第22話 襲撃
ネズミレースが軌道に乗り、馬や騎手を順調に集めていた剛士達一行は、拠点を安宿から競馬場近くの一軒家へと移していた。厩舎の建設や馬の世話、工事関係者への応対のためにいちいち街から競馬場(仮)まで来ていられないというのが主な理由だ。事業が軌道に乗って利益が出てから、改めて街へ移住しようという話がなされていた。
「ただいま」
「帰ったぜ~」
「お帰り。ご飯出来てるよ」
すっかり日が暮れて、外で仕事を終えてきた剛士とファングをナディアが出迎える。会話だけ聞けばまるで新婚家庭のようにも思えるが、彼等の間にそんな色っぽい感情は無い。各自がその日出来る仕事を分担してやっているだけで、家に残ったのが剛士達でも同じように出迎えただろう。
ナディアとリーフお手製の料理がテーブルに並べられ、席に着いた男性陣が腹を鳴らす。そしてそれぞれがそれぞれ神や精霊など自分の信仰する対象に祈りを捧げた後、食事の始まりだ。
「いただきます!」
「……剛士だけは毎回神に祈らずにいただきますって言ってるけど、それって誰に対しての祈りを捧げているの?」
前から一人だけ違う事に疑問を抱いていたのか、ナディアが疑問を口にした。突然の質問が予想外のものだった剛士は一瞬戸惑いはしたものの、一つ咳払いする。
「俺は神に祈っているんじゃ無くて、食材になってくれた命と、それを育てた人々と、調理してくれた人に対して感謝しているんだ。だからこれは、全員に対するお礼かな」
「へぇ~……。珍しい考え方だけど、なんか良いね」
「あんたにも良いところがあったのね」
「俺も明日から真似してみるか……」
剛士以外には意外と好評だった。そんな彼等が和気藹々と食事を済ませ、食後にお茶を楽しんでいる時、ファングが何気なく窓から外を眺める。
「そう言えば、最近外に居る時に妙な視線を感じないか?」
「視線?」
「ああ。なんかこう……嫌な感じがするんだよな。誰かに見張られてるよう――うわ!?」
ファングがそう呟いた瞬間、突然彼の目の前にあった窓が粉々に砕け散った。咄嗟のことで身をよじったファングのすぐ脇を何かが凄まじい勢いで通り過ぎ、鋭い音を立てて壁に突き刺さる。それは黒く塗られた矢だった。
「な、何だ!?」
「わかんない! でも敵よ!」
「ああもう! 何だってのよ!?」
何者の仕業かは不明でも襲撃されているのは間違いない。剛士達は飛び道具から身を守るために慌てて床に伏せ、灯りである蝋燭を吹き消した。身を起こそうにも断続的に矢が飛んでくるため、起きるに起きられない状況だ。
(ちくしょう……! どこのどいつがこんな事!)
(わからんが、今はどうだっていい。とにかくこの状況をなんとかしないと)
(でもどうするのよ!? 矢で狙い撃ちされるから武器も取りに行けないわ!)
(私に任せて! 風の精霊よ……私達を矢から守って!)
