──第86話──

ネロが親指で示したのはセシルだった。


セシルはネロに抗議をするが、ネロはお構い無しにセシルに金貨一枚を渡した。


「じゃ、頑張れ。」


「ネロ……俺、さっき言ったよな?挑戦して負けたってよ。」


セシルは しぶしぶ 金貨を受け取りながらも疑問をネロにぶつける。


「聞いたな。」


「だったら、何で俺……」

「負けても良い。食らい付け。」


「はぁ!?」


「良いから行ってこいっつってんだよ!」


ネロは強引にセシルを中央へやると、観客からの歓声が巻き起こる。


「チッ。ネロ、どーなっても知らねぇからな!」


「おう。」


「セシルー!頑張れー!」


セシルはラルフの陽気な声を背中に浴びて、あの冒険者の前に座る。


「なんだ、あのクソガキ。自分じゃなんも出来ねぇ威勢だけの弱虫か。ギャハハハハ」


「いや、ネロは俺よりも強いぞ?」


「へぇ……あんなクソガキ、俺の足元にも及ばねぇよ!てめぇもな!!」


「挑戦する以上、勝たせてもらうさっ!」


両者の右手が合わさり、司会進行が合図を出す。


「……レディ、ゴッ!」


「うぉぉおおぉぉ!!」


「へっ、弱ぇ弱ぇ。」


必死なセシルを嘲笑あざわらう冒険者。

観客の声援が飛び交う中、セシルは血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にしていた。


「そんな弱っちぃ力で勝てると思うなよっ!!」


「負けねぇっ!!」


セシルは力で押されそうになった所を、気合いで持ち直す。


「何が「負けねぇ」だっ!!どいつもこいつも生意気なんだよっ!!」


「──っ!?」


ドンッ!


セシルの健闘けんとうむなしく、セシルは負けてしまった。


「弱ぇヤツがイキがってんじゃねぇよ!強いヤツが勝つ!弱いヤツは負ける!そんなんも分からねぇのか!!ギャハハハハ」


勝負が終わり、観客からは勝者を称える声、敗者の健闘を称える声、次の挑戦者を探す声等、様々な声が広がる。


周りの声に臆する事無く、ネロは中心へ向かう。


「悪ぃ、ネロ。負けた。」


「別に、期待してないから安心しろ。」


「……そうか、そうだよな。」


「……お疲れ。」


「あぁ、ネロも頑張れ。」


ネロは向かう途中でセシルと会話を済ませると、そのまま冒険者の方へ行き、椅子に座る。


セシルが俺達の元に戻るとラルフが先に健闘を称えた。


「セシルお疲れ!すごかったね!!」


「お疲れ様、セシル。」


「お疲れ。」


「あぁ、ありがとよ。……なぁ、ルディ。」


「なんだ?」


「……何企んでやがる?」


セシルは意地悪そうな笑みと共に質問をしてきた。


丁度見えてたのかな。


俺達がいるのは、椅子に座った冒険者の斜め後ろ。

セシルからは正面に近い位置にいた。


俺はセシルの問いにすぐに答えずに苦笑する。


「後で説明するよ。」


「そうしてくれ。何がなんだか さっぱり分からん。」


「あはははは!セシルに説明する時間無かったもんね!」


ラルフの陽気な声を耳にセシルから視線を外し、ネロの方を見る。


「よぉ、クソガキ。チビッても良いようにオムツ履いてきたか?」


「…………。」


「んだぁ?その顔、気に入らねぇなぁ!ブチッと潰したくなるじゃねぇかよぉ!逃げるなら今の内だぜ!?ギャハハハハ」


「言ってろ。……テト!」


ネロの声でテトの耳がピンッと伸びたかと思うとテトはネロの元へ走り出す。


その様子に冒険者は下品な笑い声を上げた。


「ギャハハハハ!保護者がいねぇと怖くて出来ねぇってかっ!?」


「うるさい、少し黙れ。」


「んだと、クソガキ。生意気言ってんじゃねぇよ!」


ネロと冒険者の間に不穏な空気が流れ、駆け出したテトの足が心無しか重く見えた。


テト、頑張れ。

俺はそんな怖そうな所行きたく無くなるけどな。

冷や汗かいてねぇか?

大丈夫かよ、テト……。


テトは睨み合っている二人の元につくと観客に向かって両手を大きく広げ声を張る。


「お集まりの皆さん!!どっちが勝つかっ!さぁ!はったはった!!」


ざわつき始めた観客にネロは口の端を持ち上げて笑う。

すると、観客の中の一人が声を上げた。


「レートはどうなってるんだ?」


「よくぞ聞いてくれましたっ!こちらが勝った場合は賭け金の一・五倍いってんごばい!」


テトは冒険者の方を示して言葉を放ち、次にネロの方を手で示して言葉を続ける。


「こちらが勝った場合は賭け金の三倍をお支払します!!最低掛け金は金貨一枚!!さぁ!はったはった!!」


テトの説明に観客が喜びの声を上げ、我先にとテトの元へ押し寄せる。


うわぁ……。

テト もみくちゃ にされてるけど、大丈夫か??

勢い凄いな。


金貨一枚の一・五倍いってんごばいだと、プラス銀貨五枚。

三倍だと、プラス金貨二枚。


穴を狙うならネロに賭けるんだけど……。


ネロの見た目はほぼ成人したて。

見た目で言うなら相手の冒険者の方が強く見えるし、ずっと勝っているって実績もある。

さて、皆はどっちに賭けるのかな……。


そんな中、冒険者はネロを更にキツく睨み付ける。


「クソガキがぁ。舐めたマネすんじゃねぇよ!!」


「なんだ?俺に負けるのが怖いのか?」


「ふっざけんじゃねぇよ!!」


ネロが相手を鼻で笑うと、冒険者は額に青筋を浮かべると、机の上に金貨の入った袋をドンッと置いた。


「てめぇが始めた賭けだ。クソガキだろうと容赦しねぇ……。俺に金貨百枚賭けるぜ。へへへへへ、しっかり払えよなぁ!このクソガキ!」


「あんたが勝ったらな。……それじゃ、フェアじゃねぇから俺も。」


ネロは魔法鞄から金貨の入った袋を取り出し机にドンッと置いた。


ネロ、あおりすぎだろ。

ネロもネロで腹立ってるんだろうな。

顔が凄く意地悪な顔になってるぞ。


「あんたが勝ったらこの金貨もやるよ。百枚くらいはあるはずだ。」


「こ、の、クソガキ!!舐めやがってっ!!腕折ってやらぁぁ!!」


「出来るモンならやってみろよ。」


不敵に笑うネロに、頭に血が登り真っ赤になっている冒険者。

二人はテトの集計が終わるまで睨み合っていた。
























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