208-あたしの名を言ってみろ
「なんだこれ」
俺の手に握られていたのは、小さな虹色の宝石が付いたネックレスだった。
やたらバカみたいに高速で追いかけてくる金色の魔物から逃げ切れなかったため、ヤケクソで毒ビンをぶつけたら運良く討伐に成功しドロップし――
「えっ……?」
今のは何だ?
どうして俺は魔物に追いかけられた?
いや、そもそもそんな記憶は無い。
「エレナ……?」
無意識で誰かの名前を呟いた。
エレナって誰だ?
その疑問に酷く違和感を覚える。
誰だ……じゃねえ!
そんなの、決まっている!!
――そんなの最初っから答えは決まってるんだ。
――俺はずっと、エレナと一緒に居るからさ。これから一生、ずっとだ。
「はぁ……」
ベッドに座り溜め息を吐いた俺は、思わず頭を抱える。
まさか、絶対に忘れてはいけない大切な言葉を忘れていたなんて……。
「そりゃサツキもぶち切れるわ」
ベッドから飛び降りた俺は側に置いてあったボロかばんを手に取ると、階段を二段飛ばしで駆け下りて炊事場へと飛び出した。
さっきまで脱力していたはずの息子が猛スピードで突っ込んでくるもんだから、母さんもびっくり仰天である。
「カナタくん!?」
「ごめん。やっぱ俺もちょっと行ってくる」
「!」
俺の言葉を聞いた母さんは驚きに目を見開きつつも、いつも以上に優しい笑顔で頷いた。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、ありがとう!」
特に理由も聞かず即答で送り出してくれて、とてもありがたい。
俺は玄関を飛び出すと、村の南東に位置する乗り合い馬車の集合場へと向かった。
……だが。
「え、馬車かい? さっき親父さんとサツキちゃんが乗っちまったので最後だよ。聖王都の一件で全て出払っちまったし、パレードが終わるまで戻ってこないんじゃないかねえ」
「あー……」
父さん曰く聖王都で行われる調印のため、警備の人手が全く足りないそうだ。
しかも、こんな田舎村から人をかき集めるほどとなれば、近隣の集落へ行ったところで状況は変わらないだろう。
「走って行くしかねえか」
と、村を出てから諦め半分で南の方角へと走り出そうとしたその時――
『へいへーい、そこのお兄ちゃん止まるっすよー』
『るっくあっと……み~』
「!?」
唐突に呼び止められて声の主へと目を向けると、そこにいたのはなんと妖精ハルルとフルルであった!
「なんでお前らがここに居るんだよ!!」
『おっ、ちゃんと思い出せたっすね』
『えらいえらい……いい子』
何故か上から目線なふたりに、なんとも脱力してしまう。
けれど、フルルの姿を見て俺ははっと気づいた。
「……空間転移できるか?」
『余裕……っち』
フルルは無表情ながら満足げな様子で両手を広げて、魔法を唱えた。
『フライア』
発動と同時に光の門が現れ、虹色の光を放つ。
そしてフルルは俺の方をまっすぐ見つめながら口を開いた。
『目的地は……どこ?』
「…………」
確証はない。
けれど、いま俺の行くべき場所はただ一つ。
「
『がってん……しょうちのすけ』
フルルが転移門に向かって何かを呟いた途端、扉が開かれた。
俺は門へと足を進めつつも、門前でくるりと振り返る。
「ところで、フルルに一つ聞きたいことがあるんだけど」
『?』
「お前はフルル
『僕は僕……他の何者でもない』
「そっか」
『でも……セクハラはよくない』
そう答えたフルルは、一瞬だけニヤリと見覚えのある表情で笑った。
……ははは、まったくコイツは。
「んじゃ、行ってくるわ」
『幸運を祈るっすよ!』
『ぐっどらっく……いってら』
そして俺は、光の中へと一歩を踏み出した――。
~~
<聖王都プラテナ 中央広場>
ここは聖王都プラテナ。
