第84話:男子会 1


 実際、俺は冬でいいのか。

 いや、よくない。なんで俺はこんなことを考え出したんだ……。



 シグマは、冬とのカップリング成立の際には自分がでいいと考えてしまったことに、わなわなと体を震わした。



 おかしい。

 こいつらが妙に可愛く見えてきた。

 なんだ、この現象は。


 今ならこいつらを、







 抱けるっ!







 いや。違う!

 なんてことを考えているんだ俺はっ!


「ああ、なるほど……」


 まさか、雪のやつ……

 俺に『幻惑テンコウ』を使いやがったなっ!?



 煙草を吸いつつ冷静な自分を演じながら、シグマは今起きている問題を認識した。



 『幻惑』は、雪がもっとも得意とする技だとシグマは知っている。

 この力の恐ろしさは、『対象者に気づかれずに認識を変える』ことである。


 例えば、人がいると感じているはずの脳に、人がいないと認識をすげ替えることで、対象者はその人がいないと思わせてしまうことができる。


 それを応用すれば。

 今シグマが感じている、『実は男が好き』とか、本来そのような気がないにも関わらず『相手どうせいに好意をもたせる』ことさえ可能な技術である。


 一見、無敵な技でもあるが、対象がことが出来れば、対処のしようもある技でもある。


 問題は、雪くらいS級の技量を持つ者からかけられると、ことではあるのだが。


「ふざけた能力だよ、まったく……」


 寝室にいる自分の嫁に呆れながらぼそりと呟くが、その呟きの意味を理解できる人はそこにはいない。


「そう言えば。さっきさらっと知りましたけど、シグマさんが枢機卿を創られたんですね」

「ああ。俺が創った。……冬。お前、可愛いな」

「……は?」


 冬は雪からすでに別の『幻惑』を受けているので被害を受けていないだろうと考えながら、必死に自分にかかった『幻惑』を解除しようと型式を発動させた。


 今問題なのは、自分が冬に好意を持っていることだけでなく、繁殖相手として見えてしまっていることを何とかしなければならない。


 『幻惑』によってかけられた認識力は、『理性を失わせること』と、『同性を異性として感じてしまえること』の二つの力だと、体の中に流れる雪の型式の気配を感じながら考える。


 シグマも男である。この『幻惑』によって理性を剥ぎ取られてしまえば、獣のように動き出すだろう。


 つまりは。


 このまま事が進めば、寝室から女性陣が出てくる前に冬と一戦交えてしまう可能性が高かったのだ。



「なんで型式を? 僕の冬君を傷物にする気なら相手するよ」

「……は?」


 瑠璃は、変わらない笑顔で冬を見つめながら、シグマの型式発動に警戒する。


「なんや二人とも。冬になんかする気かいな。型式はまだ使えんけど、可愛い冬に手ぇ出すなら、やるで?」

「……は?」


 松は隣に座る冬の手を擦り、時には絡めて力強く握りながら二人を威圧する。


 この罠にかかっていたのは自分だけだと思っていた。


「お前らもか……」


 誰一人として。

 雪の型式『幻惑』にかかっていない者はいなかった。




「……」



 何が。

 何が起きているのでしょうか。



 冬は、背中にひやりと冷や汗をかきつつ、今の状況がまったく分からなかった。


 なぜ、自分は松に手を握られてるのか。

 なぜ、瑠璃もシグマも妙な視線を向けてくるのか。

 なぜ、三人は「可愛い」等と言い出したのか。


「落ち着けお前ら。型式だ。型式を食らってるんだ。……しかし、可愛いな」

「型式ってこんなことも出来るんかいな。すべすべやなあんさん」

「心理に語りかける技かな? 冬君が可愛く見えて食べたくなるとか」

「!?」


 型式を受けている!? 僕を食べる!?


 型式の攻撃を受けていることよりも、この三人が、先のピュアの言っていたBL的なことをしかねない状況に冬は身の危険を感じて立ち上がろうとした。


「どこいくねん、座っとれや」


 松が握っていた手を捻ると、冬は痛みと共にソファーに押し倒された。

 乗りかかる松がじっと冬を見つめて唇を湿らせる行為に、組伏せられたまま小動物のように体を震わし、瞳に涙が滲み出す。


「ガンマ。この型式は『疾』と『流』の複合だ。耐性としては、わかるな?……お前も、可愛いな」


 シグマが、ぷちっ、と。

 シャツのボタンを外して意外と筋肉のついた男らしい胸板を露にさせると、「ふっ」と勝ち気な微笑を浮かべて髪を掻き上げる。


「意識をしっかりもたせないと危ないねこれは。松君は解除出来そうもない――シグマさんも、よく見たら格好いいね」


 瑠璃がその紫の瞳で蠱惑的にシグマを見つめ、ふらふらと吸い寄せられるように近づいていく。


 冬が松から逃げようと身を捩ると、松が逃げようとする冬を予測し先に動く。

 こんな時に裏世界で培った事前察知能力とか使わないで欲しいと思った時には両手が無造作に掴まれ。

 冬の頭の上に荒々しく固定された両手は、力強く握りしめられて動かすことができず、これは本気でと、冬は焦りを感じた。


「瑠璃君っ。シグマさんっ! 松君がおかし――」


 冬が二人に助けを求めると、瑠璃はシグマの膝の上に乗り、すすっと、シグマの頬を誘うように撫でていた。

 シグマはその瑠璃の頭を愛おしげに優しく撫でながら瑠璃をにやにやと見ている。



 助けてくれる人が、ここにはいなかった。




「冬、これ邪魔やな」



 じじじっと。

 松の人差し指が喉元に優しく触れて、下へ下へとゆっくり降りていく。

 喉元から首、鎖骨と鎖骨の間のくぼみを通り過ぎて冬の上着に到達すると、焼けるような匂いと共に冬の衣服がなんの抵抗もなく破れていく。


 その焼き切られる力に。

 先程からまったく動かない両手を掴む、その圧倒的な力に。

 身動きをとらせてくれない松に。

 『型式』を使われていると分かってぞっとした。


 その感情は、衣服を破るときに型式を使っていることもそうだが、何よりもこのままだと松と自分は取り返しのつかない何かを行ってしまいそうだったからだった。


「ま、松君……『焔』の型使え――ちょ、ちょっと落ち着き――」


 お互いの取り返しのつかなくなる未知の世界から必死に逃げようとくねくねと体を動かす冬に、


「ぁあん? いいから――」


 松がぐっと冬を抱き寄せてソファーの上で潰すと、耳元で囁く。



「身を委ねろや」



 小動物を狙う猛獣のような目に

 からかうような笑顔と声と共に、冬の視界は、松しか見えなくなった。


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