第66話:拉致られる

「お久しぶりです。水原さん」

「あ。メイドさんだ」

「……お店の看板娘さんも、お久しぶりですね」


 水原姫。『鎖姫』という弐つ名を持つメイドが。

 B級殺人許可証所持者でありながら、それ以上の力を持つ異質な存在が、気配もなく背後にいた。


 先の音無が発する気配とはまた別に。

 冬が、一年間で磨いてきた、気配を感じる能力さえするりと抜けて入ってくるその存在に、ランクが上がったとはいえ、まだまだ裏世界に上がいることを再確認してしまった。


「よく、あの気配に気づきましたね」

「あの気配?」

「ええ。あれに気づいたのなら合格ですよ。独自で『探知』に至るとは、優秀ですね」


 姫にも異質な気配だったのか、音無が消えていった先を見ながら、冬だけに分かるように言う。


「ありがとうございます」

「これからも精進なさい」


 冬は、姫の『合格』という言葉に、少しだけ成長しているとも感じて嬉しかった。


 だが、引っ掛かる言葉もあったのは確かで。


 自身が糸を使って行き着いた把握能力が、『探知』と呼ばれる技術だとしたら、上位所持者は皆出来るということになると感じた冬は、やはりまだまだ上位には至れないと思い至った。


「あれ? 食堂にいた人気の売り子さん?」


 そんな姫との会話に付いていけないスズが、冬の腕にしがみついて聞いてくる。


 スズも、高校時代に食堂で冬に絡んでいたメイドのことは覚えており、和美といい、目の前にいきなり背後に現れて息を吹きかけて冬を誘惑する美女に、また敵が現れたと気が気ではなかった。


「……ああ。そう言えば御主人様のお側に常にいたかったので、そんなことをやってましたね」


 姫が一年前を思い出しているのか、「あの頃の御主人様は、可愛かったですね」と呆け出した。


「……『御主人様』と、何かありました?」


 一年会っていない同級生を思い出して、何かあったのかと声をかけると、姫は、ぎろりと冬を睨みだす。


「御主人様は今でも可愛く、崇高で偉大で。ちょっと同性に食べられちゃいそうな姫の旦那様ですが、なにか?」


 御主人様との仲は、一年経っても良好なようで何よりと思う。

 なぜに睨まれたのかも分からなかったものの、恐らくは『御主人様』をよく知っているかのように話してしまったからかもしれない。


 ただ……。


 同性に、食べられる?


 そっちもイケるのかと、あの御主人様は何者なのかと別の意味でぶるりと震えてしまった。

 いや、もしかしたら。

 食べられると警戒されてしまったのかもしれない。


「えっと……メイドさんは、冬ちゃんに何か用があるんですか?」

「ありませんよ」

「ないですか……」

「あるわけがないです。私は異性は御主人様以外認めておりませんので」


 それはそれでどうなのかと思う発言をする姫に、冬は「御主人様頑張れ」と、エールを心のなかで唱えておく。


「御主人様の戦いが一区切りつきましたので、これからのことを考えて戦力強化を、と。……そこにたまたま見つけた、下位所持者である、遺跡に詳しそうな知人から情報でも得ようかと思いまして」

