第4話:帰り際の攻防
「お疲れ様でしたぁ~」
一日の仕事が終わって、冬は学校指定バッグを肩に担ぎ、急ぎ裏口へと向かう。
店長である
ふと、外に置いてあるファミレスのゴミ捨て場で、何かを捨てる和美が目に入り、冬は立ち止まる。
ゴミは先ほど纏めて冬が捨てている。それこそ完膚なきまでに集めてぴかぴかなはず。
どこから来る自信なのかは分からないが、冬は和美が捨てたゴミが気になり、約束を断ったこともあって隠れて気配を消した。
比較的暗い裏路地だ。和美は冬が隠れていることに気づかず店内へと戻っていくが、妙に暗い顔をしていたことが気になった。
「……あまり、こう言うことはしたくありませんが……」
それが先ほど捨てた何かのゴミに関係していそうだと感じた冬は、もしそのゴミが先のストーカーからの何かしらであれば、早めに相談に乗ってあげるべきだと思い、ゴミとして処理されたそれを確認しようと考えた。
辺りを警戒しながらさっとゴミ箱に近づき、誰にも見られないように漁る。ファミレスで捨てられたゴミの異臭が激しく、「うっ」と腹部から競りあがってくる吐き気に耐えながら、和美が捨てた物を発見する。
最近流行の恋愛映画の予約チケットと、遊園地のチケット、それぞれ二枚セットだった。
「杯波さん……僕を誘おうと?」
店長に説教された後の和美との会話をしている際、ずっと和美が両手を隠すようにしていたことを思い出し、勝手に思い至る。
別の人を誘おうとしていてキャンセルになったとは思わない冬である。もし違っていたらどれだけ自意識過剰なのかと言う話だ。
「……失礼なことをしましたね……お誘いだったんですね」
ストーカーについての相談事かと思っていた自分が少し恥ずかしくなった。
誰もいないところでじっと紙を見つめ、一人事を呟きながらそれぞれのチケットの有効期限を確認すると、映画館は明日の午前中のチケットだった。
……明日は流石に難しい。
映画館のチケットはそのままゴミ箱に戻す。
ただ、遊園地のチケットは期限が一年間有効であった。
一年間であれば、もし戻ってこれたら使える。今日の穴埋めに使わせてもらうのも悪くない。
元々生きて戻ってくる気はあるが、生きて戻ってくる口実もできた。
他人の捨てたものを使うのもどうかと思うが、親のいない冬としては、締めるところは締める、基本貧乏性である。
とはいえ、一度ゴミ箱に捨てられた他人のものである。それをそのまま使うのもどうかと思い、遊園地の名前を脳内にインプットしてゴミ箱へと戻そうと――
「あ、冬のお兄ちゃん!」
「はいっ――て、うおおっ!?」
――いきなり呼ばれた自分の名前に反射的に反応し、チケットをポケットの中に突っ込み、振り向いた。
振り向くと、目と鼻の先に可愛らしい顔が映る。
思わず、二、三歩後ろに下がって一歩前に進む。
いきなり目の前に顔があると流石に驚く。ホラー映画や怖いと有名なお化け屋敷より、目の前にいきなり顔があるほうが何より驚いてしまうと、バクバクと音を立てている心臓を深呼吸して必死に落ち着かせる。
目の前で嬉しそうににっこりと笑う少女を見る。
美しいというよりは愛らしいという言葉が似合う、冬より顔一つくらいの身長の低い子供っぽい少女。
左右の大きなリボンで結ばれたツインテールと、子供のように大きな瞳がより子供っぽさの印象を高めていた。
話せばもっと子供っぽい印象を持ってしまうことも、冬は知っている。
「……美菜さん。いつも言っていますけど、驚かさないでください」
香月店長率いるこのファミレスで和美と共に、和美とは違ったベクトルで男性客を虜にする三人のうちの一人だ。
ちなみにもう一人は香月店長であるが、店長は稀に現れる印象があってレアものとして扱われている。
大学生の彼女にほんわか尽くされたい欲望渦巻く。
ちっちゃな妹属性。
罵倒されながら踏まれたいレアもの店長。
この三人でこのファミレスは男性客を虜にしている。
他にも数人アルバイトやパート従業員はいて、選り取り見取りではあるが、この三人が揃った時の客の入りは、売り上げが段違いとなることで界隈では有名だ。
そんな売り上げについて言うと……。
