうんと機械の音が響く個室。
表世界から裏世界へと降りるエレベータのなかに一人、白髪の女性が乗り込んでいた。
「あっちはあっちに任せたとしても、さ~すがに無理だよねー」
一人、誰に聞かせるわけでもなく自分の目の前に広がる三つの緑の液晶画面を操作する。
その液晶画面は、前シグマ――常立春の作った簡易
「ぽちっと」
そんな呟きと共に女性は画面を操作するが、目の前には真っ赤な×印が現れた。
三面ともに同時だった。
「ありゃ。『ピュア』のコードがロックされちゃってるなぁ……」
自身の枢機卿がロックされていることに気づくと、白髪の女性――ピュアは「う〜む」と唸りつつ、今の状況を考えれば当たり前かとも感じていた。
冬を逃亡させたのは『鎖姫』だと許可証協会には知られている。
鎖姫に通じているのは誰かなど、許可証協会からしてみると簡単に調べられるだろう。
いや、調べるまでもなかったりする。
鎖姫を許可証所持者としたのは、当時暴れ回る鎖姫の討伐任務を受け、そのまま仲良くなってお持ち帰りしてきた『ピュア』なのだから。
とはいえ、ピュア自身が鎖姫と関わりをそれ以降持っていたかなど、協会には分からないことではある。
ピュアのコードがロックされたのは、ただ、『疾の主』が鎖姫への連絡をシャットアウトし、鎖姫を孤立させたいからであるのだが、それはピュアにはわかる話ではなかった。
なので、ピュアとしては、鎖姫と関係を持っていることがばれているからこそピュアも警戒されてロックされたのだと思っていた。
「でも、残念でしたー」
そう言うと、ピュアは×印のついた画面をシャットダウンし、改めて枢機卿を起動する。
「私のか〜わいいもう一つの
そんな声に反応し、再起動する枢機卿。
『ようこそ』と赤文字が三つの画面に現れると、『許可証』と三つの画面に一文字ずつ文字を映す。
枢機卿の起動を表すその表示は、すぐに緑の半透明の画面へと移行する。
『ようこそ。
S級殺人許可証所持者『スノー』様
二年ぶりの起動ですね。
お久しぶりでございます』
『スノー』
新たに立ち上がってきた枢機卿は、ピュアのことをそう呼んだ。
「はい、お久しぶりー。元気してたー?」
『ご用件をお伝えください』
「およ。冬のとこのす~ちゃんみたいじゃないねー」
枢機卿が一言、『……冬?』と呟くと無言となり、静かにデータを読み込み始めた。
『……失礼ながら。私がいくらプロトタイプとはいえ、あのようなやり取りはすることはありませんよ』
「な~にを~。全部あのす~ちゃんみたいになればいいのに~」
本気で悔しがる『スノー』をみて、枢機卿は、『あの子が特別なのですよ』と冷たく言い放った。
スノーが起動した枢機卿も、父である春によって創られた初期の枢機卿であり、目の前にいるスノーを補助する目的を保たされた特殊個体ではある。
スノーの弟の冬の枢機卿は、情が移り、体を得てまで保有者を助けたいと考えた、と、先ほど二年前からのデータを更新した際に本体から枢機卿は吸い上げていたが、流石に情報統括の観点から言うと有り得ないと思ってしまった。
『精々、普通に会話できる程度で我慢しなさい』
「ま〜、しょうがないかぁ……」
とはいえ、本来の――殺人許可証所持者一人一人に分け与えられ使われている枢機卿より、少し感情が高く会話も多いのは、感情優先のプロトタイプだったからかもしれない。
それ以上求められても困ると思いながらも、感情を司る内部パーツは寂しさを少し覚えたようであった。
『しかし、私はもう『スノー』を起動しないと思っておりましたが……』
そんな内部に流れた感情を抑え込みつつ、枢機卿は呼ばれた理由を問いた。
スノーという存在は、彼女にとっても身内にとっても、忘れたいものであったと枢機卿は理解していた。
S級殺人許可証所持者『スノー』
数年前、一つの奴隷市場を叩きのめす為だけに許可証を取得したといわれている、謎の所持者だ。
その実態は、奴隷市場を叩きのめすことも理由ではあるが、何より、自身の生き別れになった弟を探すため、多大な権力をそのためだけに乱用しようと考えて取得しただけという、誰にも言えない理由を奴隷市場を壊して隠したということはあまり知られていない。
そんな隠れ蓑を作らされたのも情報操作したのも、スノーの情報管理端末であるこの枢機卿であり、枢機卿の生みの親である『常立春』の奴隷であったのが、このスノーである
そして。
とある世界危機から世界を救うため、『主』と敵対したことで裏世界でも上位の殺し屋達に狙われることになった。
その女性が、『主』から奪ったものを隠す為、そして身を晦ます為に手に入れた許可証が『ピュア』である。
『
知ったところで、『主』や他の彼女の命を狙う存在から狙われるだけであるので、何のメリットもないことも確かであり、姿を晦ましたからこそ、一部しか知らないのである。
「えー?……ん~、そうだけど」
『私としては、また日の目を見れたわけですで嬉しいですがね』
そんな大それた存在であり、姿を晦ましていた女性が、ピュアをやめ、スノーとなってまた裏世界へ降りたとうとしていることに、裏世界でまた大きな問題が発生しているのだろうと枢機卿は考えながら、スノーと他愛のない会話をしようとした。
ある意味時間稼ぎでもあり、なぜスノーがスノーとなったのか、情報を聞き出そうとしていたのも確かではあるのだが――
「――……はっ!? そうだよね! ごめんねっ!」
『……何を謝られたのでしょうか私は』
「だって、その中にしかいないす~ちゃんなのに、私が起動しなかったらそのままおさらばだから。寂しかったよね! 気づかなくてごめんねー」
自身が感じていた感情を知られてしまったのかと思い、内心焦りながらも枢機卿は話を続ける。
『いえ。機械というものはそういうものですよ?』
「機械じゃないよー。す~ちゃんはれっきとした女性だよー」
枢機卿は無言になった。
この目の前の女性は、前々からおかしな発言をする女性だったと記憶している。
二年経っているのに、二年前とまったく変わらないことに、枢機卿の感情を司るパーツは「こそばゆい」というまた別の感情を与えてくる。
『そうであれば、もう少し起動するか、または現在お使いの『ピュア』に統合させればよろしいのでは?』
壊れてしまったのではないかと疑いを持ってしまうほどに目まぐるしく動く感情の回路にほんの少し揺さぶられてしまい、言うべきではないことさえ言ってしまい、『あっ』と失言と認識するがもう遅い。
「あっ、そうかっ! なるほどっ! じゃあこの戦いが終わったら統合処理をす~ちゃんにお願いしよー」
言ってしまった手前、そう返されてしまうとすぐに理解した枢機卿は、
『勘弁してください……』
と、起動した理由を聞けないまま。
彼女に翻弄され続けている間にも、エレベータは裏世界へと近づいていく。
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