206-すべてを救う者

「即死……って、マジか!!」


 危機感知スキルに記された言葉を見た瞬間に、全身が激しい悪寒に襲われた。

 空を見上げれば、地上からの一斉攻撃による爆発しか見えない。

 けれど……何かが動いているッ!!


「全員、今すぐ攻撃を止めて防御に備えろッ!!!」


「『っ!?』」


 どんなに大声で叫ぼうとも皆には届かなかったものの、アインツやコロンのほか、プリシア姫とハルルが防御スキルを詠唱し始めた途端に、他の聖職者達も一斉に追従してくれた。

 ところが、それでも【即死リスク 極大】の警告は消えない。


「くっ!!」


 俺は鞘からライトニンクダガーを抜き、刃が折れるギリギリまで魔力を込める。

 それを全力で空へと向けて投げると同時に神聖術を重ねた。


「ホーリーライト!」


 短剣は急加速し、グングンと空を切り裂いてゆく。

 その直後、はるか上空で凄まじい爆発音が響いた。


「当たった……?」


 ――――だが!



【重力制御】

 +10



「ッ!?」


 突然、頭を掴んで地面に叩きつけられたかのような衝撃を受け、前向きに突っ伏した。

 しかも自分だけでなく、これまで空に向けて攻撃していた者達のほか、竜騎士の使役するドラゴン達ですら一様であった。


「な、なんだこれ……」


『物理演算を……やられた』


 フルルはジタバタと地面を這いながら、恨めしそうに空を睨む。

 しばらく静寂が続いたのち、爆発の止んだ空の上には大砲のような形の巨人が……いない。

 代わりにそこにあったのは、黒よりもずっと漆黒くろい、闇よりもさらに暗い深淵やみの塊。

 それがいびつな球体となって、雷を撒き散らしながら空でうごめいていた。


「あれは……?」


『マナの結晶体……あれが落ちれば……世界が終わる』


「くそったれ!」


 皆が地面を這いつくばる中、ヤツがゆっくりと地上へ向けて降りてきた。

 ひと思いにやればいいものを、わざわざ時間をかけているのが元凶の意向だとすれば、まさにクソ野郎としか言いようがない。


「なあフルル、このままやられたら皆なかよく天国に行けるとか、そういうのは……?」


『そんな都合の良い仕組みは……無い』


「だよな」


 何故コイツがそんなことまで知っているのかはさておき、フルルのおかげで甘ったれた考えはキレイさっぱり消し飛んだ。


「くっ……この……!!」


 俺は奥歯が割れそうなくらい踏ん張りながら、バカみたいに重い身体を無理矢理に立たせるべく、四つん這いの状態から気合いで顔を上げた。

 俺の姿を見てカネミツが追従しようとするものの、残念ながら顔を上げたところで限界のようだ。


「すまない、後は頼む!」


「ああ!」


 まさか、カネミツにまで世界の命運を委ねられるとは。

 俺は心を奮い立たせて大地から両手を引き剥がすと、巨大な闇が迫り来る大空へと拳を突き上げる!


「……来やがれ、この野郎ッッ!!!」


 直後、俺の右手と巨人だったモノが衝突し、猛烈な魔力が周囲を渦巻いて空を埋め尽くした。


 ――ピシッ!


「っ!?」


 右手中指に装備していたイフリートの指輪が砕け、虹色の光を放ちながら宙へと融けて消えた。

 イフリートを無力化するほどの力をもった指輪が壊れたという事実が、このデカブツの威力を物語っている。


「ぐ……おぉ」


 全身を圧し潰そうとする重圧に加え、右手の拳が消し飛びそうな程の圧力に全身が悲鳴を上げ、もはや痛覚すら消えつつある。

 このまま力を抜けば、一瞬で楽になれるのではないか?

 そんな安い絶望に身を委ねそうになった瞬間、思わぬ方向から声が響いた。


『でえええええやああああああーーッ!!』


「アンタだけ……主役ヅラして……んじゃないわよ……ッ!!」


 どうにか声のする方へと目を向けると、そこでは魔王オーカが絶叫しながら立ち上がり、その両腕に支えられるようにして杖を構えるシャロンの姿が見えた。


『行け小娘ッ!!』


「アルティマ…………フレアーーーーッ!!!」


 シャロンが魔法を放つと、凄まじい爆発が……起きなかった。

 が、不発したかと思った矢先、拳に触れていた闇がぐにゃりと歪んだ。


「予想通り……ね」


 シャロンはそのまま意識を失い、くたりと倒れる。

 彼女に代わって、オーカが言葉を続けた。


『小娘の魔法はあまりにも強力すぎるゆえに、世界を構成する元素すら消費しておる。それで、この化け物の存在そのもの・・・・・・を削ぎ落としたのであろうよ』


 さらに歪んだ球体の隙間から、俺が投擲したライトニングダガーの柄が見えた。


「くっ!!」


 俺は右手を押し込んでそれを掴むと、全身全霊で刃先へと魔力を集中させる。


「シャロンがこんなに頑張ったってのに……。俺が中途半端にやるなんて、許されるわけ無えよな!」


 ただ一つの希望に心を委ねて、俺は拳を天へと向けて貫く。

 その未来が訪れるという確証はない。

 だけど……だけどな!!


「……エレナッ!!!」


 俺は最愛の精霊ひとの名を叫び――






『はい』






 耳元へ優しい声が聞こえた。

 ふわりと背中を抱き締められる感触が伝わり、俺の右手にそっと白く細い手が触れる。


『カナタさん』


「ああ」


『えーっと……ありがとうございますっ!』


「いや、それはこっちのセリフだって」


 こういう場面ならばもっと格好の良い会話だってできただろうに、なんとも締まらないふたりである。

 だけど……


「絶対に負けられねえよな!」


『はいっ!!』


 背中越しに大量の魔力が流れ込むのを感じながら、いま再び右手に全神経を集中させる。



 ――この右手は全てを奪うだろう。



 ――全ての悲しみ、苦しみ、運命すらも。



 ――そして、これから始まるんだ!



 ――この世界の新たな歴史が!!



「うおおおおおおおッ!!!」


 まるで翼を得たかのように空へと身体が向かい、ライトニングダガーを闇へと突き入れ、何かが砕ける音が聞こえた。

 目の前の黒い球体から光がこぼれ、さらさらと砂のように崩れてゆく。

 全身に重くのしかかっていた圧力が消失し、自らの姿が見えないほどの眩い輝きが世界を覆い尽くしてゆく……。



「俺達の…………勝ちだ」


『……ですっ!』




【ユニークスキル 全てを奪う者++】

 成功しました。


【習得リザルト】

 Test program No.13

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