第四話 トルルザ教会の重要機密 其ノ二
「ヒロト殿、私だ。少しよろしいか?」
トルルザ教会の責任者、アトラ治療師の声だ。部屋の隅のミラルさんに目配せすると、カタカタと小さく震えながらも、コクンと頷いた。
「
くそっ! 慌てたら『良きに
アトラ治療師は入ってくるなり、部屋をぐるりと見渡し、更に俺の様子をじっと眺めた上で、ニヤリと笑った。
「全く油断ならならんな」
やべぇ、なんかバレてる!? 俺に言っているのか、それともミラルさんの気配に気づいているのか?
「ヒロト殿は『チキュウ』という場所を知っているか?」
いきなり出会い頭に投げつけられた、とんでもない質問に不意をつかれた。
動揺を隠す事も、返事を返す事も出来やしない。
「ほほう。やはり知っているか!」
俺の顔色読むだけで、話進めるのやめて欲しい。やべぇなこの人。腹芸で勝てる気がしない。
「話す、しましょう。隠す、しない」
俺は縛られているふりをしていた、両手を上げた。お手上げだ。あと、俺この人好きだ。こんな時間に得体の知れない耳なしを一人で訪ねて来た。手持ちの最強カードを、最初に晒してくれた。昼間の様子(注3)を思い出しても、もうこの人の敵ではいたくない。
もし俺が見誤っていて、コレが何かの罠だとしても――。ハルとハナを見逃してくれたこの人を、信じた事を後悔はしないだろうさ。
「俺の荷物、下さい。話すために必要、紙束、あります」
俺の
「ミラル、すまんがヒロト殿の荷物を持ってきてくれるか? あと、エンドが探しておったぞ。私に用事を頼まれたと、誤魔化してから来なさい。騒がれると困った事になる」
「は、はひ!」
荷物の影から、ミラルさんが耳を倒して顔を出した。耳も鼻も良い
ミラルさんが部屋から出て行くと、アトラ治療師はすぐに話をはじめた。えっ、難しい話は、単語帳きてからにして欲しい。
それとも、ミラルさんに聞かせられない話があるのだろうか。
「ヒロト殿。同族かも知れない『耳なし』の過去の罪(注2)を聞いて、どう思った?」
一番は、『バカヤロウ。なんでそんな事しちまったんだよ』だな。だが、耳なしの罪は、俺の中にも確実にある。人間はそういう生き物だ。やるか、やらないかの違い……それだけだろう。
俺の拙い語彙での説明に、アトラ治療師が自嘲気味の笑顔を見せる。
「奇遇だな。それはそのまま、私が長年ザバトランガの教会に対して思っていた事と、同じだよ」
アトラ治療師は、静かに言葉を続ける。
『ザバトランガの教会は、黒猫の英雄と一緒に戦ってはいない。黒猫もこの地に戻らなかった。それは、この地の人々を耳なしに売ったのは、教会だからだ』
▽△▽
ザバトランガの教会は、元々耳なしの現地ナビゲーターのような事をしていたらしい。『空から来る、不思議な事を知っている自分たちとは違う姿の人々』。それを宗教と結びつけたのも教会なのだという。
まあ無理もない話だ。地球にもそんな感じの壁画とかあったもんな。
耳なしが何をしていたか。おそらく『観光』だとアトラ治療師は言う。俺だってこの世界を旅する事には、大きな魅力を感じる。たが、自給自足の旅には苦労も多いし、危険とも隣合わせだ。
快適な空飛ぶ船で、異文化を見て回るのは、さぞかし楽しいだろう。
ところがいつしか耳なしは、人を連れ帰りたいと言い出した。
初めは身寄りのない養護施設の子どもが、養子のような形で引き取られて行った。次に耳なしに見初められた女性が、職を求める男性が……。それらを斡旋したのが、教会だった。仲介する事により、旨味もあったのだろう。
徐々に耳なしの要求はエスカレートし、本人の意思を無視する一団が現れた。その頃には、教会は既に耳なしが
耳なしが人々をどこに連れて行ったのか。その人たちは、幸せに過ごしているのかどうか。
在ろう事か、教会はそれに目を閉じた。自分たちには及ばない事と、耳なしから得るものがそうさせたのだろう。恐れもあった。
そうして目を閉じているうちに、黒猫が来た。
黒猫は空からやって来た。耳なしと同じ空飛ぶ船に乗って――。
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