世界最大の都市だけあっていつも人でごった返しているのだが、今日はそれの比でないほど大勢の民衆で埋め尽くされていた。
同国の民だけでなく南西ジェダイト帝国の獣人族や魔族、さらにはドラゴンやエルフなど多種多様の種族の姿もあり、ほんの一年ほど前までは王族以外の多種族が立ち入ることすら出来なかったと考えると、奇跡のような光景である。
そんな街に、近隣の村からやって来たエルフの姉弟の姿があった。
『どうしたの?』
『う~ん……』
姉が心配そうに声をかけたものの、少年はしかめっ面で遠くを見つめている。
『だけど、私達が生きている間に戦争が終わっちゃうなんてビックリだよねえ』
『うん』
少年は相づちを打つものの、心ここにあらずといった様子。
彼自身もその理由はわからない。
ただ一つだけ言えることは、
まるで、心の中から大切なモノが抜け落ちてしまったかのよう。
今すぐに駆け出して行きたいけれど、どこへ行けばいいのかわからない。
『オイラ、何か絶対に忘れちゃダメなことを忘れてる気がするんだ』
『?』
弟の言葉に、姉はただ首を傾げるばかりだった。
しかし、彼の不安は単なる杞憂で終わることとなる。
なぜならば――
「みっ、つっ、けっ、たあああああああああーーーーーーーーッ!!!」
『!?!?』
ズドーンと激しい衝撃を受けたかと思った途端、彼は……ユピテルは石畳の上にひっくり返っていた。
何が起きたのかわからないまま襟首を掴まれた彼の目の前にいたのは、なんと自分と同じくらいの年齢の少女ではないか。
『なっ、なんなの!?』
「あたしの名を言ってみろッ!!」
『はいいい!?!?』
開口一番まるでどこぞの悪役のようなセリフをぶちかます少女の姿に、ユピテルは目を白黒させる。
けれど、その瞬間に彼は自分の心から抜け落ちていた何かが戻って来た気がして、不思議と笑ってしまった。
『あははっ』
「なに笑ってんのさ」
訝しげな顔で自分を睨んでくる少女の姿を見つめながら、彼は自分の襟首を掴んでいた右手を両手で握った。
『ごめんね、サツキちゃん』
「……!」
サツキは襟首を掴んでいた右手の力を抜くと、そのままユピテルを抱き締めた。
『わわっ?』
「…………百点満点あげる」
『えっと、うん。ありがとう?』
いつも激辛の採点ばかりするサツキの言う【満点】の意味を、彼はどうやら理解していないようだ。
その鈍感さを今後も一生かけて徹底的に叩き直してやると内心思いつつも、サツキはくるりと振り返って大都市の中央――プラテナ城を指差した。
「さあ、さっさと行くよっ!」
『行くってどこに……って、えっ、まさか!?』
「当然っ! 歴史的瞬間を間近に見ない理由は無いでしょ!!」
『え、えええええ~~~!!』
「あ、レネットさん、ユピテル借りるねっ!」
『へっ、へっ???』
怒濤の展開にまったくついて行けないレネットを置いてけぼりに、サツキはユピテルの右手を握って駆け出してゆく。
『だけど、どうやって調印式を間近に見ようってのさ? こんな状況じゃ、いくらなんでもお偉いさんしか入っちゃダメだろ』
「ふっ、甘いね。甘々だね」
『意味がわからないよ……』
サツキは自信満々な様子で、前方に向かってビシッと指差した。
そこにいたのは、聖職者の衣装をまとった妹コロンと、魔女の黒衣に身を包んだ姉シャロン、双子の姉妹であった。
姉妹の服装や豪華そうな大型の馬車へ乗り込もうとしている様子から、行き先は間違いなく式場であろう。
『まっ、まさか……!?』
「あのデカい馬車なら、あたし達が乗る余裕くらいあるっしょ!!」
『ええええ~~~~っ!』
こうして爆裂暴走娘はお供を引き連れ、双子姉妹の乗る馬車へと突撃するのであった。
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