186-静かな夜

【聖王歴129年 青の月17日 夜 同日・同時刻】


<聖王都 北の酒場>


「やあ、隣いいかな?」


「……ど、どうぞ」


 思わず身構えてしまった俺を見て、苦笑しながらカウンター席の右隣に座った男の名はカネミツ。

 いわゆる【聖王都の勇者様】というヤツである。


『デートの邪魔してごめんなさいね?』


『デッ!? いっ、いえいえいえっ、そんな立派なものでは……!』


 そして左隣ではエレナとユピテルの姉レネットがそんな挨拶を交わしていた。

 これは一体どうしたものか……と頭を悩ませていると、カネミツはマスターにエールを注文しつつ、マスターの後ろに並ぶお高い酒瓶を眺めながら口を開いた。


「今回の一件、プリシア姫から一通り聞かせてもらったよ」


「ぬああっ!?」


 開口一番でとんでもないカミングアウトをされてしまい、俺は思わず席から立ち上がった。

 声を上げた俺に他の客達の視線が集まり、なんとも気まずくなりながらも再び座る。


「…………一通りって、どの辺まで?」


「この世界に危機が迫っていることとか、君が初対面でいきなり喧嘩腰だった理由を察する程度には、かな」


「全部じゃねえか……」


 カウンター天板にゴツンと頭をぶつけてうなだれた俺を見て、カネミツは愉快げに笑う。

 だが、この状況で続けて投げやりな対応をできるほど、俺の神経は図太くはない。


「……まあ、アレは完全にこっちの逆恨みみたいなもんだし、ホントごめん。まったく、大人げなさすぎたよ」


「いいや、おかげでクニトキやシズハとも出逢えたしね。悪いことばかりじゃないさ」


 と、カネミツがそう答えたタイミングで、ふたつ左の席がガタッと動いた。


『ちょっとカネミツさん! どうしてそこで私の名前が出てこないんです!?』


「君は別の未来でも仲間だったらしいし、良いじゃないか」


『そういう問題じゃないですー!!』


 俺とエレナを挟んでそんな微笑ましいやり取りをする姿に、思わず笑みが浮かぶ。

 彼女が最愛の弟ユピテルの死を受け入れられず、常に苦悩していた姿を知っている俺としては、今の姿はとても嬉しく思う。


「だけど、この世界が一度未来を経てから過去に戻ったというのは、なかなか興味深い」


「ああ、そんなトコまで聞いたのか」


 プリシア姫、なかなかお喋りが過ぎるのでは?

 とはいえ、一年後には世界が滅びるかもしれないという時に、俺みたいな平民の秘密なんぞ、どうこう言ってる場合じゃないんだけどさ。


「だけど、これまでの出来事を踏まえると、なんとなく腑に落ちる気はするんだよね」


「腑に落ちるって???」


 俺が首を傾げながら問うと、カネミツは経緯を話し始めた。


「僕の予定ではエルフの森での騒ぎの後、本当は国王へ一連の出来事を報告してから、そのまま西方のフロスト王国へ向かおうと思ってたんだ」


「ああ、俺が一緒に旅してた時はそのルートだったな」


 俺のかつて見た世界では、カネミツ率いる勇者パーティは白の勇者……もとい、白の勇者の身代わりをしていた剣士ウラヌスが新国王となったのを見届けてから帰国。

 その後、ジェダイト帝国へ向かう途中の酒場で、酔っ払った俺が大ポカをやらかして投獄されることになったわけだけど……。


「だけど、どうしても行く気にならなかったんだよ。レネットが急いでエルフの村を出たいと願ったことも理由ではあるのだけど、まるで不思議な力に導かれるように、僕達は東へ向かうことになったのさ。もしかすると……」


 カネミツはそこまで言うと、俺がもう二度と口にしないと誓った【猛烈に強い酒】を呑んで溜め息をひとつ。


「今とは違う未来・・・・で君を追い出したことが、心のどこかで後ろめたかったのかもしれないかなって、今はそう思うんだ」


「いやいや、俺を追い出したのは今の・・お前じゃないし。そもそも、あっち・・・のカネミツだって女神にやれって言われたんだから、仕方ないじゃないか」


 思いのほか気に病んでいるカネミツの姿に、俺の方が困惑してしまう。

 覚えていないどころか、自分がやってもないことを後ろめたく感じるのはさすがに行き過ぎだ。


「だとしても、勇者として……いいや、僕自身がその運命に立ち向かう未来だって選べたはずなんだ。誰かに指図されたくらいで仲間を見捨てて逃げる道を選んだ僕を、自分で許したくはないよ」


