―――第112話―――

 ユニコーンに連れられ、辿り着いた場所は森の中にある小川。

 その細長く続く川の終着地点と思われる池の場所に来ていた。

 魔物たちはその池で喉を潤したり、時には身体を洗ったりしているようだ。


 この光景を見ている限り、のどかな風景なだけで特に違和感もない。


 俺はユニコーンに視線を向け、


『目的地はここであってるのか?』


『いや、この先だ』


 ユニコーンに連れられるまま、池を超えた先に見たものは、異様は光景だった。


 森の中にある岩に只管に頭をぶつける魔物。

 頭を振り回し、縦横無尽に駆け回る魔物。

 ぐったりと身体を横にし、痙攣している魔物。


 普段であれば見る事のない行動をしている魔物の姿がそこにあった。


『確かに様子がおかしいな』


『自身に異変を感じたとき、皆ここに勝手に集まっておるのだ』


 え。

 その行動もおかしいな……。


『理由……とかは、分からないんだよな』


『ここに集まる理由以外はさっぱりでな』


 そうか、ここに集まる理由……え?


 俺はこの現象の理由を聞いただけだが、思っていた答えと違う答えが返って来た。


『ここに集まる理由は分かるのか?』


『あの魔物らの声を聞けばルディにも分かるだろう』


 不敵に笑う(ように見えた)ユニコーンにそう言われたら聞かざるを得ない。

 俺はおかしくなっている魔物に意識を向け、耳を傾けた。


 『彼ヲ呼ンデキテ』『ルディ様ナラ……』『マダ? ルディ様ハ来ナイノ……?』


 ……。

 わーい、俺、超人気者じゃん。

 人気者はつらいね。

 ………………って、何で俺ぇ!?


『ルディの活躍は、この森に住む魔物全域に伝わっておるからな。この森でルディを襲う無礼者もおるまい』


 あー、だから最近森に行っても平和なわけだ。

 いや、前から平和だけども。

 〈闇落〉以外と戦えなくないか、この状況。

 魔物の肉が食えなくなる……肉ぅ……。


『そう心配せずとも、ここの魔物は皆ルディを信用しておる。ルディがこの問題を解決出来なくとも文句を言うやつもおるまい』


 落ち込んでいる俺にユニコーンは優しい口調で語った。


 いや、そうじゃなくてね?

