第216話8-18そして雪が降る

 8-18そして雪が降る



 木枯らし吹き寒さが身に凍みるようになってきた。



 収穫祭も終わり冬支度がどんどん始まっていた。

 ホリゾンはあの後全くこちらにちょっかいを出してこない。

 あまりにも静かなホリゾンにあたしたちは警戒をしていた。



 「ジュメルのヨハネス神父が現れてからもう半年か。不気味なくらい静かだが偵察部隊の話では向こうの砦も出来上がってきたらしい。冬の前に攻め込んでくるか雪解け後に来るかだな。」



 ゾナーはそう言って司令塔からホリゾン軍の動きを望遠鏡で見ている。

 ホリゾンはゾナーの言った通り沈黙をしたままだ。


 ホリゾンの砦の方を見ると木々の間から突き出た塔が見える。

 向こうも物見やぐらとして塔を建てたようだ。 


 「偵察部隊の話だとまだ大部隊が到着した様子は無いみたいじゃない?そうすると冬を越したあたりがやばいのかしら?」


 「いや、主よ、キメラ部隊やジュメルの魔怪人やブラックマシンドールとか言うのが控えていると考えれば少数精鋭で襲撃してくる可能性だってある。冬前でも用心に越した事は無いだろう。」


 ゾナーはそう言ってティアナに望遠鏡を渡す。

 ティアナはそれを覗き込み唸る。


 「確かに、あれはキメラか魔怪人ぽいわね、こちらを見ているわ!」


 どうやらあちらも物見やぐらからこちらを監視しているようだ。

 今はまだ決め手がないのだろう、双方とも力を蓄える事に集中している。



 しかし春先かぁ。

 せっかく一年で一番いい季節なのに、もし戦争するとなると気が重くなってくる。



 あたしはため息をつく。

 そしてその息が白くなってきているのに気付く。

 本当に寒くなってきた。


 空を見上げれば今にも降りそうな灰色の雲が重くのしかかっていた。

 これはもうじき降りそうだ。


 また冬が来たのだ。



 * * * * *



 「寒いよぉシェルぅ~!!」

 

 「ちゃんと前に作った服着た?肌着も新しいの作ってあげたんだからちゃんと着なさいよ?」


 シェルが寒がりなマリアの面倒を見ている。

 あたしは越冬用の貯蓄などの確認をしていた。

 昨年とは比べ物にならないくらいに今年は充実していた。


 「ガレント側からの支援物資が無いとしても今年はだいぶ余裕が出来ましたわ。それにたとえ寒くても酪農で乳製品も手に入りますし新たに作った倉庫で野菜も長期保存できますわ。ほんと今年は昨年と比べ物になりませんわ!」


 あたしはにこやかにそう言う。



 「防衛の方も重々だ。各砦まで連絡用の天蓋付き通路のおかげで雪の中を移動せずに普通に行き来できる。エルハイミ殿のおかげだな!」


 東と西にあるティナの防衛砦。

 雪が無い時はいいのだけど大雪でまた五メートル級の積雪があった場合はとてもじゃないけどそうそう簡単に動けなくなる。

 そこで夏場に例のロックゴーレムを大量に作って呼び寄せ人が行き来できるくらいの天蓋付きの通路を作った。

 これは冬に積雪があってもトンネルのようになる仕組みで雪による移動の制限をなくしたのだ。

 おかげで砦付近に出来た村もティナの町と容易に行き来できる。

 

 「ライフラインの確保も出来たし、後は監視を怠らなければ後れを取る事は無いな。」


 ゾナーは簡易魔装具の剣とまたまたあたしが開発しておいた「防御の腕輪」の様子を確認してた。



 「防御の腕輪」とは簡易魔装具と同じで一回限り身体の周りに防御壁を発生できるお守りだ。

 簡易版なので【絶対防壁】のように魔法も物理攻撃もなんでも跳ね返せるほどの能力は無いものの【防壁】魔法なので通常の魔法や通常の物理攻撃ならよほどの物でもない限り受け止められる。