「は~、勇者サマは生真面目だねえ」


「それだけが僕の取り柄だからさ」


 いやはや、なんとも謙虚なお言葉。

 ……だけどコイツはこういうヤツだったよ、ずっと前から。


「それに、聖王都の地下水道ダンジョンから闇の世界に行けたのも、未来の出来事が理由かもしれないしね」


「へ?」


 カネミツがよく分からないことを言い出した。


「今、なんて?」


「いや、僕達は城の地下水道に魔物が出ると討伐依頼を受けてね。それで、地下ダンジョンを探索してたら虹色に光る変な門を見つけたんだ。で、僕は警戒して様子を見てたところ、レネットがうっかり足を滑らせて門に向かって転んじゃってね……」


『わあああっ! それはナイショにしててくださいよー!!』


 カネミツはぎゃあぎゃあと騒ぐレネットを見て苦笑しつつ、話を続ける。


「そして門の先にあったのは、朽ち果てた教会の聖堂で、外に出たら真っ暗闇。しかも平原に出たら魔物だらけ。魔物だらけの街に君達が居たのを見た時は、さすがに驚いたよ」


「んんんんん~~~~~~???」


 俺の頭が未だ理解できないまま、エレナが『あっ!!』と声を上げた。


『これ、キャシーさんの能力で見た未来のアレですアレ! 女神フローライトが言ってたヤツです!!』


「えーっと……」


 アレだのヤツだの、あまりにもアバウト過ぎる表現を言ってくるエレナだったが、その瞬間、俺の脳裏にも記憶が蘇ってきた。

 それは、女神フローライトがカネミツに対し、俺をパーティから追放しろと要求したときの話……



・・


 女神は再び無言になると、南西の教会跡のある方へと目を向けた。


『教会跡へ転移ゲートをセットしました。そこに行けば、聖王都プラテナの地下水道へ一瞬で移動できますから、せめて最後の日が来る前に大切な人達に顔を見せておくのも――』


・・



「それが残ってるってことかっ!?」


『ですですっ!!』


 まさか、そんなところまで前のまま・・・・だなんて!

 …………って、あれれ???


「だったら、なんでカネミツはサイハテの街を出る時に言わなかったんだ? 一瞬で帰れるなら、先に言ってくれれば良かったのに」


 今回、サイハテの街を出てから聖王都に戻るまでに約二十日ほどの移動時間がかかった。

 ちなみにフルルの空間転移があれば一発で帰られたのだけど『ぽんぽん使うのは……良くない』と、使用を拒否。

 ……まあ、ハルルとフルルにとっては門外不出かつ最重要機密らしいし、サツキも無理強いはしたくないと言っていたので仕方ないだろう。


「野宿が三日を過ぎたあたりで本当は言おうか迷ってたのだけど、なんだか雰囲気的に言い出しづらくてさ……。いや、君達がどんなルートで来たのか興味があったというのも正直あるけどね」


「あー……」


 今でこそカネミツと普通に話しているものの、おそらく帰路での俺はカネミツに向かってバリバリに警戒心むき出しで接していたであろう。

 つまり、コイツが転移ゲートのことを言い出せなかった原因は……。


「やっぱり俺が原因じゃねーか……ホントごめん」


「ははは、なんだか今日の君は謝ってばかりだねえ」


 カネミツは何故か嬉しそうに笑いながらグラスを空けると、マスターに次のオーダーを入れてから改めてこちらへ向いてきた。


「改めて言おう。君が本来救えなかったはずの人々を救ったことは、紛れもない事実だよ」


「!」


「どうやら君、誰かを助けるために首を突っ込みたがる性分みたいだしね」


『カネミツさんは首を突っ込みすぎですよお……はぁ』


 色々と思い当たることがあるらしく、レネットがぐったりと肩を落とす。

 それを見てカネミツは少し困り顔をしつつも、再び口を開いた。


「君にはかつて、一緒に来ないかい? なんて偉そうに言ってしまったけど、もう一度お願いだ。世界を救うため、一緒に協力してくれるかい?」


 その言葉にハッとなる俺を見て、カネミツはくすくすと笑う。


「どうかな?」


 意思確認の言い回しまで二度目の・・・・初対面と同じ。

 ……まったくコイツは!


「そうだなー……」


 俺は迷ったふりをしながらエレナにちらりと目をやると、やれやれといった様子で苦笑している。

 ったく、しゃーねえなあ!


「はぁ、よろしく頼むよ勇者様」


「あはは、そうこなくっちゃね!」


 そして、少しだけ心が軽くなった俺は、小さなグラスに入った水割りをちびちびと呑みながら、楽しい夜を過ごしたのであった。

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