第79話:二度あることは三度ある 1
皆が(やっと)寝静まった夜中に、冬は枢機卿のチャットシステムで会話をしていた。
先程まで誰が冬と一緒に寝るかうるさかった三人は、今は寝室のダブルベッドで揃ってお休み中である。
決して、冬にとってハーレム的なお楽しみが起きたわけではなく、冬はリビングのソファーに一人で寝るという状況を見事に勝ち取っていた。
その間の三人娘の攻防に、別の意味での疲れを覚えつつ、枢機卿に、
『あなたはハーレムでもしたいのですか。最近この家に来訪されるのは大半が女性ですね。……女性の、敵。ですか?』
なんて。チャット前に舌打ち混じりに言われたのも、また冬の心を抉っていく。
冬はまったくそう言う気はなく。
スズだけを見ているのだが、なぜこうなっているのかはさっぱりだった。
ラムダ:
⇒そう言えば二人とも。
⇒型式って知ってます?
そんな冬の悩みは、今の目の前で行われているチャットの会話には関係なく。
気になっていたことを、チャットにログインしている瑠璃と松に冬は聞いてみた。
そばかす:
⇒あー、型式なぁ……最近知ったで。
がんま:
⇒二人とも、ついに型式に至ったんだね。
⇒ラムダ君は型式を会得したのかな?
ラムダ:
⇒やっぱり。ガンマ君はすでに会得済だったのですね。
⇒先日、何とか会得しました。
そばかす:
⇒んあ? そう簡単に覚えられるんか?
ラムダ:
⇒簡単、と言えば簡単かもしれませんが……大変でしたよ。そばかす君は伝手がありますか?
そばかす:
⇒そばかす言うなや。
⇒ないで。目下探してるとこや。
⇒仕事に使えそうやから必死に探してるけど、機密の商売道具みたいなもんやからそう簡単には教えてもらえないねん。
がんま:
⇒漏洩がね。所持者も危険だし、殺し屋も自分の地位が脅かされるとまずいから皆教えたくないんだよ。よっぽど信頼がないと。
そばかす:
⇒ラムダは誰から教えてもらったねん。
ラムダ:
⇒A級所持者『紅蓮』さんからですね。
そばかす:
⇒知らんな。その人にコンタクト取ったらわいも知れそうか?
ラムダ:
⇒残念ながら、いきなり拉致られて教えてもらったので……
そばかす:
⇒ふ~ん。まあ、地道に探すか。
がんま:
⇒いや、そこは拉致されたことを突っ込もうよ。
ラムダ:
⇒ガンマ君は紅蓮とは知り合いでは? よろしくって言ってましたよ?
がんま:
⇒知らないよ?
ガンマに何気なく伝えたが、帰ってきた答えに、文字を打つ手が止まる。
あれ? 弓さんのことを瑠璃君が知らない? 弓さんは瑠璃君のことを知ってそうでしたが……。
知っていなければ、「ガンマにもよろしく言っといてね」なんてことは言わないはずとも思う。『遥瑠璃』ではなく、『ガンマ』と言っていたことから、てっきり裏世界で瑠璃と知り合った同業者かと思っていたので違和感を感じた。
もしかしたら、瑠璃も弓から型式を教わっていれば師弟関係であり、自分とは兄弟子の関係かとも思っていたということもある。
明日冬が型式を会得した記念に家へと祝いに来てくれるという二人に、初めてそのようなことを同性からされることに嬉しく思う冬は、「ではまた明日」と挨拶をしてチャットからログアウトした。
明日には明日で、また二人と話したいこともある。
何を話すか考えながら、冬はソファーに横になって眠りについた。
「よぅ、冬。相変わらずスズちゃんと仲良うやっとるかぁ」
「早速来たよ」
朝早く。
まだ、眠気が覚めない朝方に、松と瑠璃が来訪した。
「いや……早すぎですよ?」
「早すぎだねぇ」
「早すぎやなぁ」
とか言いながら、ずかずかと入っては三人掛けのソファーに座って茶をせがむ二人に呆れつつ。
冬は律儀にポットのお湯を沸かし、二人に緑茶を出して反対側のソファーに座る。
「一応、型式会得の祝いだけじゃないからね」
