第359話13-16傷跡
13-16傷跡
「で、どうなのよ? 女神の秘密の御業の使い心地は?」
ライム様、その話はちょっとマテ!
既にみんなでろんでろんだけどライム様はほろ酔い状態で上機嫌。
ゾナーとエスティマ様は先ほど酔いつぶれて床にぶっ倒れている。
そして今度はティアナが捕まってライム様に絡まれているのだが。
「ど、どうと言われましても‥‥‥」
「なによ、今更とぼけなくてもいいのよ? もう何人も食べちゃったのでしょ? ああ、でもあれ安心して、妊娠はさせられないから、あくまで女神たちがいろいろ楽しむだけものだから♪」
「ティアナ様、それに関しては本当に残念です。せっかく正妻のエルハイミさんを出し抜けるチャンスだったのに」
「セレ、それは仕方ないわ。あなただって不本意な人にされるよりはティアナ様にされる方が良かったでしょう?」
セレとミアムの話をにやにやしながら聞いているライム様、でもそれ以上言っちゃダメぇっ!!
あたしがアワアワしているとライム様はこっちに視線を向ける。
「なに? エルハイミも食べられちゃったんでしょ? どうだった? よかったでしょう? だってあれは‥‥‥」
「わーわーわーっですわぁっ! ラ、ライム様それ以上はだめですわっ! 大いなる力にいろいろと注意勧告されてしまいますわっ!!」
あたしは必死になって両手をバタバタ振りながらライム様の言葉を遮る。
「何なのですかぁ~? ひっく、お姉さまぁ~?」
「なによぉ~? またぁ~ティアナとだけ秘密ぅ~? エルハイミとあたしの秘密もばらしちゃうわよぉ~、ヒック」
うわっ!
酔っ払いが寄ってきたぁ!
「な、なんでもありませんわぁ! ほらこれ、おつまみの追加ですわぁっ!!」
あたしは二人にあたしが取っておいた魚の燻製を渡し話題をそらさせる。
「あ~ジルの燻製だぁ~これ美味しいのよねぇ~、ヒック」
「え~? シェルぁさん、私にもくださぁ~い、ひっく」
ケタケタと何がおかしいのかあの二人はつまみをもってあっちに行った
そんな様子をライム様はくぴくぴとお酒を飲みながら見ている。
「なによ、他の人に知られるのは嫌なの? それともエルハイミが本当はティアナをかわいがりたかったの? だったら御業を、呪いをあなたに移せば使えるじゃない?」
「えっですわ?」
「は?」
ライム様のその一言にあたしとティアナは反応した。
「ど、どう言う事ですの、ライム様!?」
「だってあれは楽しむだけの御業だから、されたい時は相手に移せば自分も楽しめちゃうじゃない?」
そう言ってまたまたくぴくぴとお酒を飲む。
あたしとティアナはすかさずライム様にお酌をする。
「どうぞ一杯、ライム様!」
「どんどん行きましょうですわ、ライム様!!」
「うふふふふっ、いいわねぇ~、じゃんじゃん持ってきなさい!」
こうして上機嫌のライム様はあたしたちのお酌で心行くまでお酒を楽しんだのだった。
* * * * *
「うー、いくら【状態回復魔法】を使っても体の疲れまでは完全に抜けませんわぁ~」
「仕方ないわよ、でもやっとライム様から重要な話も聞けたし。ね、エルハイミ‥‥‥」
「ティアナぁ‥‥‥」
『はいはい、ごめんなさいね! 朝から盛ってんじゃないわよ! そう言う事は二人だけの時に楽しみなさい! ほら、とっとと準備して今日は色々な所を回るんでしょう? もうすぐお昼よ?』
シコちゃんに言われてあたしたちはカーテンの外を見る。
既にお日様は頭上に上り切っているし、砦の人たちも通常勤務で動き回っている。
砦の新造部、お城のようになっているここだけが酒臭い匂いをいまだにまき散らしながら大宴会の傷跡を残している。
あー、流石にみんなまだ動けないみたい。
シェルやイオマだけでなくコクまで唸っている。
あたしは仕方なく【状態回復魔法】をみんなにかけてやってお水を用意する。
「うー、助かったぁ~ エルハイミ、ありがとう」
