第29話:試験失敗


「まさか、こんな表世界でA級殺人許可証所持者シグマ様に会うとはなぁ」

「こっちも裏世界を騒がす組織のエースに会うとは思わなかったがな」


 突如現れたシグマは、いまだ眠そうに欠伸をしながら絆に答えた。


「で? 何しにこんな場所に出てきたのか興味があるが」

「小遣い欲しいからだーよ」

「あぁ……なるほど。ここの金持ちの馬鹿が急にこんな暴挙をしたのは、お前等のちっぽけな資金稼ぎか」


 絆が「そんなとこ」と、興味なさげにここにいる目的を話し、シグマは面倒そうにポケットから手を出し冬と少年を指さした。


「で? 弱いものいじめして、優越感に浸ってた、か?」

「あー、確かに弱かったわ。ここに着く前にもうちょっと手強いのいたけど、あんたに比べれば全然だったわ」


 シグマと絆の会話に冬は改めて感じる。


 裏世界で生き残る厳しさ。

 このような手も足もでない存在が跋扈し殺し合う世界。


 一次試験やこの屋敷で出会った誰よりも強いその存在に、冬も少年も、自分はこんなにも弱かったのかと悔しさが溢れでた。


 自然と溢れる涙に。動くことのできないこの自分の弱さに。


 例えこの先に試験が続いていたとしても、それに受かったとしても。


 またこのような戦いで、目的を達せられないままに、命を落としてしまうと――


「……おい。泣くくらいなら立ち上がれ」


 冬の沈んでいく考えを、遮る声が。


 シグマが先程受けた攻撃に立ち上がれず、助けがなければ死んでいたことに悔しがる冬と少年に声をかけていた。


「もう、立ち上がれるだろ」

「立ち上がれるわけなーいだろ。諸に食らった『型式かたしき』をー。それさえも知らない雑魚が――」

「んなもん、とっくに治した」


 すくっと。少年が立ち上がる。


「な、なんや。まったく痛くあらへん」


 自分の体を不思議そうに触りながら、具合を確かめるが、少年の体にはダメージが残っていなさそうだった。


 冬も、体に力をいれてみる。

 先程まで感じていた重圧や腹部への当て身の痛みはなく。

 少年と同じように立ち上がることができた。


「……まじ……?」


 絆が焦るように二人を見た。


「ありえねーさ」

「あり得るからこの少年達は立ち上がったんだろうに……」


 呆れるようにため息をつくシグマの背後に、冬と少年が移動する。


「なあ、糸のあんちゃん」

「はい」

「あれ、あんさんの試験官か?」

「ええ。……貴方の試験官は他に?」


 冬はてっきり、同じ場所で試験を受けているのだから、少年も同じ試験官だと思っていた。


「……そう、ですか」


 先程絆の言った「手強いのがいた」という話と、少年がぼりぼりとぼさぼさの髪を掻いて目の前にいる試験官を見る姿に、すでに少年の試験官が絆によって殺されているのだろうと考えに至った。


 試験官をしていたもう一人の所持者がいればまだ戦えたのではないかと思いが過る。


 いくら自分の試験官が現れても、まだ絆には到底敵わないのではないか。


 先程戦い、身をもって感じた圧倒的なまでの力に、冬は勝てるビジョンがまったく浮かばず。

 よく分からない未知の力に圧倒された事実に、冬の体はまだ恐怖を感じていた。


「で? 一応俺も参戦するつもりだが」


 そんな冬の恐怖を感じたのか。


 シグマが絆に背を向ける。

 振り返り、少年の自分の背後で戦う姿勢と冬がまだ戦う意思を見せない姿を見ながら絆へと自身も参戦する意思を伝えた。


「……やーめた」


 あっさりと。


 絆は両手をあげて降参の意思を見せる。

 絆の行動に、こんなにもあっさりと戦いを止めるのかと、冬も少年も拍子抜けした。


「懸命な判断だ」

「シグマと戦うとか。まだ俺には荷がおもーいから」

「試験官なんぞしてなければ逃がさなかったがな。運がいいな、お前」

「戦っても、シグマ以外は殺せるけどー」

「だろうな。俺も助ける気はない」


 シグマの言葉に、絆はにぃっと笑みを浮かべた。


 絆自身、シグマの登場に、この場所をなんとしても去りたかった。


 確かに他は殺せる。

 だが、このシグマという男は、確実に殺すことが出来ないと感じていた。


 なぜなら、先に仕掛けた少年二人をいつ回復させたのかさえ、絆には見えていなかったからだ。


 何の術式なのかは理解はしている。

 だが、触れずにそれを発動することや、ましてや、周りに絆が仕掛けた術式さえも今は消えてしまっている。


 そんな、人が発動した術式を本人に気づかせずに無効化することなど、絆には理解が出来なかったからだ。


 助けない?

 そんなわけない。

 この男はここにいる全てを助けながら、自分を殺すだろう。


 この男は、殺人許可証所持者の中でも異質な存在。

 絆はそれをよく理解し、起こされた事象に体感した。



 だから、今は。


「んじゃ、お言葉にあまえー」


 絆は、逃げることを選択した。

 何もなかったかのように手をひらひらと振りながら、玄関ホールの入り口へと歩いていき、そして消えた。






「は……はあぁぁ……」


 緊張感が切れたのか、少年が一気にへなへなと力なく、座り込む。


「糸のあんちゃんの試験官」

「ん?」

「わいの試験官死んだみたいやけど、この場合、わいは試験合格かいな?」

「ああ、お前は、な」

「そか……っ。ん? お前は? じゃあ糸のあんちゃんは?」


 少年と同じく座り込んだ冬を少年が見た。


 冬は、薄々気づいていた。


 冬が到達した自分の本来の試験内容。

 それは――


 『屋敷に来る予定の、殺し屋の撃退・または殺害』だったのではないか、と。



 先のシグマと絆の会話で、シグマはあの絆という殺し屋に「まさか」という思いが強かったように思える。



「あぁ……お前、伝えられていた試験内容が嘘だって気づいたのか」

「ええ……試験は失敗、ですね」



 殺害はどう考えても無理だった。撃退はできた。

 ただ、その撃退は、一人で、ではない。

 試験に審査する試験官を巻き込んで相手を撤退させただけで、自身が行えたわけではない。


 話振りから、想定外の上位ランカーが来たということは理解できたが、だとしても、それを遂行するのが、仕事だ。



 自分は、裏世界で通じるほど、強くなかった。



 冬は、自身がまだ自惚れていたことに気付いた。

 だが、気づいたのが事が終わった後で――






 冬のその自惚れ。想定外の敵に――



 夢が。目標が



 今、ここで潰えた。






 これから、僕は殺されるのだろう。

 試験に失敗。つまりは死だ。

 殺人許可証試験の脱落者となった。



 試験内容を知った者は生かさず。

 人を殺した表世界の住民は表世界には返さず、逃げられても黒帳簿ブラックリストへと載せられ、標的とされる。


 ましてや、目の前にいる、手も足も出なかった絆でさえ戦わずに追い返したこの男から逃げられるわけがない。
















「いや、お前。まだ被害者達を送り届けてないだろ」

「あ~……れ?」


 玄関ホールの端で、いつの間にか全員仲良く気絶している少女達を思い出した。



 ……違ってました。


 考えていた最悪の勘違いケースに、少しだけ、恥ずかしくなった冬であった。

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