 

 魔法に対してはあたしやティアナの様に【炎の矢】を一度に百本以上ぶつけられる魔法使いでもない限り何とかなる。

 またショーゴさんの戦闘形態での飛び蹴りや溜め鉄拳でもない限り物理攻撃も耐えられる。


 

 「本当はアンナが開発した魔装具をまわしてもらいたいのだけど、連合軍に回すので手いっぱいらしいしね。でも無いよりましだし使い勝手はこちらも悪くないはずよ?」


 ティアナはそう言って腕輪を触っている。

 

 「それに関しては感謝だ、エルハイミ殿。これで戦場で生き延びられる兵が増える。」


 ゾナーはそう言ってあたしに頭を下げる。

 あたしは慌ててゾナーに頭を上げてもらう。


 「やめてくださいですわ。私たちの目的は一つ、ここを死守してホリゾンの、ジュメルの進行を止める事ですわ!そして力を蓄えジュメルの殲滅にいずれ来る連合軍を待ちましょうですわ!」   


 あたしはそう言って人差し指を立てる。


 実際こちらから打って出るにはまだまだ力不足だし、既にホリゾン軍の聖騎士団にはジュメルが加担していることは報告済みだ。

 ヨハネス神父が現れた事が決め手となり、その辺は王城から各国に風のメッセンジャーで連絡が行っているはずだ。


 今は連合軍が南方のスィーフでリザードマンたちといわくつきのジュリ教と争っている。

 予想通り魔怪人や融合怪人が現れたとの報告もあり、攻防を繰り広げているらしい。

 ただ、慣れない湿地帯の為に連合軍は苦戦をしているとの話も聞くが、アンナさんが参戦したと言う事だから状況は変わってくるだろう。


 あたしはそんな事を思いながらぺらぺらと残りの資料に目を通している。

 最近はティナの町の運営をあたしが任されている感じでいろいろと忙しくなってきている。


 今日もこれから町の冒険者ギルドや貿易ギルドと打ち合わせだ。

 

 戦時中でもやらなければならないことは山ほどある。

 特にティナの町の特産物がコルニャ経由で大々的に広まり始め需要も増えている。

 力をためるためにはこう言った縁の下の力持ち的な所も重要だ。


 「そろそろ時間なので私は町の方に行ってきますわ。ティアナは王城との定期連絡の時間でしたわね?」


 「そうね、町の方は任せていいかしら?」


 「勿論ですわ、そうそう最近町の中で人気のあるスイーツも買って帰りますわ!あとで一緒に食べましょうですわ!!」


 最近町中でミルクティーに何やら茶色い小さな粒の餅のような物が入った飲み物、食べ物?が流行りらしい。

 寒くなってきたし、温かいらしいそれは持ち帰りもできると聞いているので買ってこようと思っている。


 「それは楽しみね、じゃ、気を付けてね。」


 「はいですわ。」


 あたしはそう言って町に向かうのであった。



 * * * * *


 貿易ギルドで用事を済ませ、今度は冒険者ギルドに冬の貯蓄用の燻製肉の為、肉の確保の依頼をしに行く。


 「あたしやジルだけじゃ流石に間に合わないもんね、でも牧場の方はどうなっているの?」


 「流石にまだまだ時間がかかりますわ。豚も牛も大きくなるまでには時間がかかりますわ。」


 シェルに言われあたしは牧場の状況を思い出す。

 定番の豚や牛の飼育は順調だが最近は羊の飼育も始めた。

 特に寒い地域ではその毛も重要な資源になる。

 ウールのセーターはあったかいもんね。


 「そう言えば主よ、西の鉱山で鉄がとれたらしいな?」


 ショーゴさんに言われあたしはそちらも思い出していた。

 ロックゴーレムを作った時にたまたま発見された鉄鉱石、しかし残念なことにこのティナの町には製鉄の技術が無い。

 その辺も冒険者ギルドに相談してみるかな?