「お姉さま、途中から記憶が無いですよぉ~ のど乾いたぁ~」
「ううっ、私とした事が何たる失態。女神の分身如きに後れを取るとは‥‥‥」
三人ともあたしからお水を受け取りながら飲む。
そして他の人を見ると、エスティマ様とゾナーの姿が無い。
「あら? エスティマ様とゾナーの姿が見えませんわね?」
「あの二人なら夜中に起き出して逃げだして行ったぞ主よ」
ショーゴさんが後片付けを始めていた。
あたしも転がった酒瓶を拾いながらその数多さに改めて驚く。
よくもこれだけの量一晩で飲んだものだ‥‥‥
「ううっ、ティアナ様ぁ~頭が痛いです~」
「セレ静かにして、頭に響くわ‥‥‥」
なんかあの二人もこたえている様だ。
あたしはため息をつきながらこの二人にも【状態回復魔法】をかけてやる。
「エ、エルハイミさんどう言うつもりです? こんな、頼んでもいないのに!」
「セレ気を付けて、こうやって懐柔するつもりよ! 私たちが気を許したときにきっと後ろから‥‥‥」
「何を言ってますの! これで楽になったでしょ? ティアナに助けを呼ばなくても良いですわね?」
あたしがそう言うと二人は「あっ」とか言ってあたしを睨む。
「やはりあたしたちを遠ざけるのが目的だったか!?」
「敵に塩を送るふりしてなんて計算高い!」
いや、たんにうっとおしいだけなんだけど。
あたしはギャーギャー騒ぐ二人と無視してティアナに話す。
「ティアナ、そろそろ支度して行きましょうですわ」
「そうね‥‥‥ んんっ、そうですね、エルハイミそろそろ行きましょうか」
あたしは【浄化魔法】をあたしたちにかけて奇麗にしてから身なりを整えティアナと執務室に行くのだった。
* * *
「来たか、主よ。」
ゾナーが部下に指示を出しながらエスティマ様に資料を渡していた。
しかしエスティマ様は資料をもらうと同時にあたしたちに気付いた。
「エルハイミ殿‥‥‥ こうなっては仕方ない。私も素直にあなたの幸せを願いますよ。ティアナ、ちゃんと責任とってエルハイミ殿を幸せにしろよな!」
「言われるまでもありません。ところで兄さまティナの町の状況はどうなのですか?」
あたしたちが一番心配だったことをティアナは真っ先に聞く。
しかしエスティマ様は仏頂面で書類にサインをしながらゾナーに手を振る。
「エスティマ様は新しい契約とその他申請書類の確認で忙しい。俺から簡単に状況を言わせてもらう。まずは経済的にはこの二年で十二分にこの町は豊かになった。戦後半年もたたないで復興が出来たのも主のおかげだ。主のおかげでホリゾンは聖騎士団をほとんど失った。そしてここティナの町に、ガレントに進行するほどの力も失った。少なくともまた十年は力を溜めなけれいかないだろう」
ゾナーはそう言ってあたしたちに資料を渡して来る。
あたしはそれを見て驚いた。
農業、酪農、果実畑、養殖、養蚕、シルク生産、シルク下着の販売、染物、鉱産物、製鐵等あたしたちが手掛けて来た時の数十倍にまで伸びていた。
「今やこのティナの町はガレント北では最大の経済区となり、コルニャをも超えた。戦後すぐにはホリゾンも攻め込んでくる事は無いだろうから人もどんどん集まっている。近隣の村の人口もどんどん増えている」
次いで渡された資料には住民登録やその安全性にまつわる状況、交易ルートの状況まで書かれていた。
「ゾナー、よくやってくれました。私たちの不在の間、よくこのティナの町を守ってくれました」
「主よ、ここは俺にとっても第二の故郷だ、礼には及ばんさ。それに今一番苦労されてるのはエスティマ様だ。ティナの町一番の売れ筋シルクの下着は全てコルニャ経由で無ければ市場に出回らん。アテンザ様の笑う姿が思い浮かぶよ」
アテンザ様が夜会経由で貴婦人に触れ回ってくれたおかげでシルクの下着は当時からかなりの評判だった。
そう言えばアテンザ様は遠の昔に出産していたはず。
子供はどうなっただろう?
