第74話 遺賢!臥龍と鳳雛!

 南校舎・保健室~


 刺客に狙われた俺、リュービだったが、どうにか逃走に成功。


 今は保健室でひねった足の手当てを受け、カンウたちが迎えに来るのを待っていた。


「これでいわ。


 あまり無茶をしてはいけませんよ」


「シバキ先生、ありがとうございます」


いのよ、いのよ。


 でも、ごめんなさいね。


 カダ先生がいたらもう少しちゃんとした手当てができたんですけど」


 中年のふくよかな体格の女性がいそいそと包帯やら消毒薬やらを片付ける。


 この女性教諭の名はシバキ先生。


 不在であった保険医のカダ先生に代わって俺の手当てをしてくれた。


「足をひねっただけで、大した負傷ではありませんよ。


 そう言えばシバキ先生は一年生の担任でしたね。


 一年生で誰か優秀な生徒はいませんか?」


 今の俺にとってこんな怪我は大した問題ではない。


 それよりも問題なのは、我がリュービ陣営には新一年生がとぼしいことだ。


 さらに言えば、我が陣営には参謀も不足している。


 幸いにもこのシバキ先生は一年生の担任。


 この先生に参謀タイプの一年生を紹介してもらえれば、願ったり叶ったりなのだが…


「リュービ君、それは選挙戦の話ですか?


 学校発展に尽くすのはいいことですが、少々あなたたちはやり過ぎではないですか。


 今だってこんな怪我をして…」


 ため息混じりにシバキ先生は俺に忠告する。


 俺なんかは足をひねった程度だが、中には大怪我を負う者も少なくない。


 確かに学園の選挙戦でこれはやり過ぎかもしれない…


「すみません…確かに行き過ぎてる面はあると思います。


 でも、俺には慕ってついてきてくれる仲間がいます。


 みんなを裏切ることはできません」


 しかし、俺はもう後戻りすることは出来ない。


「全くあなたたちは…


 ところで先ほど優秀な生徒と言いましたが、優秀にも色々あります。


 どういう生徒を求めているのですか?」


 先生はあきれながらも、見ていれなくなったのか、俺の話を聞いてくれた。


 優秀な生徒、それは俺が今、欲しい人材…


「俺はいつもその場しのぎの対策ばかりで、これまで後手に回ってきました。


 もっと全体を見渡し、うちの陣営全体の方針を決めれるような仲間がいてくれれば多少はマシになるんじゃないかと」


 去年の選挙戦を経て、俺自身、かなり戦いの経験を積み成長したと思う。


 前回の戦いでは、ソウソウ軍筆頭将軍のカコウトンを相手に充分な戦果を上げることができた。


 それに加えて俺の義妹のカンウ・チョーヒ、それにチョーウンは一騎当千の武勇を持ち、いずれもソウソウ軍の武将たちにも引けをとらない実力者だ。


 俺たちなら、目の前の敵に対して、よほどの兵力差がなければ、カンウ・チョーヒ・チョーウンの武勇に加え、伏兵・奇襲・罠などを駆使して、大概は撃ち破れる自信がある。


 しかし、いくらその場その場の戦いに勝利しても、俺たちは領土を失い、人を失い、リュウヒョウの客将となり、今またその立場さえ危うくなろうとしている。


 俺は確かにあの一年で鍛えられた。


 だが、それは戦場における軍隊の指揮や作戦であり、つまり“戦術”の能力だ。


 一方のソウソウの戦いは平時よりはじまる。


 まずソウソウは、よく政治を行い、計略をめぐらせ、外交を駆使し、その上で戦場に立つ。


 軍隊の指揮や作戦は最後の一押しに過ぎない。


 ソウソウは戦争勝利という目的のために、より高度な視点から作戦を練る。


 それはつまり“戦略”の能力だ。


 俺にはこの“戦略”の視点が欠けている。


 しかし、今から学んであのソウソウに追い付くのは難しい。


 しかも、ソウソウは本人の戦略眼の高さに加え、ジュンイクら多くの参謀がその脇を固めている。


 ならば、俺もソウソウを真似よう。


 俺一人では限界があるかもしれないが、高度な視点から大局を見れ、うちの陣営の方針を決定できるような、戦略的視点を持った参謀を得れば俺はソウソウに対抗できる。


 それが俺の求める人材だ。


 俺の話を聞き、少し間が空いてからシバキ先生が口を開いた。


「リュービ君、あなたの望みは大人でも実行することは難しいことです。


 高校生の、それも入りたての一年生には、なおのこと難しい話でしょう」


「それもそうですね…


 すみません、無理を言ってしまって」


 改めて思い知らされる、ソウソウの壁の高さを。


 ソウソウの能力はずば抜けている。


 その彼女に対抗できるだけの生徒なんて滅多に…いや、この学園にはそもそもいないのかも知れない…


 ガラッ!


