第336話12-24徒歩の旅

 12-24徒歩の旅



 あたしたちは「迷いの森」に向かってひたすら歩いていた。



 「そろそろ野営した方が良いわね。次の村まではまだ半日ってところよ?」


 シェルがそう言って街道の脇でよさそうな場所を探し始める。

 この辺は既に湿原ではなく平原なので地面もしっかりしているし所々岩や林もある。

 未開拓地が多く南方独特のやや湿度が多めな気候が歩行速度を緩めさせる。



 「うう、やっと休憩でいやがりますか? 何で人間はこんなちんたらした移動が平気なんでいやがります?」



 この中で歩行での移動はクロエさんが一番応えている様だ。


 

 「仕方ないわよ、クロエも少しはあたしたちの苦労を知るべきよ。竜の姿になってひとっ飛びなんてずるいもの!」



 シェルにそう言われいつもなら言い返しているクロエさんだが今日は疲れが先に来ている様だ。

 何も言わずその場にヘロヘロと座り込む。



 「クロエはそのパンプスを変えるべきではないか? こうして地面を歩くには不向きであろう?」


 クロさんに言われてあたしも初めて気づいた。

 よくよく見ればクロエさんの靴は低いがヒール付きのパンプスになっていた?


 「しかしクロ様、これは黒龍様が与えてくださった衣服と靴です。恐れ多くて勝手に変える訳には行きませぬ!」


 「これはいけませんでしたね、クロエごめんなさい。その衣服にはその靴が似合うと思っていました。ローファーに変えましょう」


 そう言ってコクはクロエさんの足に触れると履いていたヒール付きパンプスがローファーに変わった。

 よく中学や高校で使うような革靴っぽい感じのやつになったのだ。


 「今まで気にしていませんでしたがやっぱりあの靴じゃ歩きにくいですよね、お姉さま?」


 「いやいや、あたしはてっきりクロエが単に歩くのが苦手だったと思っていたわよ」


 イオマやシェルの靴は皮のブーツになっている。

 特にイオマなんかは冒険者やっていたから疲れにくいブーツだ。

 あたしは何だかんだ言って最初からローファーの様な靴だったので特には問題無かったけどクロエさんはヒール付きだったんだっけ‥‥‥



 よくあれであんな蹴りが出来るわね!?



 あたしはクロエさんのメイド服のスカートを見ながらあの蹴りを思い出していた。



 「お・ね・え・さ・ま! まさかクロエさんに手を出すつもりじゃないでしょうね?」


 「何!? エルハイミあたしに手は出さないのにクロエには手を出すつもりなの!?」


 「主様ぁ~ 最近私の出番も少ないです。かまってください」



 ただクロエさんのスカートと靴を見ていただけなのに三人があたしに詰め寄って来る。

 しかし今回はクロエさんもこちらにやって来た。


 「主様、もしかしてお尻をやってくれるでいやがりますか!?」



 何その期待したキラキラした目はっ!?



 「もう、みんな野営の準備をしなさいですわ!」


 あたしの叫びがこだまするのだった。



 * * * * *



 「はい、出来ましたわ。みんなに配ってですわ、イオマ」


 「は~い、お姉さま!」



 夕食の準備をして出来上がった料理をみんなに配ってもらう。

 定番のシチューとパンにチーズ、乾燥肉もつけていた。



 ぱちぱちと焚火の周りでみんなして夕食を取る。

 徒歩二日目なのでまだまだ先は長い。



 「ふう、今度は『迷いの森』かぁ~ エルハイミ、お願いちゃんと覚えているわよね?」



 食事が終わって食器をイオマと片付けているとシェルがやってきてあたしたちに話しかけてくる。

 お願いとはあの事だ。

 しかしあたしはその事を思い出すと思わずシェルの唇を見てしまう。



 ごくり



 思わず唾を飲み込んでしまった。

 

 あの時触れたシェルの唇の感触は忘れられない。

 友人と思っていたシェルに告白されて唇を奪われた。


 あたしにはティアナがいる。

 でもシェルはずっと待っていてくれると言っていた、あたしとシェルには十分に時間があるからと。


 しかし時の定めに縛られないと言われても、まだあたしにはそれが実感できない。

 シェルは既に二百歳を超えたらしいが見た目はあたしたちと変わらない十五、六歳くらいのまま。

 ともすれば最近はイオマの方がお姉さんぽくなっている。


 

 「お姉さま、お願いって何ですか?」


 「ええと、それはですわね‥‥‥」



 あたしが言い淀んでいるとシェルがきっぱりと答えた。


 「あたしとエルハイミが夫婦であることをエルフの村のお父さんとお母さんに話すって事よ!」



 ざわっ!



