第114話:嘲笑う


 最初は小さな違和感が冬を襲っていた。


 それはまるで自惚れかのような違和感であった為、冬自身、勘違いかと思うことにもした。


 だが、それは、確実に、『違和感』であった。


『永遠名冬、何を……?』

「いえ、スズも、杯波さんも、暁さんもいないですし、それに……」


 この食堂に入ってすぐに冬はスズをはじめ、和美と未保にも会っている。

 それこそ、その瞬間移動するかのような動きに驚きはしたが、それは間違いなかった。


 だが、その後は。彼女達を、冬は見てはいなかった。


 食堂には大勢の人がいて賑わう。

 だからこそ、仕事仲間であるファミレスの従業員達と話でもしているのかとも思った。


 だけど。


 冬が、スズを。

 最愛の人を、見失うわけがない。

 特に、広く、豪華で雰囲気のある、人が多々集まり密集する部屋のなかだとしても。


 空間把握能力に長けた冬が、彼女達が近くにいないことに気づくのは、必然であった。


 短い時間である。

 だからこそ、最初は、ただ、席を外しているだけなのかとも思っていた。


 だけど、それはおかしい。

 あの三人が、冬がいて、誰かがいなくなった隙を、抜け駆けるように狙わないはずがないのである。


 だがこれは、冬自身、自惚れで自意識過剰であるとも思い、どこかにいるのだろうと思うことにしたのであるが、


「後、一人、いませんし……なにかおかしい、と……」


 もう一人、ここにいないのに。

 誰も違和感を感じていない。

 話題にもならない。心配していない。

 それも、おかしかった。


 あれだけ周りに愛されていたのだから。いなければ心配されるはずなのに、誰も気にしていない。


 食堂を見渡しても、食堂にいるファミレスの従業員達は、誰も気にせず、美味しい食事と休息に嬉しそうで。


 それこそ。

 この場になぜいるのかさえ忘れ、ただ食事に来ているかのように。


 その雰囲気に絆されているのか、冬自身も、それを違和感と思うことに時間があり、また、それに気づいても、いつもなら傍にいない彼女を不安に思いさ迷うはずが、体はまだ動くことさえしない。


 何か、体に重りのような、それでいて安らぎのような、体を包む、ふわりと、その部分だけを考えることを止めさせられているような感覚に、不思議さを感じた。


「――っ!? ピュア」

「……冬、誰がいないか、わかる?」

「え……?」


 この冬だけが感じた違和感に。

 自身を呼ぶ姫の声で、事態に気づいたピュアが、探るように冬に質問した。


「ええ。それは――」

「待て。それは、確実にしておきたい」


 春もまた、今起きている違和感に気づいて、慎重に冬の言葉を遮り続ける。


に、してみてくれ。その人物が、俺達のように気づいていなければ……」

「私は御主人様に一声かけてきます。よろしいですね?」

「その服着替えてこいよ」

「当たり前です」


 姫が誰よりも先に異質を理解し離れていく。

 部屋から出ていく前に神夜財閥関係者達に声をかけると、それぞれが驚きながら席をたって姿を消した。


 冬は、自分が言ったことに、その相手がスズ達がいないことに関係しているのか、何か大事が起きたのかと、その発言した内容の相手達を心配すると、枢機卿が、冬の手を握った。


