自己責任の対価

秋村

第1話



 夜六時を過ぎると歓楽街は活気づく。

 仕事に疲れた大人も、未来を憂う若者たちも楽しそうに街を行き交っていた。

 居酒屋『しゃぼん』では最も忙しい時間が今から始まる。


 接客スタッフとして店内で働く吉国修一は、激務の開始に備えて身なりを整えた。

 服装の乱れを見つけると店長にうるさく言われてしまう。

 この店でアルバイトを始めて三ヶ月目になる修一であっても、何が起こるのか予想もつかない時間帯だ。先週は客が吐いて汚した部屋の掃除だった。


 吐くほど飲むならお酒をトイレにでも流せばいいのに、と思ったのをよく覚えている。

 就活浪人である修一は、今日も忙しい時間を黙々と乗り切ろうと考えていた。


 先週の思い出は、一時間もすればとっくに記憶の彼方だった。

 店内はガヤガヤとした居酒屋特有の騒々しさに包まれている。

 客層は若者が半数、サラリーマンが半数といった具合だ。


 修一は、ゲラゲラと下品に笑う酒の席が苦手だ。

 接客する側であれば事務的に対応すれば良いだけなので苦手意識も少なくて済む。

 仕事でなかったら、酒の席には近づかないように心がけている。


 客が退出していった部屋の片付けをしていると、隣の部屋から大きな声で口論するのが聞こえた。

 Dテーブルのある隣の部屋には、会社員と思しき男性客四人組が入っていたはずだ。


「――そういうことをしたんだから仕方がないってなんですかっ?」

 対立する二人を鎮めようと、他の二人が声をあげているのが聞こえる。


「お前が不良に絡まれるようなことをしたんだろう? そんなの殴られて当たり前。いつまでもグチグチ言ってないで受け入れるしかないだろ」


「仕方ないって……じゃあ、今ここで僕が田中課長のことを殴って家族を探し出して危害を加えても仕方ないですよね。僕は今、あなたにそれだけのことを言われました。あなたを敵とみなすきっかけになる物言いでした。そういう覚悟があっての発言ですか?」


「……いや、それはダメだろ、お前がそのつもりなら俺だってやってやるぞっ」


「軽い気持ちで説教してやろうって思いましたか? 僕が怒らないとでも思ってましたか?」

 迫力の言葉の応酬の後、しばらく沈黙が流れた。


 面倒事に発展しそうなので距離を置こうと、修一は手早く片付けを終わらせて部屋を出る。

 その後もしばらく言い合いがあったようでガヤガヤと争う声が聞こえた。


 飲みの席での言い合いなんてよくある話だが、巻き込まれるのは嫌だった。

 揉めそうなことを店長に伝えて遠くの方から様子を伺うことにしよう、と思ったとき、大きな悲鳴が店内に響いた。

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