 もしドワーフの冒険者でもいれば製鉄技術とかを教えてもらえる事が出来るかもしれない。


 「武具の作成に関しても鉄は重要ですわ、それも冒険者ギルドで相談してみましょうですわ。」


 あたしはそう言いながら冒険者ギルドに入っていく。



 * * *



 用事を済ませ応接間からホールに戻る。

 既に依頼を受けた冒険者たちは仕事に出かけホールに残った冒険者たちはまばらだった。


 「おや、エルハイミさんじゃやないですか?」


 声のした方を見ると「風の剣」のメンバーの面々、あたしに声をかけてくれたのはリーダーのライさんだった。


 「ごきげんようですわ、ライさん、皆さん。今日はお仕事お休みですの?」


 「西の鉱山のロックスパイダ―の討伐が終わったばかりですよ、これから報告ですがね。」


 そう言えばみんなちょっと汚れて疲れているようだ。

 あたしは笑いながら【浄化】の魔法をみんなにかける。

 

 「ああ、助かります。もう二日もお風呂入れなかったから!!」

 

 マーガレットさんが喜んでいる。

 女性で二日もお風呂入れないのはきついよね?


 「いえいえですわ、お仕事お疲れ様ですわ。」


 上機嫌なマーガレットさんたち女性陣。

 そんな彼女らを見ていてあたしはとあることを思い出し聞いてみる。


 「そう言えばライさん、お知り合いにドワーフの方とかいらっしゃいませんかですわ?もしくは製鉄技術に詳しい方とか?」 

  

 ライさんはしばらく考えていたようだが「悪い、いないな」と言ってあたし詫びる。

 

 「いえいえ、知っていたら紹介してもらおうとしただけですわ、ありがとうございますですわ。」


 するとライさんはせっかくだからこの後飯でもどうかと誘ってきてくれる。

 ロックスパイダ―討伐で懐が温かいからとか言ってくれるけど、あたしにはこの後ティアナと話題のスイーツが待っている。

 丁重にお断りして次の機会にまた誘ってくださいですわとかサービスピンク背景にきらきらフォーカス、お花もおまけで付けて笑顔で言ったら顔を赤くして是非にとか言ってくれる。


 あたしは挨拶してこの場を離れる。


 

 * * *



 「エルハイミも八方美人過ぎない?ライたちにあんなにサービスして。」


 「これもコミ二ケーションの一環ですわ、皆さんにちゃんとご挨拶は重要ですわよ?あ、見えてきましたわ。あのお店らしいですわ!」


 シェルの呆れ顔をよそにあたしはお目当てのお店を見つける。

 話によるとここのお菓子もおいしいらしい。

 店には行列が出来ていて例の餅入りミルクティーを皆買っているようだ。

 夏場は冷やしたものもあるらしい。

 今は温かいやつが欲しいけどね。


 あたしは行列に並ぶ。

 前には数人のお客さんが待っている。


 しばし並ぶこと十数分、いよいよあたしたちの番になった。

 あたしはみんなの分とお茶請けのビスケットも買う。

 ホクホク顔でお持ち帰りの袋をショーゴさんに持ってもらってお金を払い、お店の外に出た時だった。



 「おや、エルハイミさんではないですか?エルハイミさんもここのミルクティーをご所望だったのですか?これは美味しいですよねぇ?」



 その声にあたしは思わず目を疑った!!

 見ればそこには神父姿の長身のイケメンが立っていた!!?



 「ヨハネス神父!!?」



 「お久しぶりですね、エルハイミさん、シェルさん。おや?そちらの方は隊長ではないですか?ご無沙汰しております。」



 ミルクティーをストローですいながらヨハネス神父は立っていた。



 「ふむ、いつ食べてもこれは美味しい、私は甘党なんですよ。」


 普通に世間話をしている。

 対峙しているあたしやシェルはヨハネス神父を睨んでいる。

 ショーゴさんは荷物をそっと置き服を脱ぎ始めていた。


 「ヨハネス神父、あんたなんでこんなところにいるのよ!?」


 「そうですわ、ここの検問はかなり厳重のはず、そう簡単には入って来れないはずなのにですわ!?」


 あたしやシェルのその問いにヨハネス神父は涼しい顔で言う。


 「そこは企業秘密ですよ。しかしこのティナの町は素晴らしい。こんな短期間でどんどん発展するしいろいろな産業も立ち上がっている。そしてこんな美味しいミルクティーが飲めるほどだ。ますますこの町が欲しくなりましたよ。」