『……決して、暴れてはなりませんよ』

「暴れる……? なぜ……」

『……取り返しのつかない、嫌な予感がします』


 なぜ、そのようなことを言うのだろうか。


 ただ、で何をそこまで驚き、暴れる必要があるのか。


 冬は、この場にスズがいないと自分で言っておきながら、その考えに至る自分に、何も思わなかった。


 冬がゆっくりと、ピュア達とともに、ファミレスの従業員達と共に食事を採る香月店長に近づく。


「店長」

「冬君。起きたのね。やっぱりあなたって、掘り出し物よね。まさか華名財閥とも知り合いとか――」


 冬に気づいた香月店長が、食事の手を止めて声をかけてきた。


「聞きたいことが」

「珍しいわね。何を聞きたいのかしら?」


 情報屋として、裏世界で名を馳せる香月でさえ、この異様さに何も思っていないようだ。


 何か、起きている。

 これに、気づけないことが異様だった。






は、どこにいますか?」






 それは、ファミレスで、和美とナンバー1の人気を争う、彼女とは違うベクトルで男性客を虜にする、冬の一歳下の、未保と同級生である女性だ。



 刃月美菜。

 スズだけでなく、彼女もいないのだ。




「美菜?」

「はい、それに、スズ達も――」







「美菜って……誰のこと?」






 香月店長の、誰のことを言っているのか分からないという表情とその返された疑問は、質問した冬自身、「そうですか」と言うほどの軽い気持ちしか与えなかった。


 質問している本人が、質問した内容そのものにさして興味がないことに違和感もなく。

 この場にいた誰もがそれに興味がないように、伝えられた名前を、知らない名前と認識した。


「そうですよね。そんな人、いませんでしたよね」

「ええ。そんな子は、いないわよ」


 冬も、先程まで気にしていたそれを、それだけで、終わらせてしまう。


「これは……」

「認識阻害……型式っ!」


 それが。


 この食堂で起きている違和感の正体だった。


『これは……認識阻害だけではありませんね。刷り込み式でもありますか。なんという……』

「いや、だとしたら、『幻惑』にも通じるぞ」

「私達にも影響与えるって凄いわよ……」

『これが、違和感の正体ですね。まさか、機械の私にさえ影響を与える力とは。……だとするとやはりもう……』


 三人の会話に冬はついていけず、何を三人が驚いているのか理解ができない。

 頭の中で常に膜がかかったかのような感覚があり、その感覚に冬自身、この状況が異常だと気づけていなかった。


「あれ? 冬、どうしたの?」


 そこに、急にぽつりと。

 冬の目の前に、スズが現れる。


「あ。スズ……よかった。いたんですね」


 自分の空間把握能力で知覚できていなかったことに、不思議にも思わず。

 ただ、スズの姿が見れたことに。

 その左右に和美と未保の姿もあることに。


「さあ、皆で食事でも済ませましょう」


 何もおかしいことはない。

 そう、この状況を理解していく。




「幻惑にも通じるなら……――雪っ!」

「え……? ゆ――」

「うんっ!――解除っ!」





 ピュアが、春の声に従い、辺りに型式を発動した。

 その型式は不可視の力となって食堂全体を覆い隠す。


 その力は、冬の頭にかかった霧のような膜を一気に消し去り、辺りにいたファミレスの従業員達をも正気に戻していく。


「え……」


 脳内を包むように張られていた膜が消え。

 すっきりした目の前に、冬は驚いた。



 攻撃を受けていた。



 先ほどの、春達が言っていたことをすぐに理解した。

 そして、その三人のなかで、春がとっさに言った一言も、忘れることなく、理解ができた。


 だが、それよりも。


 今、目の前にいたはずの。三人。

 その三人に、驚いた。

 和美と美未保の姿は、霧のように霧散していき、そこに二人がいなかったかのように、綺麗に存在しなくなった。





 そして、そこに残るは、スズ一人。









「あ~あ。やっぱり、無理しすぎちゃったねっ!」








 だが、先ほどまで冬の目に映っていたはずのスズは、スズではない。


「なんで……何で、スズが……」

「でも、が気づいてくれたのは嬉しいかなっ! 愛されてるねっ!」

「なんで……」


 冬は、その目の前のスズだった人に、声をかける。


 そこにいるのは。


 愛らしいという言葉が似合う、冬より顔一つくらいの低い身長の子供っぽい少女。

 左右の大きなリボンで結ばれたツインテールと、子供のように大きな瞳がより子供っぽさの印象を高め、話せばもっと子供っぽい印象を与えてくる、ファミレスの人気者。






「美菜……さん」





 水無月スズの姿は。

 刃月美菜へと、変わっていた。


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