にこにこと細目で笑顔を絶やさない瑠璃に、冬は妙な既視感を感じながら、型式だけじゃないということに興味を持った。
「ん? それ以外にも何かあるんかいな」
「……いえ? 聞いてはいませんが」
「聞いてない? あれ?」
瑠璃はその笑顔のまま、驚いたような声を上げた。
「枢機卿から聞いてないのかな?」
「枢機卿から?」
いつもならこういう時にすかさず入ってくる枢機卿は、今日に限って起動が遅いようだった。
昨日遅くまでチャットに使わせてもらっていたから疲れて……いや、機械ですから疲れないですよね? 朝早いから起動していなかっただけかもしれませんね。
と、冬は思っていた。
もちろん、普段枢機卿を使って調べ物や仕事を得ている松も瑠璃も、本人が呼び出してからすぐに立ち上がってくるとは思ってもおらず。その内反応するだろうと思っている。
『……(ふっ)』
そんなわけがない。
毎度スリープモードに入るとか、聞かなかったことにするとか言いながら普通に会話に参加してくる枢機卿様だ。
単なる、無視だ。
枢機卿は、この家では常に起動状態を維持している。だからこそすぐに会話に参加できているのだ。
もちろんそれは、冬にいつでも話せるように、と考えて行っているわけではない。
『……(スズ様と二人きりかと思えば。和美様、そして未保様まで現れて、ラムダは何を考えているのでしょうか。護衛つけずに何をやっているのか……)』
冬がいない間、この家を守っていたのであった。
「あれ? 枢機卿?」
だが、冬の声に反応しないのはまた別の話である。
『……(帰ってくれないですかねぇ……)』
枢機卿は、昨日まで自分を含む女性だけの華やかだった家が、次の日に三人男性が増えていて、むさ苦しく感じていた。
そこにいるむさ苦しいと形容された三人の誰もが、枢機卿と仕事上絡んでいる、一癖ある殺人許可証所持者だ。
『……(めんどくさ)』
裏世界の高性能人工知能である枢機卿は、休みを欲していた。
毎日毎日。裏世界の情報整理や仕事の割り振り。
数は少ないとはいえ、裏世界だけでなく、世界最高峰のデータバンクとしてあらゆる情報を網羅し、提供する。
機械であるから疲れはしないのだが、時には休みたいと思うこともある。
そんな休める場所。それがここだった。
昨日まで楽しく女性陣だけで家で話していた数日間は、殺人許可証所持者達を相手にしている普段の過酷な仕事から解き放たれ、心穏やかになれる場所だった。
それこそ、この家でのジャンル違いの美女たちとの語らいは、一部機能を本体から切り離してここに逃げ込ませてしまうほどに、むさ苦しい許可証所持者に指示を受けて情報提供するだけの枢機卿からしてみると、清涼剤ともいえる聖域であったのだ。
なのに、この三人に自分の家――ここは冬の家だが――を侵食され不機嫌だった、が無視の理由である。
『……(昨日までの楽しい憩いの時間に戻ってくれないですかね。邪魔です)』
そんなことは三人は知らず。目の前で話を続けていく。
「枢機卿が起動してくるまで、今後のことについて話します?」
『……(忌々しいことに。ラムダに伝えるべきことがありましたが、話す気も起きないですね。私の至福な時間を返してもらいたいです)』
「う~ん? 型式について話でもする?」
「あー、ちょっとそれ興味あるわ。あんさんらに感触聞いたりしてええんか?」
『……(ラムダに毎日仕事を与えて常に外出してもらえればいいのですね。型式を覚えたようですし、三人には長期任務でも与えてみましょうか)』
等と、冬達の会話を無言で聞きながら、少しずつ自分の為に動こうと画策している枢機卿であった。
それは後に実行に移されるのかは、また、別のお話である。
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