 にこやかにそう言うヨハネス神父。

 あたしは頬に一筋の汗を流しながらこう軽口をたたく。


 「残念ですがせっかく作った町をあなたにお売りすることは出来ませんわ!あなたこそジュメルをやめてまっとうなジュリ教に戻って静かになさればよろしいのではありませんの?ジュメルの『十二使徒』でもあるまいし、お忙しい身分では無いのでしょうですわ?」


 そう言うとヨハネス神父は苦笑する。


 「よくご存じで、しかし残念ながら私もその『十二使徒』の一人なので見たほど楽では無いし意外と忙しい身なのですよ?」


 そう言ってまたミルクティーを飲む。



 「十二使徒」の一人!!



 やはりそうだったのか!?

 あたしやシェルに緊張が走る。




 「では、『十二使徒』も今日から『十一使徒』ですわ!!ショーゴさん!シェル!!」


 そう言ってあたしたちはいっせいに動き出す!


 直接魔法が効かなくても間接魔法なら効くはず!

 あたしは大地を隆起させ【地槍魔法】アーススパイクを発動させる。

 それはヨハネス神父を取り囲むように大地の槍を突き立てる!!


 しかしすべての槍は見えない壁で受け止められてしまう!?



 「【爆炎拳】起動!!」



 あたしのコマンド魔法にショーゴさんの左腕が反応する!

 左の拳の爪が伸び、下腕の排気ダクトが開きブーストされた圧縮魔力が炎となって吹き出す!!

 

 既にヨハネス神父の後ろに戦闘形態に変身してショーゴさんは飛び込んでいる!

 この間合いなら外す事は無い!!


 

 「うぉぉぉおおおおおっ!【爆炎拳】!!」


 

 魔法の発動である力ある言葉と共にショーゴさんは手のひらをヨハネス神父にぶつける!  

 だがその手のひらはやはり見えない壁に邪魔され届かない!?



 「このぉっ!!」



 シェルの矢が今度は地面ギリギリからいきなり浮き上がりヨハネス神父の心臓をとらえる!?

 が、やはり刺さる寸前で見えない壁に塞き止められる!!?




 「まあまあ、皆さん落ち付いてくださいよ、今日は私はこのミルクティーを飲みに来たのです。皆さんと事を構えるつもりはありませんよ?」


 そう言ってじゅるじゅるとミルクティーを飲み終える。


 「おや、無くなってしまいましたか?美味しかったですね。さて、それでは私はおいとましましょうか?おや?雪が降ってきたようですね??そうそう、エルハイミさん春になるまでホリゾンは攻撃してきませんよ。しかし春になったら本国から面白いものが届きます。その時はこのティナの町をもらい受けますからね。」


 そう言ってヨハネス神父は左手を掲げる。

 そこにはあの【帰還魔法】の魔晶石があった。


 「この事はホリゾンの人たちには内緒ですよ?でないと情報を漏らしたと言って私が怒られてしまう。それでは春にまた会いましょう。」


 「あっ!マテですわ!!」


 とっさにあたしは電撃魔法を放つが前と同じでその雷はかき消され、一瞬光ってヨハネス神父の姿はかき消えてしまった。



 あたしたちはヨハネス神父が立っていた場所を睨んでいる。

 よくもぬけぬけと!!


 また取り逃がしてしまった。

 歯ぎしりするあたし。


 そんなあたしたちに空から静かに白い雪が降ってくる。


 「春か・・・・」


 シェルの言葉にあたしは空を見る。




 雪はこれから訪れる冬の始まりを告げるだけだったのだ。


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