 その時、保健室の戸が勢いよく開けられ、それと同時に、長く美しい黒髪の女生徒・カンウと小柄なお団子ヘアーの女生徒・チョーヒの二人が入ってきた。


「兄さん!大丈夫ですか!」


「アニキ、心配したんだぜ!」


 俺はメールでは簡単に経緯を説明していたが、よほど心配だったのか、この二人の義妹は息を切らせながら俺のもとにやってきた。


「カンウ・チョーヒ、心配かけてすまない。


 でも、俺は足をひねっただけで大したことはないよ」


「大したことあります!


 兄さんの身にもしもの事があったらどうするんですか!」


「アニキ、今度から一人で外出は止めてくれだぜ!」


「さぁ、兄さん、戻りましょう。


 私の肩に掴まってください」


「二人ともすまない。


 シバキ先生もありがとうございました」


 俺はカンウ・チョーヒとともに保健室を後にしようとしたが、シバキ先生は俺を呼び止めて言った。


「リュービ君、この学園に臥龍がりゅう鳳雛ほうすうとアダ名される二人の生徒がいます。


 その二人ならあなたの希望に叶うかもしれません」


 臥龍がりゅう鳳雛ほうすう…それは俺が初めて耳にする名前であった。


「せ、先生、|その臥龍がりゅう鳳雛ほうすうというのは誰なんですか?」


「リュービ君、それはあなたが探しなさい。


 先生は特定の生徒に肩入れするわけにはいきませんから」


「ありがとうございます!


 その臥龍がりゅう鳳雛ほうすうを探してみます!」


「ふふ、それでいのです、リュービ君」


 臥龍がりゅう鳳雛ほうすう…誰のことかはわからないが、貴重な情報が手に入った。


 なんとしてもこの二人にたどり着かねばならない。




 書庫・サイボウ一派~


「リュービを襲撃しただと!


 私の許可も得ずに勝手な事をしおって!」


 リュービを襲撃し、更に失敗したとチョーインから聞かされたサイボウは、思わず怒鳴り声を上げた。


「サイボウさん、申し訳ありません!」


 チョーインはサイボウのイトコにあたる。


 チョーインの兄は元々生徒会にいたが、トータクに罰せられ、兄の罪科が自分にも及ぶのを恐れた彼は身をひそめたが、その時助けてくれたのがサイボウであった。


 以来、チョーインはサイボウに仕え、その忠誠を信頼してはいたが、考えなく先走るところが難点であった。


「よく考えて行動しろ。


 仮にリュービを消せたとして、残ったカンウ・チョーヒたちはどうする?


 やつらの忠義心はあつい。


 反乱でも起こされたら厄介だ。


 例え反乱をしずめられたとしても我が軍の損害は計り知れん」


「そこまでの思慮が足りず、本当に申し訳ありませんでした」


「やってしまったのは仕方がない。


 実行犯は今どうしている?」


「別の部屋に控えさせております」


「そいつらを遠くに追放しろ。


 何を聞かれても我らは知らぬ存ぜぬを通すぞ」




 南校舎・リュービ陣営~


 教室に戻った俺たちのもとに、赤毛のショートに、カチューシャとメガネをつけた女生徒、社会学研究部・伊関百姫いせき・ももきことイセキが訪ねてきた。


「リュービさん。


 襲われたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」


「イセキさん、この通り俺は大丈夫ですよ。


 わざわざありがとうございます」


「おそらく、この襲撃はサイボウ一派が画策したものでしょう」


「やっぱり、あのサイボウの仕業でしたか」


「サイボウのヤロウ、オレのアニキを許さねぇぜ!」


 サイボウは以前より俺によい感情を持っていない様子だった。


 その名前にカンウやチョーヒが憤慨するが、それを赤毛の女生徒・イセキが制する。


「いえ、サイボウ自身はそこまで無策な男ではありません。


 ですが、彼にそこまでの統率力はありません。


 彼の一派の暴走といったところでしょう。


 しかし、彼のことです、今頃はもう証拠を消してしまっていることでしょう」


「やれやれ、真相の闇の中ということか。


 とりあえず、俺たちは防備を固めるしか出来そうにないな」


 俺がため息をつくと、赤毛の女生徒・イセキは話を変えようと口を開いた。


「リュービさん、今日はショウロウさんという方を連れて来ました。


 会っていただけないでしょうか」


「イセキさん、たくさんの生徒を紹介していただけるのはありがたいのですが…よろしいのですか?


