第475話16-29失うモノ

 16-29失うモノ



 「エルハイミ!」



 シェルが部屋のカーテンを開いている。

 あたしはベッドの上でぼぉ~っと虚空を見ている。


 「エルハイミ、いいから着替えなさい! ほら、脱いで!」


 まるでお人形遊びのようにシェルはあたしの服を脱がせ着替えをさせる。


 シェルは最初のうちは胸を触ったりいけない事しようとしたりとしていたけどあたしが全く無反応だったのでそのうち何もしなくなった。



 「はい、終わり。ほら、朝ごはん食べに行こ」


 シェルはそう言ってあたしに靴を履かせ引っ張って部屋を出る。



 なんとなくあたしは部屋を見る。



 ここはティナの町。

 あたしとティアナの愛の巣の部屋だった場所。



 ティアナ‥‥‥



 「ちょっと、エルハイミ‥‥‥」


 あたしは視界がゆがみ自分で歩くことが出来なくなっていた。




 あれから三か月。

 現在ホリゾン帝国とガレント王国は戦争をしている。



 ここティナの町は最前線を支援する為に重要な拠点となっているが、冬に入ってしまい戦争の後方支援もままならないでいた。



 戦争は泥沼化していると聞く。



 でもそんな事はあたしにとってどうでも良い事だ。



 

 ティアナはもういない‥‥‥




 どんなに探しても。


 どんなに呼んでも。


 どんなに泣いても。






 あたしの愛したティアナはもういない‥‥‥







 「全く、とにかく食堂に行こう、今日はイオマたちも来るって言ってたから」


 シェルはあたしの頬を流れる涙をハンカチで奇麗に拭い去りあたしの手を取って歩き出した。

 

 

 * * *



 「お姉さま‥‥‥」


 「エルハイミちゃん、気持ちはわかりますがちゃんと食べなければいけませんよ?」


 「あぶぅ~、ままぁ~」


 あたしは出されたシチューのスプーンを差し込んだまま動かず止まっている。

 ずっと食欲が無い。


 「ほら、エルハイミ冷める! 食べなさい!」


 「‥‥‥うん」


 シェルに言われあたしはゆっくりとスプーンを口に運ぶ。

 味なんて分からない。



 「はぁ、お姉さまじゃないみたい」


 イオマは困り顔であたしを見ている。

 あたしは機械人形のようにシチューを口に運んでいる。


 「ほらほら、エルハイミ、こぼれてる」


 シェルがあたしの口の周りを拭いてくれる。


 

 ぼた

 ぼた‥‥‥


 いったん止まったスプーンからシチューがこぼれる。




 「エルハイミちゃん、戦線は膠着状態です。ガレント軍は冬の戦闘に慣れていません。海を渡っての侵攻はかなり厳しいものとなっています。ましてや今の時期は‥‥‥」


 この戦争、早く収束させたいのは誰だって同じだろう。


 でも英雄たちも師匠も他のみんなもあの後帰ってしまった。

 誰一人戦争には協力するつもりはない。


 「狂気の巨人」という人類にとっての脅威は倒せた。

 だから人類が滅びると言う事は無くなった。



 戦争は人同士の行うモノ。



 だからみんなも加担する事無く帰って行った。




 ―― エルハイミ、今はそのままでいいでしょう。しかし決めなさい。まずは決める、そしてやり通す、それこそが何かを成す時の唯一のやり方なのですから ――



 師匠は最後にそう言って帰って行った。



 しかし何を決めろと?



 ティアナは転生をするだろう。

 

 だけどそれはあたしが愛したティアナじゃない。


 他の誰かという器を持ったティアナ‥‥‥

 それに記憶だってちゃんとあるかどうか‥‥‥


 もしその転生したティアナを見つけ出して記憶が戻っていなかったら‥‥‥



 あたしはそれを考えるとどうしようもない絶望感に押しつぶされそうになる。




 ティアナ‥‥‥




 それほどまでにあたしの中にいたティアナは大きい。



 あたしは食事をやめ立ち上がる。


 「‥‥‥ごちそう様」


 そしてふらふらと食堂を出て行く。


 「エルハイミ!」


 シェルが慌ててあたしの後を追う。

 気にしてくれるのはうれしいけど、ごめん。


 今は一人にさせて欲しい‥‥‥



 * * *



 「お母様、お戻りになられましたか」


 部屋に戻るとコクとセキがいた。

 そしてクロエさんとクロさん、ショーゴさんもいる。


 なんだろう?



 「お母様、赤お母様の生まれ変わりを探しに行かないのですか?」


 びくっ!


 ズバリ言われあたしはビクつく。


 今は一番聞かれたくない言葉だった。



 「‥‥‥コク」



 「私にはお母様が何を悩んでいるのか分かりません。赤お母様は転生できるのでしょう? ならばいち早く保護した方が良いのでは?」


 「そうだよねぇ~、お母さんってさ意外とおっちょこちょいの所あるじゃん? 早く記憶を呼び戻してあげないとずっと転生した事思い出さないかもね~」


 セキはあっけらかんという。



 「‥‥‥呼び戻す?」



 「我ら竜族は転生をした場合記憶を戻すまでただの下等な竜となってしまいます。本能だけに支配された獣に。しかし何かのきっかけで急激にその記憶を呼び戻します。それは血の味であったり生前愛でていた財宝であったり」


 クロさんはそう言ってあたしを見る。


 「シェルから聞きました。お母様は赤お母様の記憶が戻らない事を危惧しているのですね?」


 「だったら大丈夫じゃん! エルハイミ母さんが目の前に現れればすぐに記憶を呼び戻すよ! 大好きな人が目の前に現れれば魂だって震えるモノ!!」



 魂が震える‥‥‥?


 魂が‥‥‥



  

  ―― まずは決める、そしてやり通す、それこそが何かを成す時の唯一のやり方なのですから ――




 ふいに師匠の言葉が蘇る。


 そうだ、ティアナは居なくなったんじゃない、あたしとまた会うためにこの世に戻ってくるんだ!


 あたしの瞳に力が戻り始める。

 


 「‥‥‥そうですわね、探さなければいけませんわね」



 「エルハイミ?」


 あたしの言葉にシェルが覗き込んでくる。

 そしてシェルの顔にも今まで沈んだ雰囲気が一気に無くなる。


 「ありがとうですわコク。そうですわね、ティアナを探さなければ、記憶を早く戻させなければですわね!」


 

 失ったティアナを取り戻す。

 そう、あたしがしなきゃいけない一番大事な事。




 あたしはもう一度食堂のみんなのもとへ向かうのだった。  

 


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