「それは用があるのでは……」

「貴方には用はありません。用があるのは情報です」


 下位殺人許可証所持者に情報をたかるくらいなら自分で調べたらいいのに、という言葉はすんでで止めた。

 何となく、言ったら痛い目をみそうな気がしたからだ。


「とりあえず。話せる場所にでも移動しましょうか」

「あ。じゃあ冬ちゃんの家に行く?」

「……貴方……まさか、お二人と付き合っているのですか。ハーレムとは身分がよいことで」

「来るの……? どんどん人が増えて……」


 一人としか付き合っていないし、三人もお嫁さんのいる御主人様に比べられたくもなかったが、そんなことを言おうものなら殺されそうで。


「……まあ、いいでしょう。あちらのいけ好かない存在は去りましたし」

「……来るんですね……」


 先に歩く美女二人に、足を止めて呆ける周りと、その和美と姫の背中を見ながら、スズと冬は立ち尽くす。


「ねぇ、ふゆぅ……?」

「……はい」

「もう少し、私のことも考えてね……」


 十分考えてますが、あのメイドさんに逆らったら殺されます。


 そんな意気地のなさに、苦笑いしか浮かべることしか出来なかった。








「意外と綺麗なお宅ですね」

「ぬぅ……お掃除とかで押し掛けようと思ったのに……」

「和美さんに押しかけられないように、毎日必死にお掃除頑張ります……」


 冬の自宅。

 スズと二人で暮らしているのだから綺麗なのは当たり前だと思いつつ、和美の発言に驚きながらキッチンへと冬は向かう。


「さて、永遠名冬。遺跡について、協会が把握している情報はありますか?」


 ソファーにぴんと背筋を伸ばして姿勢よく座る姫が、早速とばかりに質問してきた。


「えっと? それは私も聞いても大丈夫な話なのかな?」

「情報屋でしたら、漏らさなければ大丈夫では?」

「……枢機卿に聞かれては危ない話にもなりますが、大丈夫でしょう」

『では、聞かなかったことに致します』

「そうしてください。枢機卿」


 当たり前のように話にするりと入ってきた声にさらりと返す姫も姫だが、自分でスリープモードに入った枢機卿の声がどこから聞こえてきたのか分からない和美が、きょろきょろと辺りを見て疑問符を頭の上に出していた。


「情報屋といえど、許可証所持者でない者が枢機卿を見ると、協会からの処罰対象となるので気にしない方がいいですよ。看板娘さん」

「え……今の声が許可証所持者専用の枢機卿なの?」

「はい。……永遠名冬の枢機卿は特殊ですので、が見ても安全でしょうけど。水無月さんのように」


 飲み物を冬と一緒に用意して机に置いていたスズを、一般人だと思っていないような発言をしてじっと見つめてくる姫に、スズも「あはは……」と渇いた笑いを浮かべるしかなかった。


「で。遺跡について分かっていることはありますか?」

「水原さんは、一年前から現れだしたあの遺跡をご存知なんですか?」


 先程から妙に遺跡の話を聞きたがる姫が、なぜ遺跡に興味があるのか気になり、冬は姫の正面のソファーに座って質問する。


「遺跡の幾つかは。恐らくは御主人様の所有物である可能性が高いのですよ」

「え……」


 なおの事、『御主人様』が何者なのか気になってしょうがない発言に言葉を失ってしまうとともに、それを裏世界が勝手に所有してるのも、御主人様の怒りに触れないかと心配になった。

 たった一人の存在の怒りに触れようが裏世界はびくともしないとは思うが、そんな謎の遺跡を所有するという御主人様と同級生だったことも不思議に思う。


「あの遺跡のなかに、機械兵器はありましたか?」

「機械兵器……?」

「ええ。……ちなみに。その機械兵器――『ギア』というのですが……もし、協会が、一、二体起動に成功した場合、この世界は滅びますよ」

『流石に危険な代物だとは分かっていましたが、そこまで、ですか』


 するっと、スリープモードに入っていたはずの枢機卿が声をあげた。


「ええ。貴方達には手に追えない代物です。枢機卿。何体か保管しているなら、後で破棄するためとして、秘密裏にとある場所へ横流ししなさい」

『……技術の変革が訪れると思ったのですが……いいでしょう。その話を信じて、機械兵器は指定の場所へとお送りします』

「ええ、そうしてください」


 当たり前のように話をする美女と機械音声に。

 冬からしてみると、冬から情報を聞くのではなく、冬の枢機卿から情報を聞きたかったのではないかと思わずにはいられない。


「一緒に発掘されている赤い棍型の兵器も、危ないものですか?」


 オーバーテクノロジーとは聞いていたが、そんな危険な代物がなぜいきなり現れたのか不思議だった。

 そして、姫がその遺跡の正体に――枢機卿や協会よりも先のことに辿り着いているような発言も気になる。


「ああ。そんなものまで……そちらは『人具じんぐ』と言いますが、単なる鈍器と考えてください。破棄することをお勧めしますが」

『そちらもお送りましょうか』

「そうしたほうが御主人様が喜びますね」


 姫がそう言うと、「あのポンコツは余計なことを……」と呟いたが、ポンコツとは何を指しているのかは聞かないほうがいいような気がした。


『ラムダ。鎖姫のいうギアが眠っていると思われる遺跡がありますので、そちらを鎖姫に案内してあげてください』

「……え、僕がですか」

『正式に依頼とさせて頂きますので、報酬は弾みますよ』

「いや……あの……」

『それとも。美女二人を、彼女がいるのに自宅に連れ込んでいると、言いふらされたいですか?』


 冬には選択肢が、なかった。


「では明日。その遺跡に案内してもらいましょうか。私の予想では、そこには五十体ほどのギアがあると思いますよ」


 どうやら、しばらく。

 メイドに拉致られるようだと、諦めるしかなかった。


 二人には自宅から出ないように伝えつつ、店長にも連絡して事情を話さなければならなくなり、スズの呆れたようなため息が印象的に残る、公開拉致で。


 もう少し、こちらの意見を聞いてほしいとも思う、冬であった。

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