幻(フレア)〜誘拐事件から始まった運命の愛〜
@bibibi39
第1話 午前10時の少年
本田絵里の家でみずほと絵里はテーブル座り、テレビをつけたまま、自分の世界でお絵描きをしていた。みずほは時折、テレビに目を向けては教育番組をみたりしていた。
「はい、今日はこれで番組はおしまいです。全国の小学生の皆さん、よい夏休みをー!」教育テレビのお姉さんは手を振った。番組が終わると川柳の番組に切り替わり、絵里はリモコンでチャンネルを変えた。絵里は適当にチャンネルを変えていくとニュース番組に切り替えた。
「はい、ここからニュースです。3日前、愛媛県松山市で小学校4年生の蔵田悠人くんが家に戻らないまま行方不明になっています。現地から中継です。藤村さーん」
みずほと絵里は思わず顔を見合わせた。
「隣街じゃん!!」絵里はみずほに問いかけた。
「うん」みずほも絵里に首をふった。
<3日前にこの小学校に通う蔵田悠人くんがこの校門を出てから家に戻ることなく行方不明になっているんです>テレビのワイドショーの女性は淡々とニュースを伝えているがみずほも絵里もすぐ近くの隣の街での出来事にいささか驚きを隠せずにいた。
ふたりはテレビに釘付けになってみていた。
「ねぇ、となり街のあの校門ってうちの名門でお金もちが通う学校じゃない?」絵里はみずほにいった。
「たしかに!たしかに!唯一のおぼっちゃま学校じゃん。えー、あそこの子が誘拐されたってことはやっぱり、金目的の誘拐だよね!!」
「うん、それしかないよね。普通男の子って誘拐するかな?女の子ならほら、いろいろ理由がありそうだけれど、小学校4年生っていったらそこそこ大きいし、乱暴目的ではないと思うし、もしそうならかなりの変態だろうし、やはりあそこは県で唯一のおぼっちゃまだから、身代金目的かなぁ?」絵里は空想しながらいった。
「どうだろう?でもなんか怖いねっ!」みずほはしみじみいった。
「ホント、ホント、明日は我が身じゃないけれど、気をつけなきゃね」絵里もうなづいた。
<それでは夏休みになりました。夏休みのお子様たちの為に夏休みといえば、お化け屋敷・・・という訳で今日はお化け屋敷の特集です!!>
「あっ、あっー!!」みずほは突如素っ頓狂な声をあげた。みずほの突然の奇声に絵里は戸惑いを隠せないようにみずほを不思議そうな目で見つめた。
「ど、どーしたの?」
「今、思い出したの!!」
「何を?」
「向かいの家でみた幽霊のことを!」
「みずほちゃん、幽霊をみたの?」
「うんっー!それもラジオ体操から帰ってきたばかりの10時ごろに二回もみたの!!」みずほは思い出すとおぞましそうに両腕をさすった。
「どんな風にみえたの?」
「窓ガラスが数センチ空いていてこちらを覗き込むようにこうやって見ているんだよ」みずほは下から上を見上げるような真似をしてみせた。
「誰か人が来ていたんじゃない?それか、無人家ならば他の子が上がって遊んでいたんじゃない?幽霊は窓ガラスを開けて覗きこんだりしないでしょ。誰かがいて、遊んだりしていたのよ」絵里は冷静に分析するようにいった。
「そうなのかなぁ?それにしても行方不明になった男の子の写真が出ていないね。一刻を争うのにね」
「まだ、出す決心がつかないのかもね」絵里は少し心配そうに呟いた。
「こんな狭い田舎でこんな事件が起きるなんて、世も末だね。東京とかならまだわかるけれど、こんなど田舎だよ。コンビニが駅前にあるだけのこんなちっぽけな街だよ。お墓もたくさんあるしね、隣街だって、たいして大型スーパーがあるくらいで本当に何にもないのにさ」みずほは溜息をついていった。
「本当に何にもないよね。働く場所もないから東京に流れこんでいくんだよね。ここで働けるのはコネのある公務員か議員とか工業地帯の人間とかそんな人間(ひと)しか潤っていないのよ。ほんの一握りの人しか豊かに暮らしていけないのよ」絵里も頷きながらみずほの言葉にうなづいた。
「だからいろいろ不満を持っているものも多いのよ。犯罪とかは都会より田舎の方が多いって前にテレビでみたことがあるよ」絵里は解説するようにいった。
「でもピアノを習わせてくれているんだからみずほちゃんは親に感謝しなきゃね!」
「絵里ちゃんはピアノとバレエを習わせてくれることに感謝しなくちゃね」
「みずほちゃんだって、ピアノを習っているじゃない。感謝しなくちゃねっ」
「あっ、今日は夕方からピアノ教室があるから、行く前に練習したいから今日は早めに帰るね」
「うん、わかった」絵里はニコッと頷いた。
みずほは家のピアノで「カノン」を弾いていた。みずほが弾く「カノン」のピアノの曲を弾いていると、その曲に誘われるように少年が窓ガラスの隙間から隣の家の窓を憔悴しきった暗い表情(かお)をした少年は青白い顔をしながらも、遠くを見つめるように微かに薄ら笑いを浮かべていた。みずほはそんなことをつゆしらず「カノン」を一心不乱で弾いていたその姿を、窓の隙間からほんの僅かな1センチ位の隙間からみずほを眺めていた。
ーグゥー・・・ゴンの労わるような姿を思い浮かんだ。暗い大きなお屋敷に響き渡る「カノン」の曲が隣の家から流れてくる曲に合わせて走馬灯のように流れてくる。暢三と公園でキャッチボールをした記憶、母親の美佐枝とゴンを連れて散歩に出かけた記憶、妹の祐美のオムツを変えてあげた記憶ととめどなく何気ない記憶が忘却の彼方から次々と投げ出されたようにどんどんやってくる。
そして、添田と公園で遊んだ記憶がリアルによみがえってくる。
(本当のパパのように、好きだった)
悠人の頬から涙が溢れ落ちた。
ほんのわずかな隙間から太陽が差し込み眩しい位、悠人の顔を照らしだす。あまりの眩しさにみずほの姿はどんどん霞んでいく。
ーさっきまで悲しくて、苦しくて今にも発狂しそだったはずなのに、名前を知らない君が弾く曲を聴いていると、何故か安らぎに変わっていくのは何故なんだ?ー
悠人は青白い顔に微かに微笑みを浮かべた。
ー何故か懐かしいようなふわふわしたような気持ちになるのは何故だろう?まるで死ぬことなんて怖くないみたいな・・・ー
悠人はふらふらしながら、その場に倒れた。
ドンッー
みずほは思わず手を止めた。部屋の中を見回したが、とりわけ何か落ちた訳でもなさそうだったから、気をとりなおして、再び、曲を弾き始めた。
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