 それを聞いたイオマとコクがすぐにあたしの下に詰めよって来る。

 

 「お姉さま! それは一体どう言う事ですか!? お姉さまにはティアナさんがいるって言ってあたしは妹あつかいなのに!?」


 「主様、私を差し置いてエルフ風情といつの間に契りをかわしたのですか!? 確かに今のこの身は主様の好みでは無いでしょうが、元の姿に戻れればきっと主様を満足させて見せます!」



 こらこらシェル!

 何てこと言い出すのよ!

 ちゃんと説明しないから大きな誤解が発生したじゃないの!!



 「ふ、二人とも、落ち着いてですわ! これには事情が有って夫婦のふりをするだけですわ! ふりですわ!!」


 「ふり、ですか?」


 「主様、何故その様な事を?」


 「あーあ、言っちゃった。そのままの方が面白かったのに。でも、エルハイミがその気有ればそのまま夫婦になっても良いのに~」


 シェルがまたまた余計な事を言う。

 とたんにイオマとコクが詰め寄ってくる。


 「シェルっ!!」


 この後しばらく説明するのにも苦労をした。



 * * * 



 「つまりお姉さまはシェルさんの『時の指輪』をしているのですね? それでシェルさんがまたエルフの村から出るにはお芝居をしなくてはいけないと?」


 やっと落ち着かせ理由を話し終わった。

 シェルは既に他人事のようにしている。


 「確かに前に一度聞きましたが、道理でお姉さまは年を取らないわけだ」


 そう言ってイオマはあたしの前に立つ。


 「あたし、とうとうお姉さまより背が高くなってしまいましたもんね。 今まではお姉さまの方が背が高かったのに‥‥‥」


 「でもエルハイミは成人したくらいだからこの後もう少し成長するんじゃない? 成長速度はかなり遅くなるけど」


 シェルはそう言ってやはりあたしの前に立つ。

 

 「うーん、ここ数年ほとんど変わらずか。でもまだ身長が伸びるかもしれないわね、ただその成長速度はあたしたちエルフと同じなるけどね」


 「私にとっては願ったり叶ったりですね。主様とこれからも末永く一緒にいられます」

 

 そう言ってコクはあたしに抱き着いてくる。

 

 そうか、この中でイオマだけが普通の人間の時を生きているのだった。

 ショーゴさんも本来はそうだろうけどここ数年見た目は全然変わっていない。


 「いいなぁ、みんなお姉さまとずっと一緒にいられて‥‥‥」



 ずきっ!



 イオマのその言葉にあたしは胸の痛みを感じた。

 

 数年前はまだ普通の人間と同じ速度で成長していたから気にはならななかったけど、ここ最近はイオマを見るたびにそれは実感していた。



 でも今までは考えないようにしていた。

 


 「ま、今はそんなこと考えても仕方ないか。お姉さま、今晩は一緒に寝ましょうよ! 他のみんなは十分に時間が有るのだからこのくらいのわがままいいですよね?」


 シェルとコクが何か文句言っているけどあたしは何となくその申し出を受け入れた。


 

 「やったー! お姉さまが久々にやさしい!」



 大喜びするイオマ。

 あたしは【錬金魔法】を使って簡単なシェルターを作る。

 そして部屋の中にいくつかのベッドも作り今日は珍しくイオマと一緒に横になる。



 「えへっ、お姉さまが優しい。うれしいなぁ」


 「イオマ‥‥‥」



 一緒に毛布にくるまっているけどイオマはあたしの腕に抱き着いている。

 あたしはそんなイオマを見る。


 「イオマ、私は‥‥‥」


 「お姉さま、何も言わないで。今はこのままで‥‥‥」


 そう言てイオマは瞳を閉じあたしの腕にしがみつく。

 あたしはそんなイオマの髪の毛をやさしくなでる。


 するとイオマはだんだんとしがみついた腕の力を抜いて来た。


 「お姉さま、あたしはお姉さまが好き。だから今はこのままで‥‥‥ おやすみなさい、お姉さま」


 そう言って静かに寝息を立て始める。


 あたしはそんなイオマの寝顔を見ながら優しくおでこにキスをする。


 「お休み、イオマ‥‥‥」




 そしてあたしも瞳を閉じ眠りにつくのであった。

  


 

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