14話 祭り
彩乃の言っていた通り、八白神社で行われていた祭りは思ったよりも規模が大きかった。
参道に沿うように吊るされた提灯、そしてそれらにぼぅと照らされる屋台たち。焼きそばやかき氷、綿菓子など食べ物から、射的やおみくじ、金魚すくいなどなど遊びのものまで。そのバリエーションの高さは、見ているだけで楽しくなってくる。
かき氷なんてしばらく食べてないから、久々に食べてみたい。でも少し小腹が空いてるから、焼きイカとか腹が膨れるものもいいかも。射的とか懐かしいなあ、昔やったときは全然当てれなかった。
「思ったよりも楽しいわね」
カランと石畳を下駄がご機嫌に叩く。表情こそいつも通りだけど、どこか瞳を輝かせて四葉はそう言った。
そして、さっき買ったベビーカステラを一つ、口に入れる。
俺と同じく四葉もこういう場所に来るのは久しぶりらしい。いろいろ屋台を回って、四葉にしては無邪気に楽しんでいた。
いろいろ買ってるようだし。
彼女が抱えているのは、ベビーカステラのかわいい袋だ。あとりんご飴に、綿菓子、みかん飴なるものとか、チョコバナナ、そしてクレープ。
「買いすぎだから」
明らかに一度に買う量じゃない。いろいろ食べ歩いた結果それだけ買った、ならわかるけど四葉に関しては今持ってるのがそれだけなのだ。
というか、どうやって持ってるんだそれ。うまい具合に指の間に挟んで、見ているこっちの方が心臓に悪い。
「あら、しょうがないでしょう? 目に入って、そして美味しそうって思ったのだから」
「今買う必要ないだろ……落としたらどうするんだ。少し持とうか?」
「いいわ、私が買ったんだし。食べられちゃっても困るもの」
「別に盗るつもりはないって」
「そうかしら」
そう言って四葉はクレープを頬張った。取られる前に食べてしまおう、みたいな感じに見える。
買ったものが甘いものばかりだったり、すぐに買ってしまったり。今日の四葉はどことなく子供っぽい印象を覚えた。
まあ、全然いいけど。それにこんな四葉を見れるのか俺だけだと思うと、なんだか、うん。
「……どうしたの? 水流君。そんなニヤニヤして」
「してない」
「してないことはないでしょう……。ベビーカステラ、いる?」
「……一個もらう」
口に投げ込むと砂糖の甘さ。パサパサした感じは好みじゃないけど、この柔らかさは好きだ。
うん、でもなんだか水が欲しくなるな。
「水流君、自分のものはほとんど買ってないけどいいのかしら」
今度はりんご飴を舐めながら、四葉はそう尋ねてくる。
「まあ四葉のやつをちょいちょいもらってるからなあ」
「甘いもの好きだった?」
「うーん、好きでもないし、嫌いでもない……? 普通って感じだな。でもこれだけ甘いのを食べてるとしょっぱいの食べたくなるけど――」
その時ちょうど香ってきたのは、醤油のいい匂いだった。
そちらにあったのは、イカ焼きだ。イカ一匹を串で刺して焼き、醤油をつけたそれは見ているだけでお腹が空いてくる。
「あれいいか?」
「イカ焼き? ええもちろん」
幸運にも、その屋台はちょうど客を捌き終えたところだった。
屋台の主は、少し髪の薄い中年くらいの、人が良さそうな男性だった。それに加えて彼の隣で、手伝いだろうか、彼と同じように娘くらいの女性が黙々とイカを焼いている。
俺たちが屋台のの前に行けば、屋台の主は「いらっしゃい!」と強い声で言った。
「イカ焼きお願いします」
「はいよ! 一本でいいかい?」
「あー……四葉どうする?」
「そうね……食べてみようかしら」
「なら半分あげようか」
「いいわ、自分で買うから。人のをもらうのもなんだか気がひけるし」
まあそういうなら。
自分の分の料金だけ出して、四葉の持つ食べ物の一部を預かる。彼女が自分の財布を取り出そうとしているところに話しかけてきたのは、屋台の主だった。
「二人は友達かい?」
「え? いや……なんでです?」
「結構カップルが来るんだけどよお、だいたい彼氏が奢ってるからさ」
「ああなるほど。いや、四葉が――彼女が、そういうのを嫌がるんですよ」
「へえ……ってことはつまり?」
「はい、付き合ってます」
すると店主は、そうかいそうかいとニヤニヤし始めた。
なんだか居心地が悪い。この微笑ましいものを見るみたいな目線がすごい恥ずかしい。なんか暑くなってきた。
もう二人分のイカ焼きも出来上がってるし、これは四葉が金を出すまでの世間話だ。
早く離れたいし、四葉はまだだろうかと彼女に視線を向けた。
しかしそこにいたのは、財布を開きこそすれど動きを止めてしまった四葉だった。
「四葉?」
顔は俯いてよく見えない。俺の声にぴくりと肩を震わせる。
不思議に思いつつ店主に視線を向けると、彼はニヤニヤを通り越してもはや普通に笑っていた。
「微笑ましいなあ!! いいぜ、一本嬢ちゃんの分は金はいいや!」
「はあ!? いや、ちょ、えっと、いいんですか!?」
「いいよいいよ! ほらおまけだ、持ってきな!」
ガハハと大きく笑いながら、彼は二本のイカ焼きを半ば無理やり押しつけてきた。
よくわからないけど、四葉は納得するだろうか。しかし何かを言う様子もなかった。なぜか俺から顔を背けていて、表情もよく見えない。
店主も満足げに笑っていて返せる雰囲気じゃなかった。
「えっと、じゃあ……ありがとうございました。四葉、行こう」
「あいよ! 彼女さん大切にしろよ!」
わかってるわ。
きっといい人なんだろう。でも楽しそうに手を振っているのがなんだかムカついて、心の中でそう吐き捨てた。
しかし、心配なのは四葉のことだ。俺の後ろを着いてこそきたが、やっぱりまだ顔は見えない。
「大丈夫か? 疲れたなら、どこかで休むけど」
「……いえ、大丈夫よ。大丈夫なのだけれど、ちょっとこれ持っててくれるかしら」
「え、ちょっ!」
四葉が持っていた食べ物の数々を渡される。突然だったから危うく落としそうになったところを、なんとか無理やり持つことができた。
ちょっと潰れてしまったのもあるけど、これはしょうがない。両手はもちろん、さっき買ったイカ焼きなんて二本も口に加えてるし。
「
「ごめんなさい、すぐ終わるから」
気がつけば俺に背を向けていた彼女がそう言ったかと思うと。
パァン!