リーフが呪文を唱えると剛士達の周囲に強い風が巻き起こり始めた。恐る恐る立ち上がったファング目がけて飛んできた矢があらぬ方向に飛んでいくのを確認して、剛士は立ち上がる。
「とにかく武器を取れ! 矢が通用しなくなったら踏み込んでくるかも知れん!」
「おう!」
「わかったわ!」
「私は戦いなんて向いてないのに!」
仲間達に指示を出し、剛士自身も隣の部屋へと飛び込んだ。そして自分のベッドに立てかけてあったフラガを手に取り鞘から抜き放つ。
「おお、なんだ? 久しぶりな感じがするな。てっきり俺のこと忘れてるのかと思ったぜ」
「嫌味なら後でいくらでも聞いてやる! 今はそれどころじゃないんでな」
「なんだ、敵か?」
「そうだ! お前の力を貸して貰うぞ!」
戦いの素人である剛士はフラガに頼らなければ足手まといでしかない。ファングとナディアは冒険者だし、リーフも精霊魔法が使える。最低限自力で身を守る程度はしなければならなかった。
急いで戻ってきた剛士を目にし、ドアに手をかけていたファングは武器を手にして外に飛び出していく。その後にはナディア、リーフ、剛士の順番だ。既に敵は矢での攻撃を諦めているのか、接近戦を挑もうと何人かが剣を片手にこちらに走り寄っているのが見える。
「おお、いるいる。数は全部で六人だな」
「わかるのか!?」
この暗闇の中、遠目で見えるだけの敵の数を断言したフラガに対して、剛士が驚きの声を上げる。
「わかるとも。気配察知は俺の得意とするところだからな。俺が普段どうやって周囲の状況を探っていると思ってんだ? この程度の人数差、俺が力を貸せば問題ないって」
「本当かよ……」
自信満々に答えるフラガと違い剛士は不安を隠せない。既にファングとナディアは敵と接触したようで、剣と剣のぶつかり合う音や怒声が少し離れた剛士の位置まで聞こえてくる。リーフは接近戦を演じるつもりがないのか、時折自前の弓を引き絞って素早く放つのを繰り返していた。この状況で剛士だけ逃げるという選択肢は無いため、一刻も早く戦いに参加するべきなのだが、彼はいまいち踏ん切りがつかなかった。そんな彼に対して、イラついたようにフラガが怒鳴る。
「何をやってんだ!? 仲間が戦ってるんだぞ!?」
「わ、わかってるけど、怖いだろ!」
「言ってる場合か! そんなに怖いなら俺に意識を委ねろ! そうすりゃ素人のお前でも一人前の戦士として操ってやる!」
「なんだかよくわからんが、戦えるようになるってんなら好きにしてくれ!」
「おう、任された!」
フラガに怒鳴られ、訳がわからないまま同意した剛士の体が急に金縛りに遭ったように硬直した。いや、それは正確では無い。剛士の意思としては指一本動かしていないはずなのに、体が勝手に動き始めているのだ。
(な、なんだこれ!? 気持ち悪!)
まるで金縛りにでもあったような感覚に恐怖する剛士の意思を無視し、彼の体はフラガを片手に猛然と戦いの中へと突っ込んでいく。
「「剛士!?」」
驚くファング達には答えず、剛士は手近に居る敵に対して斬りかかった。その動きはとても素人とは思えぬほど鋭く、流れるような攻撃は一流の戦士のものだ。ファングとナディアで持ちこたえていた戦いは剛士の奇襲によって大きく天秤が傾き、襲撃者達を一人、また一人と倒していく。
そんな中、戦い続ける剛士の体にも異変が起きていた。
「ふぃっふぃ! ふぃっふぃ! ふぃっふぃ!」
運動不足の体を突然無理矢理動かしたため、剛士が過呼吸を起こしていたのだ。このままでは敵の刃にかかる前に自滅してしまう。そう判断したフラガは一時的に体のコントロールを控え、敵への攻勢を弱めるしか無かった。
「ああもう! あと一息ってところでこのオッサンは!」
しかしフラガにも意地がある。インテリジェンス・ソードとは、持ち主に力を与え、勝利に導くことこそを己の使命と思う者達だ。このまま敵をみすみす見逃しては自分の名折れになる。もう一撃くらい食らわせなければ――そう決意して、彼は一際体に大きい襲撃者の頭に鋭い斬撃を放った。
「うお!?」
しかし紙一重で躱されてしまい、フラガの刀身は襲撃者の被っていた覆面を剥ぎ取っただけに終わった。顔を露わにした男は咄嗟に顔を隠したものの、その特徴的な頭皮までは隠せない。彼の頭は見事なまでにハゲ上がり、夜空に浮かぶ星の光を反射していた。
「ちっ! 引くぞ!」
これ以上の戦闘は無理と判断したのだろう。リーダー格であるハゲ頭の号令で、襲撃者達が撤退していく。しかし剛士達にも追撃する余裕は無い。人数差を必死で持ちこたえていたファングとナディアの二人は少なからず負傷しているし、リーフも精神力と体力が限界なのか、肩で息をしている。剛士に至っては言わずもがなだ。
後に残されたのは体の一部を切り裂かれ、倒れたままうめき声を上げる何人かの襲撃者の姿だけだった。
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