五 庫裏茶の間
夕食はピザを頼んだ。
だけど、美味しいとはとても言えない食事だった。
ピザが嫌いなわけじゃない。むしろかなり好きなんだけど、お母さんと叔父さんのピリピリした雰囲気のせいでとても味わえない。
お祖父さんは好々爺といった感じで、わたしと紫織に「美味しいかい?」とか「足りなくない?」とか聞きながら食べていた。
紫織は「おいしい!」とニコニコして食事を満喫していた。
わたしも、またションボリされると困るので、美味しいと口では言ったけど本心じゃない。
明人さんもわたしと同じようで、余り食が進んでいなかった。
ボンちゃんと政宗くんは、エサを食べたら丸まって寝てしまった。
飼い主の確執はさておき、犬は完全縦社会だ。ボンちゃんが政宗くんより上位という事で収まったらしい。
紫織もお腹がいっぱいになると眠くなるので、もう布団に入って寝てしまい、明人さんは後片付けをすると言って台所へそそくさと逃げてしまった。
居間にはお祖父さんとお母さん、叔父さん、そしてわたしが残った。
お母さんたちはわたしにも出て行って欲しいみたいだけど、これから話すことはわたしと紫織に関する事だ。
自分の事を勝手に決められるのは絶対に嫌だ、どんなに邪見にされてもテコでも動くつもりはない。
「それで、朱理と紫織の験力の封印はいつするんだ?」
「おじさん!」
「朱理、自分の力で周りの人を守りたい気持ちは解る。おれがそうだからな」
「だったら……」
「それでもダメだ。お前にこれ以上辛い思いや後悔をさせたくない」
「それでその辛い思いと後悔は、お前が背負い込むのか?」
お祖父さんが口を開いた。
「そうだ」
「それが傲慢だというのが何故解らん?」
「傲慢だろうがガマンだろうが構わない。おれは朱理と紫織を異能力がらみの問題に、これ以上巻き込みたくない」
「では聞くが、二人の験力を封印して、その子供たちはどうする?」
「だらから封印の仕方を教えろと言っている」
「お前が封印できたとして、その孫は? その曾孫は?」
「おれだっていつかは死ぬって言いたいんだろ? だったら他の誰かに託すさ、他の異能者に」
「自分の姪以外なら験力を使うのは構わないか? 相変わらず勝手だな」
「勝手なのは百も承知だと言っている」
そう言えば、お父さんもお祖父さんと同じ様な事を言っていた。
「なるほど、お前の考えはよく解った。
残念だが、封印の方法を教えられないし、二人の験力を封印する事も出来ん」
「何でよッ?」
今まで黙っていたお母さんが声を上げた。
「この忌々しい
親なら子供に同じ思いをさせたくないのは当然でしょッ。
父さんは今度も平気なのッ?
娘と息子にしたように、孫にも異能の使い方を教えて、不幸にするつもりッ?」
「お母さん……」
こんなに取り乱した母をわたしは見た事がない。
何があったかは判らないけれど、お母さんが験力を本当に嫌悪している事は理解できた。
こんなお母さんの前じゃ、験力を学びたいとは主張しづらい。
もちろん、こっちにだって決意と覚悟はある。わたしが背負っている物も決して軽い物じゃないんだ。
でも……お母さんが背負っている物って、一体どんな物なんだろう?
「遙香、悠輝、お前たちの気持ちは解る。俺も好き好んで孫に辛い思いをさせたいわけじゃない」
「じゃあ、どうして? あたしたちにした事を、またやろうとしているじゃないッ?」
「お前達にも、させたくはなかった」
「でも、実際やらせたよな?」
叔父さんが憎しみの籠もった眼をする。
「理由は解っているはずだ」
「その上で言っている。結局、姉貴を封印したんだ。なら、早い段階で二人にしてもいいはずだ」
挑むような叔父さんの言葉に、お祖父さんは溜息を吐いた。
「やっぱり、やらないんじゃなくて、出来ないだな?」
お祖父さんはこの言葉を静かに受け止めていた。
「何言ってんの、だって父さんはあたしを……」
「ダマされてたんだよ、姉貴。こいつの特技は何だ?」
「幻覚……って、え? ウソ……嘘でしょッ? あたしを二十年近く騙し続けるなんてッ!」
「だから苦労した。俺の験力だけでは足りないから、色々演出をして、お前を信じ込ませなければならなかった」
「どうして……あたしは封印してって欲しかったのにッ!」
「理由は簡単だ、験力を封じる方法など俺は知らん。仮に知っていたとしても、見たくない物があるからと言って目蓋を縫う奴が居るか?」
「じゃあそう言えばいいじゃないッ!」
「言った。だが、お前は納得しなかった。本当は出来るはずだと言って聞かなかった。あの時のお前の精神状態も考え、封印したと思い込ませる事にした」
「………………」
お母さんはうつむいて、視線をさまよわせた。
「つまり、姉貴に眼を
「そうだ」
「これで全て説明がつく。
紫織に取り憑いた魔物を姉貴は験力で
もともと封じられていないなら、変化があるわけがない。再び自分で眼を瞑ればいいだけだ」
「とんだお笑いぐさね。
験力を使えるって判っていれば、あたしが由衣ちゃんを助けられたかも知れない」
「お母さん……」
「験力の使い方をまだ覚えていない朱理と紫織には、使えないと思い込ませる事自体が出来ない。
験力が無くなったと錯覚させたところで、いずれ覚醒する。そうなったら自覚がない分だけ余計に厄介だ、そう言う事だろ?」
「悠輝、あんた、気付いてたの?」
「そうじゃないかって恐れていた、姉貴が封印に変化が無いって言った時からね。
そもそも験力を封印した人間なんて姉貴以外に知らない。だから、姉貴の験力を感じても、封印されても験力その物は感知できると思い込んでいた」
叔父さんは悔しそうに顔をしかめ、「まんまとダマされた」と吐き捨てるように言った。
「結局、あたしたちと同じ事を孫にさせるって事ね」
お母さんはお祖父さんを睨み付けた。
「朱理、嫌でもお前は修行できるぞ」
少し悲しげに、叔父さんはわたしを見つめた。
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