 今、俺の食糧問題について考えてたんだ。

 肉食えなくなるのは嫌だな……。

 魔物の肉って結構美味しいんだよ。

 よく、カインから貰ってたなぁ……。

 うん。

 食えなくなるのは非常に寂しいけど……。

 かといって、こんなに信用してくれる魔物を狩る事も憚れる……。


 この森では魔物以外の動物しか狩れないっていう縛りが俺についた。


 まじかよ。

 縛りプレイじゃん。


『して、ルディの見解はどうなのだ?』


 俺が食糧問題に直面し呆けているとユニコーンから言われてしまった。


『ちょっと待ってて』


 一度、気持ちを落ち着けてから、ユニコーンに言葉を残して、おかしくなっている魔物に近付き様子を伺う。

 鑑定をしながら見回ったが〈闇落〉している魔物は一匹もいなかった。


 数十匹いる魔物の様子を見終え、ユニコーンの所まで戻った。


『狂ってる魔物はいないな。……何かここ最近変な人とか変な食べ物を食べたとか、そういうのは無かったか?』


『ふむ。我はその様な言葉は聞いたことが無いな。何故その様な事を聞く?』


『んー。ここにいる魔物は皆、毒状態……細かく言えば、麻痺や幻覚の状態になってるんだ』


『成程。力になれず、すまない』

『池ノ水ノ味ガ、イツモト違ウト言ウ者ガイタゾ』


 突如、俺とユニコーンの間に入ってきたのは以前助けた魔物……の親。

 王女様たちと森の中に入った時にかなり怒っていた、あの魔物だ。

 今は落ち着いている様子で、前よりも言葉が聞き取りやすい感じがした。

 ライオンの様な大きな身体に黒く艶やかな毛の背中にはコウモリの様な翼が生えている。

 見た目は大きな黒猫。しかし大きすぎるし、翼もある。


 前は感情が高まって外見が今より禍々しかったが、こうしてみると可愛いかもしれない。


『池の水……?』


『ソウダ』


 俺が聞き返すと魔物は こくり と頷いた。

 俺たちは池の方へ移動し、池を鑑定してみる。


『本当だ……原因はこれだな』


 池を鑑定してみると、池の中には微量の毒が混ざっていた。

 現在おかしくなっている魔物の症状と同じ麻痺と幻覚。


 確かにこれを日常的に摂取すれば毒が蓄積していくかもしれない。


 俺はひとまず、おかしくなっている魔物たちを治癒してから、小川が流れている上流へ鑑定しながら上がっていく。


『ルディよ。このまま行くとリシュベル国から出てしまうぞ』


『え、そうなの?』


 視線を先にやるとまだ森と川が続いており、俺には境界線が分からなかった。


『この先の国は人間至上の国だ。魔物はおろか獣人も忌み嫌う傾向がある。見た目が違う、というだけで攻撃対象にされてしまうのだが……』


『俺の見た目が普通の人間と違うから危ないって事か?』


 言葉を濁すユニコーンに、俺は自身の髪と瞳を指で示して問いかけると こくり と頷かれた。


 人間なのに。

 俺、人間なのに!

 人種差別反対!!


『ルディ程の力があれば攻撃されても対処出来うる力はあるだろう。しかし、人間の感情は繊細で傷つき易いと聞く』


 あー、俺の事心配してくれてたのか。


『優しいんだな』


『我は優しくなど無い。気に入った奴には多少情は移るやも知れぬが、我に興味がある人間や魔物が来たとしても簡単に殺してしまうぞ』


『それが魔物って生き物だからしょうがないんじゃないか?』


『だが、人間の中には好意を持って近付いてくる者を殺す奴はかなり少ないと聞くが?』


 あ、これは……

 この森にいる魔物から好意を受けてる俺の心配もしてるな。

 本当に優しいな。


『確かに好意や信頼を向けられると、その命を取るには抵抗があるかもしれないけど、俺なら大丈夫だから心配するな』


『我は心配なんぞしておらぬ』


 ユニコーンの言葉とは裏腹に、その瞳は心配の色が見て取れた。


 ここまで隣国に入るのを心配するって……

 隣国ってどんな国なんだろう。


 好奇心を抑え、俺は来た道の方へ くるり と向き直る。


『もうすぐ夕飯の時間になるからな。そろそろ帰ろうか』


『承知した』


 俺の言葉を聞いてユニコーンは安堵の表情をする。


 このユニコーン、ちょっとツンデレ入ってないか?

 ま、その前に、


『あそこの池は魔物の飲み場だって隣国の人達は知ってるのか?』


『あの場は人間と獣人は入れぬ様、エルフの民が結界を張っておる。知られている訳ではあるまい』


 なら他に何か原因があるって事かな……?

『俺はこれ以上調べられそうに無いから神狼族の人達に相談してみる』


『承知した』


『そうそう、あそこの池に魔道具を設置しても良いか?』


何故なにゆえ?』


『あそこの水って魔物たちにとって大切だろ? 毒を排出出来る道具を作ってみるよ』


 池の水は隣国から流れているから、根本の原因は分からないけど、応急処置として浄水器みたいなのを作ればなんとかなるだろ。


『そしたら気兼ねなく池の水を飲めるだろ?』


 ユニコーンに振り向き言葉を発すると、ユニコーンは柔らかく笑った(ように見えた)。


『有難い、ルディの気遣いに感謝する』


『設置した時、壊さない様にしてくれよ?』


 おどけた口調で会話をし、森の入り口でユニコーンと別れ、浄水器の構造をどうしようかと想いを馳せながら宿へと向かった。







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