ふたりだけ

 長い長いあいだ

 笑うことを禁じられてきた彼女は

 よろこびかたを知らない


 楽しいと思うことに戸惑いおびえ

 うれしいと感じることに罪悪感を抱いて

 どう反応したらいいのか悩んで迷って


 結局いつも怒ったような顔をして

 最後は混乱して泣いてしまうんだ



 おれたちは――

 傷を舐めあっているだけだというやつがいる


 そんなのは――

 ほんとうの恋じゃないというやつがいる



 だからなんだ

 それがどうした


 親に社会に

 はじかれた命

 出会ってよりそって抱きしめあった


 傷を舐めあってなにが悪い


 ほんとうの恋ってなんだ

 おれたちの恋がうそかほんとうか

 そんなの誰がきめるんだ



 彼女と出会って約一年

 夏のおわりにはじまって

 ぐるんと季節をめぐって

 ふたりはじめての夏


 彼女の誕生日を迎えて

 夏祭りに花火にバーベキュー

 どこに行こうか

 海にも行こうか


 うれしいこと

 しあわせなこと

 楽しいこと


 たくさんみつけよう


 きっとそのたびおれは睨まれて

 彼女はまた混乱して泣くのだろう



 いつか彼女が心から笑えるようになったとき

 おれはいちばん近くでその笑顔を見たい


 ほんとうの恋でも

 うその恋でも


 そんなのはどうでもいいんだ


 うれしいときに睨んでくる彼女が

 よろこびに不慣れで混乱して

 すぐに泣いてしまう彼女が


 ただひたすらに大切で

 彼女がおびえずに笑える場所になりたい

 なれたら最高だと思う


 この恋が本物か偽物か


 きめられる人間がいるのなら

 きめていい人間がいるのなら


 それはきっと

 この世にふたりだけ


 おれと彼女の

 ふたりだけだ




     (掌編『一夜のキリトリセン【誕生日編】』より)



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