ぼんやりとそんな事を考えるあたし。
‥‥‥子供。
いいなぁ。
あたしも欲しい。
アンナさんも子供できたし、やっぱり女の幸せの一つよね?
「エルハイミさん! ティアナ殿下!! 良かった、無事戻ってこれたんですね!?」
あたしが物思いに更けていると元気そうなあの野太い声が聞こえてきた。
「ルブクさん!」
そう、ここではよくお世話になったマシンドール工房の責任者、ルブクさんその人だった。
「殿下、お体はもう大丈夫なんですかい? エルハイミさんは変わんねえなぁ、あの時のままだな!」
ルブクさんは嬉しそうに笑う。
「ルブク、久しぶりです。変わりはありませんか?」
「殿下、おかげさまでみんな元気にやってますよ。ところで工房に持ってきたあのでかいマシンドールはもしかしてアイミですかい? 整備しようとするとやたらと耳の所をぴこぴこするんでさ」
そう言えばアイミはアンナさんの修復のお陰で今は大型マシンドールになっていたのでティナの町に来てすぐに工房に預けたのだった。
「ルブクさん、間違いなくアイミですわ。ただ、いまは他の子もアイミと一体のボディーに入っているらしいのですわ」
それを聞いたルブクさんは驚く。
「そいつはすげえ、双備型なんて目じゃないじゃねーか。魔結晶タイプの融合魔結晶石がアイミ以外に四個も入ってるのか! グランドアイミなんかよりすごそうだな!?」
流石に技術屋、こう言う事には真っ先に興味を持つ。
「マニュアルはアンナから来ています。アイミの整備はお願いしますよ」
「殿下、任しといてくださいよ! こいつは腕が鳴る!!」
そう言ってルブクさんはこの執務室を出て行ってしまった。
「ゾナー、城壁の司令塔はどうなりましたか?」
「主よ‥‥‥ 今は修復できている。案内しようか?」
するとティアナは静かに首を横にふってからゾナーを見る。
「私たちだけで行きます、エルハイミ一緒に来てください」
そう言ってティアナはこの部屋を出ようとする。
あたしは慌ててティアナの後について行く。
* * *
そこは地面からゆうに二十メートルはある城壁の上に作られた司令塔だった。
先の戦争、後に「巨人戦争」と呼ばれた大戦はあたしたちが見下ろす荒野で行われていた。
本来は雑木林や雑草が生い茂り、少し向こうに行けば森があったはずだ。
しかし今は何もない荒野になっていてずっと向こうに半壊したホリゾンの砦が有る。
高い場所にいるので時折強い風が吹いてくる。
あたしはその風に乱れた自分の金髪を手で押さえながらその傷跡を見る。
「これがあの戦争をした場所ですの‥‥‥」
未だに焦げ付いた甲冑や剣がちらほらと見える。
そしてあたしがあの異空間に飛ばされ、ティアナが一度命を失った場所。
ティアナはあたしの横に来て左の腕を差し出す。
「エルハイミがあの異空間に閉じ込められ消え去った後あたしは何とかしてエルハイミを助け出したかった。だからこの『願いの腕輪』を使おうとした。でも腕輪は反応しなかったわ。あたしがそれに慌てていた時に残った聖騎士団が目に入ったの。その後はあたしも何が起こったかよく覚えてないわ‥‥‥」
そう言ってその腕輪をなでる。
「次にあたしが気付いたときにはティナの町のベッドの上だった。みんなの話ではあたしは一度死んだらしいけど『身代わりの首飾り』のおかげで復活できたんだって‥‥‥」
ティアナは一つ一つ思い出すかのようにゆっくりと話す。
「あたしは今でもジュメルが憎い。一刻でもあたしからエルハイミを奪ったジュメルが憎い。だから連合の将軍職に立候補した。全てのジュメルを滅ぼすために。」
ティアナの表情はジュメルに対する憎しみで歪んでいた。
「ティアナ‥‥‥」
「その憎っくきジュメルが今度はあたしの大切なエルハイミを襲うかもしれない。『女神の杖』を狙って」
そうつぶやくように言うティアナ。
ティアナはふとこちらに向き直ってあたしの両上腕を押さえ真剣なまなざしであたしの顔を見るのだった。
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