第77話:型式講座、終了


 弓が冬に伝えた五つめの型式『呪』の型。


 冬はその型式を弓から教授してもらおうと、弓に聞かれてすぐに返事を返した。


 未知の力とはいえ、その力があれば、優位にたてる。

 四つの型があれほどの力なのだから、それを超える力が『呪』の型にはあるはず。


 師匠である弓に、冬はまだまだ教えを請う必要があると感じた。





「知らないよ?」





 返ってきた答えは切なく。

 思わず、無言で弓を見つめてしまった。


「……知らない、とは?」

「そのままの意味だけど。だって、『呪』の型は特殊だからね。僕も会得してないよ」


 ……この想いは、どこへやればいいでしょうか。


 だったら思わせ振りに言わないで欲しいと思いながらも、これまで四つの型式を教えてくれたのだから強くも言えず。


 なんて冬が思っていると。


「知りたいのかい?」


 そんな更に被せてくる弓に、冬はぶんぶんと縦に首を振った。

 そんな冬に弓は笑いながら言う。


「鎖姫が僕を紹介したんだから、僕も紹介してあげようじゃないか」

「……え?」


 思わせ振りに、弓は教えたくなくてわざとそう言っているのかと思っていた。

 弓が「紹介」ということに、弓でさえ知らない型式なのかと、その型式はなんなのかと思う。


「使い方も会得方法も知らないけど、『呪』の型を使える人は知ってるからね」


 驚く冬に、弓は「知らないけど、使える人を知らないとは言っていない」と笑いだした。


「でも、気を付けるといい。『呪』の型は、どれもが僕の紅蓮浄土よりも逃げることのできないものだって聞いているからね」


 紅蓮浄土は、型式を習熟し流れを見極めれば回避も可能。

 回避不能なまでの力なのかと、尚更その型に恐怖と興味が湧きだしてくる。


「弓さんは、覚えようとしないのですか?」


 これほどまでに型式を操る弓さえ覚えていない型。

 それを、なぜ弓が会得しないのか気になった。


「僕? 僕は、それよりもやりたいことがあるからね」

「やりたいこと、ですか?」

「新しい型式を、作ってみたいんだよね」

「あた――え……?」


 弓のやりたいこと。

 そのために、『呪』の型は覚えない。実際は覚えられないのかもしれないが、それよりも弓が行いたいことに――


「この力だって、初めて使えた人がいたからこそ今こうやって使えるようになったんだ。だったら、新しく作り出すことだってできると思わないかい?」


 ――そのような発想さえ出てこず、冬は驚いてしまった。


「作り出すことが、できる?……のですか? こんなすごい力を、一から作り出すなんて……」

「出来るんじゃない? とはいっても、まだまだ先は見えないけど」


 冬には信じられなかった。


「型式はイメージだからね。僕の紅蓮浄土のように二つの型を組み合わせて作り出すことができるのなら。きっと同じように新しい型だって作れるはずだと僕は信じているよ」


 型式を作り出す。

 それはどれだけ難しいことなのか。

 想像もできなければ、それをやろうとさえ発想できなかった冬は、弓の絵空事のようとも思いながらも、その弓が見せた奇跡の技を思い出す。

 あのような技さえ使いこなせる弓なら、本当に出来るのではないかと、自然に思えてしまった。


 もし型式そのものを作り出せるなら。

 その型式を共に作ってもいいのであれば。

 冬は少しずつ、型式を作ってみたいという弓に惹かれていく。


「さて。これで僕の未来ある後輩君のための型式講座は終わりだ」

「終わり……そんな、まだまだ――」

「型式の初歩を覚えることはできたからね。これ以上は君に毒だ」


 もっと型式のことを知りたいと願う冬。

 短い間の弓との邂逅は、冬のこれからを決める有意義なものであった。


 もっと弓から教えてもらいたい。

 弓が言った、新しい型についても聞いてみたい。

 冬は、自身の初めての師とも言える存在ともっと語らいたかった。


「次に会うときは型式をどれだけ習熟したかみせてもらうから。ガンマにもよろしく言っといてね」


 ひらひらと、変わらぬ笑顔で手を振りながら去る弓は、最後に「次に会うときは敵じゃないことを祈るよ」と言い、しばらくするとその場から霞のように消えていなくなった。


「敵とか……逃げられる気がしませんよ、弓さん……」


 そんな恐ろしいことはしたくないと、冬は弓が消えたその場所に向かってぼそりと呟いた。










 弓との別れはあっさりと。

 死に別れでないことに、次もまた会うことがあれば何を話そうかと考えながら、表世界へと通じるエレベータのなかに冬はいた。


 ゆっくりと地上へとあがるエレベータから見える、裏世界の一部。


 弓と別れた冬は、この濃厚な数日間を噛み締めながらその景色を見続けていた。


 この世界は、暴力に満ちた世界だ。

 だが、自由のある世界でもある。


 それを作り出すことが出来ているのは、一重に裏世界最高機密組織『高天原』であり、許可証協会に属する許可証所持者である。


 その秩序を司る許可証所持者の数は、無秩序の暴力に満ちた裏世界ではまだ少ない。

 比率で言うなら『9』が無秩序、『1』が秩序だ。


 だからこそ型式のような力を持ち、断罪する。

 数が少ないからこそ、相手より圧倒的な力をもち、許可を得て秩序を守る。

 そんなことをしなければ守れない秩序とは、またおかしなものだとも思う。


「……未来ある後輩、ですか」


 弓が去り際に言った言葉を復唱するように呟いた冬。

 これからの裏世界を託されたような気がして、冬はなんだかくすぐったかった。


 だが、託されたのであれば、弓から教わったこの型式で、弓の顔に泥を塗らない為にも、裏世界で負けぬよう戦い続けるしかない。

 弓のような心強い先輩とも出会うことも出来た。それは、万にも匹敵する仲間だとさえ感じると共に、自分は沢山の素晴らしい人が頼れる人が周りにいると感じ、嬉しくなった。


「頑張ります。弓さん。次に会うときは、きっと、無様なとこは見せません」


 秩序を守るために。

 冬は、これからも戦い続けることを、エレベータから見える裏世界の景色と、師匠である弓に誓う。


 そして、冬は数日間の裏世界での特訓を終え、表世界へと戻っていった。


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