#14.1 愛を叫べ

 地鳴りが止むと、ウーティスが来た道に向かって走り出した。ウーティスの後を追いかけると、道の途中で兄の姿を発見した。

「兄さん!」

 兄は僕の呼びかけに反応することなく歩き続けた。

「兄さん、進んじゃ駄目だ。止まって!」

 両手を広げて兄の行く手を阻もうとしたが、彼は僕を押しのけると、例の部屋へと確実に近づいていった。兄の目は虚ろで、まるで歩くゾンビのようだった。ウーティスと二人掛りで止めようとしても、兄の足を止めることは出来なかった。

「渚。幸人に愛してると言ってください」

 ウーティスに言われた通り、兄に「愛してる」と言ってみたが、兄は一向に止まる気配を見せなかった。

「兄さん、お願いだから止まってよ。まだ話したいこと沢山あるし、兄さんとしたいことだって沢山あるんだ。死んじゃ嫌だよ」

 兄が例の部屋に辿り着くのは時間の問題だった。兄の死が現実味を帯びてくると、恐怖で足がガタガタと震えた。

「渚、携帯が鳴っていますよ」

「今はそれどころじゃないだろ!」

「私が幸人を押さえますので、貴方は早く電話に出なさい」

 ウーティスが僕の身体を横へ押しやった。携帯を取り出すと、画面には高橋の文字が書かれていた。

『深海、お前のTwitter見た!俺に出来ることがあれば言え!』

 僕が通話ボタンを押すと同時に、高橋が叫んだ。

「頼む、高橋。愛してると言って」

『分かった!愛してる!』

「僕じゃなくて、兄さんに言ってくれ」

 スマホのカメラを兄に向けると、高橋があっと驚いた。

『兄さんって、幸人先生じゃん!お前ら、兄弟だったの!?というか、お前のお兄さん、死んだんじゃなかったっけ!?』

「そうだけど、今はその説明をしている場合じゃないんだ」

『幸人先生に愛してると言えばいいんだな。それは、俺が言っても意味があるのか?』

「分からない。だけど、僕が言っても止められなかった。もうどうすればいいのか分からないんだ」

『分かった。ちょっと待ってろ!』

 高橋との通話が切れると同時に、奥からドンッという音が聞こえた。振り向くと、ウーティスが僕に向かってぶっ飛んできた。

「・・・・・・っつ」

 僕の上で倒れたウーティスは完全に気を失っていた。

「おい、ウーティス!しっかりしろ!!」

 気を失っている彼の身体を揺さぶると、ウーティスがぼんやりと目を開けた。

「・・・・・・すみません。お怪我はないですか?」

「僕の心配より、自分の心配をしろ!」

「・・・・・・私は、大丈夫です」

 ウーティスが起き上がろうと腕に負荷をかけた瞬間、彼の片腕がボキンと折れた。それでも彼は壁に寄りかかりながら立ち上がった。

「ウーティス、もう止めろ。このままじゃ、お前まで死ぬぞ」

「電話の彼、なんと言ってましたか?」

「え?」

「諦めるのはまだ早いですよ」

 その時、手の中のスマホが震え始めた。

『深海!先生のところまで携帯を持って行け。早く!』

 多数の見知った顔がスマホの画面に現れた。高橋の声に突き動かされ、僕は全速力で兄の元へと走った。高橋の掛け声の後、クラスメイトたちが一斉に叫び始めた。

『『『『愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!!』』』』

 クラスメイトたちの叫び声を聞いても、兄は変わらず動き続けた。もう駄目かと思ったその時、誰かが『静かに』と叫んだ。その声は、氷室先生だった。

 氷室先生は皆に退出するように促した。画面から次々とクラスメイトたちの顔が消えていく。

「先生、違うんです。これは決して悪ふざけなんかじゃなくて、本当に・・・・・・」

『深海。画面を幸人に向けてくれ』

 氷室先生に言われ、携帯画面を兄に向けた。

『幸人』

 氷室先生の声に反応して、兄の足がピタリと止まった。

『俺にはお前が必要だ。頼むから、死なないでくれ』

「・・・・・・あ・・・・・・や」

 虚ろだった兄の瞳に光が宿った。

「兄さん!」

 兄は僕の顔をじっと見つめた後、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。

「渚、待っててね」

 突如、兄の目から光が消えた。まずいと思った時にはすでに遅かった。彼は僕の襟を掴むと、僕の身体を宙に投げた。ガンッという鈍い音が鳴る。頭を強くぶつけたせいで、視界が真っ赤に染まった。

「母さん。もうすぐそっちに行くから」

 兄が例の部屋に向かって進んでいく。五メートル、三メートル、一メートル。意識が遠のいていくなか、懐かしい声が聞こえたような気がした。

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