 こんな俺を応援するような真似、リュウヒョウさんに見つかったらまずいのでは?」


 イセキはリュウヒョウ陣営所属だが、度々、俺の陣営を訪れては、相談に乗ってくれたり、生徒を紹介してくれたりと何かと世話を焼いてくれていた。


「そうですね、よろしくはないでしょう。


 ここには今、リュービさんとその仲間の方しかおられないので正直に申します。


 私はリュービさんの方を応援しようと思っています」


「それは…ありがたいですが…


 リュウヒョウさんは南校舎の雄、対して俺はそのリュウヒョウさんの客将。


 それでも俺を応援してくれるのですか?」


「はい、リュービさんはそのご自身の境遇を正直に話してくれる誠実さがあります。


 対してリュウヒョウ部長はその表と裏があまりにもかけ離れています。


 彼女は表では温和な雰囲気を漂わせていますが、その実は猜疑心さいぎしんが強く、嫉妬深く、その上、決断力がない。


 彼女ではソウソウの相手は務まらないでしょう」


「しかし、今やリュウヒョウさんはソウソウに次ぐ勢力です。


 客将の俺との戦力差は天と地ほどの開きがある」


「その勢力も彼女が強引に組み込んだに過ぎません。


 南校舎の部活連合…それに参加する部活は多いですが、誰一人部長を名乗ってはおりません。


 ただ一人、リュウヒョウ部長を除いては…


 何故かわかりますか?


 リュウヒョウが全ての部長を追い出し、強引に同盟に組み込んだからです。


 そのためリュウヒョウ陣営には彼女に不満を持つ者も多く、南校舎には彼女に仕えるのを良しとしない生徒がたくさんおります。


 今日、連れてきたショウロウもそんな一人です。


 リュービさん、南校舎にはあなたに期待する者がたくさんおります。


 どうか、リュウヒョウから独立し、再びソウソウと戦ってはいただけないでしょうか」


 確かに俺はまだ選挙戦をあきらめたつもりはない。


 しかし、リュウヒョウからの独立か。現状、難しい話だ。


 リュウヒョウと協力し、彼女を生徒会長に据え、俺が生徒会の一員となり、来年の生徒会長を狙うのも一つの道だろうし…


 イセキの話に返答をせずにいると、俺の義妹・カンウ、チョーヒが口を挟んできた。


「そうです、兄さん。


 このままリュウヒョウさんのもとにいてくすぶったままではいけません」


「そうだぜ、アニキ!


 アニキはここで飼い殺されるために今まで頑張ってきたわけじゃないだろ」


「…わかった。俺はリュウヒョウから離れよう。


 だが、今すぐリュウヒョウ陣営から独立することは出来ない。


 その時は追々考えるとして、今は戦力増強に専念しようと思う。


 とりあえず、そのショウロウさんに会わせてもらえないだろうか?」


「わかりました。


 リュービさん、ありがとうございます」


 イセキに促され、入室してきたのは、ショートの白髪にメガネをかけた女生徒であった。


「私は歴史研究部の向井朗奈むかい・あきな、ショウロウと申します。


 リュービさん、よろしくお願いいたします」


 それから俺はイセキ・ショウロウとともにリュウヒョウ陣営の現状について話をした。


 イセキとショウロウ、ともに博識で、内政を任せれば、うちのビジク・ソンカンに並ぶ優れた人物であろう。


 これから領土を広げる上で、彼女らのような人材が仲間に加わってくれるのであれば心強いことだろう。


 しかし、大局を見、戦略を練るという点においては充分とは言えない…


 やはり、シバキ先生の言った臥龍がりゅう鳳雛ほうすうを探さなければならないようだ。


「ところで、お二人に聞きたいのですが、臥龍がりゅう鳳雛ほうすうとアダ名される生徒に心当たりはありませんか?」


 俺の問いにイセキは首をかしげる。


「いえ、聞いたことないですね」


 だが、一方のショウロウは違う反応を示した。


臥龍がりゅうですか…その名をどこかで聞いたような覚えが…」


「本当ですか?


 是非、お会いしたいのですが、思い出していただけないでしょうか」


「えーと、ああ、思い出しました。


 確かジョショからその名を聞いた覚えがあります」


「ジョショ?


 リュウヒョウ陣営では未だ聞いた事のない名ですが、南校舎の生徒ですか?」


「南校舎の生徒でも、リュウヒョウ陣営に加わっていない生徒も多くいますよ。


 ジョショはその一人です」


 そういえば、先ほどイセキも南校舎にはリュウヒョウに仕えない人物も多いと言っていたな。


 そのジョショという人も、いや臥龍がりゅうもそういった生徒なんだろうか。


「とにかく話が聞きたいのですが、呼んでいただけますか?」


「わかりました。


 呼んでみましょう」


 俺はショウロウの仲介で、シバキ先生の言った人材の一人・臥龍がりゅうを知るという生徒・ジョショと面会する機会を得た。


 俺が再びソウソウと戦うために、なんとしても臥龍がりゅうにたどり着かねばならない。 


 果たしてジョショとはいかなる人物であろうか。

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