彼女は自分の両頬を、自分で叩いた。
「ちょ、
「待たせたわね。ありがとう、持っててくれて」
驚く俺をよそに、振り向いた彼女は俺から食べ物を奪い取るように受け取った。その顔は、叩いたからだろうか、いつもよりほんのり赤い。
明らかに様子がおかしい。つい怪訝な目で四葉を見てしまう。
「大丈夫よ、なんでもない。ただちょっと……そうね、驚いただけ。慣れてなかっただけよ」
「慣れてないって、もしかしてさっきのか?」
「ええ」
すると四葉は腰あたりで何かを探るような仕草をした。
いつもなら三つ編みの先端があるような位置だ。でも今日は髪型が違う。彼女は気まずそうに手の開閉を繰り返す。
「もともと恋人らしいこともほとんどしていなかったし……それに、はっきりと付き合ってるとか、彼女とか、口にすることなかったでしょう? ヘタレだから」
「うぐっ」
いや否定はしないけどさ……。でもそれは四葉にも言えることだろうに。
ジト目で訴えかけるも、四葉は知らん顔をしてりんご飴をペロペロ舐めている。
結構強めに叩いたのか、両頬はまだ赤かった。
それからあまり屋台を回ることはなかった。
四葉が一気に買ったのもそうだし、そもそもお腹が膨れてきたから。
座れるところに二人並んで腰を下ろし、気がつけば空は青黒い。人も増えてきた。人を避けながらじゃないと歩けないくらいの混雑だった。
その人混みから外れた場所。わらわらと蠢く彼らをそこから眺めながら、彼女は憂鬱げにため息を吐き出した。
「花火、そろそろね」
「そうだな」
「ここからだと見えないわね」
「だな、移動しないと」
「……」
「……」
そう言いつつも、四葉は動こうとしなかった。
気持ちはわかる。俺だって動きたくない。
「人、多いなあ……」
「遊園地もだったけれど、それくらい予想できたでしょう」
「それ四葉もだろ」
「私は……その、少し興奮しちゃって頭から抜けてたのよ……」
「まあ初めての花火だしなあ」
四葉自信が見たいといったのだし、さらに初めてとなればテンションが上がるのもわかる。
ここは屋台の道から外れた場所。後ろに森があって、その向こうに花火が上がるらしい。
だからここにいるままだと、その花火も見れないのだ。
四葉の顔にも疲労の色が微かに見える。連れ回すのも気がひけるけど、四葉は花火が見たくて来たんだし。
「……ま、行くか」
「……そうね」
動かないことにはどうにもならない。
重い腰を持ち上げた時、ピロンとスマホからの通知音。
スマホがなるとは珍しい。なんだと見てみれば、それはメッセージだった。
それを眺め、「へぇ」と漏らす。
「……」
「水流君? 行かないのかしら」
「いや、ちょっと待ってて」
地図アプリを起動してその場所、そして現在地を確認。
うん、そこまで離れてない。
「お待たせ。行こう、こっちだ」
「……水流君、失明でもしたのかしら」
人混みとは
「そっちには森しかないのだけれど。浴衣を着てる彼女にそんなところを歩かせるつもりなのかしら?」
「大丈夫だって、小道あるから」
「そういうことじゃなくて」
「いいからいいから」
「きゃっ。ちょっと……」
立ち上がった四葉の手を掴み、引っ張るようにして歩きだした。
そこまで複雑な道でもなければ、遠いわけでもない。一〇分もしないうちに到着するはずだ。
向かっているのは、いわゆる花火の穴場スポット。そこならきっと人も少ないし、落ち着いて四葉も花火を見ることができるはずだ。
「せめてどこに向かってるかくらいは教えてくれると助かるわ」
「秘密」
四葉は喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら、彼女のひんやりとした手の感触を楽しむ。
「もう……強引ね」
呆れたような彼女の声。でもカランカランとした下駄の音は、やけに弾んでいた。
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