冬はキッチン担当なので店内に出ることはないものの、人員が少ないときだけ稀に現れることがあり、誰よりもレアものとして扱われている。そんなレアものの冬も、女性客から庇護欲をそそられると人気なのは冬自身は知らない。
合わせて、それが売上に貢献しているので店長もクビにはしないという理由もあるのだが、それもまた、冬は知らない。
「いいでしょー? これが美菜の生きがい」
「生きがいって……じゃあ、僕は美菜さんに脅かされる為だけにいるって聞こえますよ?」
「そうじゃないよぉ。……お兄ちゃんは、美菜だけのお兄ちゃんだからっ!」
「美菜さんだけの……ですか」
毎回のように驚かされる理由を聞いて、冬は苦笑いしかできなかった。
ただ、美菜だけの、という部分には悪い気はしない。
接するとまるで自分に妹ができたかのような印象を与えてくる彼女に、冬もいつも癒されている。美菜と接したい
「ねえ、お兄ちゃん。帰るんでしょ?」
「そうですけど?」
「何か美菜に言うことなぁい……?」
「ないですけど?」
「もう、お兄ちゃんは気が回らないなぁ。美菜と一緒に帰ろう?」
ほんの少し膨れた美菜は、有無を言わさず冬の腕に抱きついてきた。
強引にそのまま入り口まで連れて行かれ、裏口から出て人通りの激しい道に出たところで、このままではまずいと思い、嬉しそうに腕に抱きついている美菜を優しく引き剥がす。
「今日から、用事があるのですぐに帰らないと」
「用事? 美菜も一緒に行ってもいい?」
「それは、ちょっと……」
「え~っ! 美菜も一緒に行く!」
しゅぱっと、目にも止まらない俊敏な動きで冬の腕に絡みつく美菜は、先ほどのように引き剥がそうにも離れてくれない。
学習している……だ、と……?
と、先ほどの動きといい、引き剥がせない力といい、目の前の自分より一つ年下のはずなのにそれ以上に年下にも思えてしまう少女の行く末をなぜか心配してしまう。
どんどんと余計なことで時間が過ぎていくことに若干焦りを感じた冬は、実力行使とは言わないが、少し強めに振り解こうとした。
「ふぎゃ」
「ふがっ」
両足に地面を踏み抜く力を溜め、後方へ飛び抜こうとしたところで、ふっと急に腕が楽になり、背後へ倒れそうになる。
「美菜ちゃん、冬ちゃんにもいろいろと事情があるから邪魔しちゃだめよ」
そんな声が聞こえ隣を見ると、ばたばたと暴れる美菜を胸に抱いている和美がいた。
「杯波さん……」
「用があるんでしょ?」
「ええ、すいません!」
逃げるように冬はくるっと回り、ふと時間が気になり、時計を見る。
「……うっ、試験の準備が間に合わないかも……」
「試験?」
冬の一人言を聞いていた和美が、何の試験なのかと疑わしい目で冬を見る。
流石に明日から裏世界に向かうための許可証試験を取りに行きますなんて言えるわけもないし、言ったら確実に止められる。
そんな時間を割くわけも行かず、かなり厳しい時間になってきた冬は、ポケットの中に入れたチケットを思い出した。
聞きたそうにしている和美に、冬はチケットを見せる。
「杯波さん。映画館は無理ですけど、今度遊園地行きましょう」
「え?」
「さっき捨ててましたけど、一年有効なんですから勿体無いですよ。汚れちゃってますので僕に奢らせてください」
刻一刻と迫る時間に、冬は深呼吸をしてゆっくりと目を閉じる。
正直に言ってしまえば、和美の答え等聞いている余裕もない。ここから早く逃げることが先決だった。
「あ、あの……いい、の?」
先ほど断られて意気消沈していたが、改めて約束してくれた冬に、和美は嬉しくなって手を掴もうとした。
「……あっ、あれ?」
触れようとした冬の手が、急に目の前から消えた。
驚いて冬を見ると、目の前にいたはずの冬の姿が陽炎のように揺らぎ、二人の目の前から幻のようにふっと消えた。
いなくなった冬が、どのように、何をして目の前から消えたのかは、二人から分からず、ただしーんとした空気が残る。
後で何したかなんて問い詰められるとか、そういうことはまったく気にせず『力』を行使した冬も、また間抜けである。
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