166-死の洞窟・最深部

<死の洞窟 第三層>


『ホーリーライト!!』


『ァァァ……』


 エレナの神聖術によってゴーストの群れは浄化され、暗い洞窟内は再び静寂に包まれた。


『これで全部ですかね』


「ああ、危機感知の反応は無いし大丈夫だと思う。ありがとうエレナ」


 俺が感謝の意思を伝えるとエレナは嬉しそうに微笑み……何故かシエルがニヤニヤと笑っている。


「いやはや。そちらの二人さん、ごっつぅお熱いなー!」


「なんだよそれ……」


 呆れながら呟く俺を見て、シエルはキョトンとした顔で首を傾げる。


「ん? デキてんちゃうの?」


「言い方あああッ!!」


 ド直球過ぎるシエルの言葉にはさすがに突っ込んでしまったものの、何故かサツキや双子妖精ハルルとフルルは、疲れた様子で首を横に振った。


「想いを伝えるだけでも一年以上かかったんだよね……」


『そこから先に進展するには、あと何年かかるんすかね』


『先にボクらの寿命が尽きそう』


「そこまで言う!?」


 と、第三層に入ってからは再び雰囲気が変わって、皆はワイワイと騒ぎながら進んでいた。

 ただしモンスターの襲撃頻度は第二層よりもずっと激しく、冒険者を狙うトラップも難解かつ一歩誤れば即死するほど極悪なものばかり。

 それにも関わらずシエルがおちゃらけているのは……決してふざけているのが理由では無さそうだ。


「ははは、オモろいなぁ!」


 そう言って笑いながらも若干震えている声には、笑顔で誤魔化しきれない恐怖の感情が滲み出ており、小さな足も少しだけ震えていた。

 これから向かう最深部はシエルの両親が亡くなった場所であり……俺の知る未来では、彼女自身もまた同じ場所で命を落としているのだから。

 サツキと同じくらいの背丈の幼い女の子が背負うには、その運命はあまりにも重すぎる……。

 だからこそ、俺は改めて確認することにした。


「俺の記憶が確かなら、この先が最深部だったと思うんだけど」


「あっちゃー、ずっと半信半疑やったのになぁ。これで、にーちゃんの日記はマジモン確定やん」


 苦笑するシエルに対し、俺は言葉を続ける。


「……今ならまだ引き返せるけど、本当にいいのか?」


 俺の問いに対しシエルは一瞬驚いた顔をすると、何故か俺ではなくエレナの方へ向いて口を開いた。


「うーん……ねーちゃん、ホンマにこの男でええんか? さっき、あんだけ格好ツケといてゴール前で折れるとか、相当なヘタレやん」


「えええっ?」


 シエルのド直球すぎる一撃に、思わず声を上げてしまう。

 が、エレナは苦笑混じりで首を横に振って答える。


『普段はこんな感じ・・・・・ですけど、ここぞと言うときはホント最高にカッコイイんですよ~』


「はー、そんなもんかい」


 なにげにエレナにまでややディスられてるのが気になるものの、シエルは改めて目の前にやってくると、俺の尻をビシビシと叩きながらこちらを見上げてきた。


「正直ウチも怖い思うとるけど。それ以上に、ここで逃げるんはもっとアカンやろ」


「!」


「プリシア姫……ちゃうくて、プリシアちゃんを連れて向こうに行かなアカン大事な用事があるんやろ? やったら、皆揃って・・・・向こう側に行かんとな」


「……ははは、参ったな」


 ついさっき俺の言った言葉がそのまま返されてしまい、まったくもって立つ瀬がない。

 けれど、ここまでハッキリと宣言されておいて、迷う理由だってない。


「わかった。皆で行こう!」


 俺が改めて運命へ立ち向かおうと決心し、シエルが満足げに笑ったその時――



【ユニークスキル 全てを奪う者】

アンロックに成功しました。スキル使用可能です。



「えっ!?」


 唐突に天啓の声が響き、右手が魔力に包まれた。

 この【全てを奪う者】は、かつてイフリートと戦った時に手にした力であり、暗黒竜ノワイルの封印をうっかり解いてしまった時以来の出現ではあるのだが……。


「どうしてこのタイミングで?」


 自らの右手を眺めながら呆然と呟くものの、天啓の主は何一つ応えてくれない。

 代わりにエレナが側に駆け寄り、俺の右手にそっと触れた。


『きっとこの奥で必要……ということなのでしょう』


「まったく、いつもいつも説明ナシでぶっ込んでくるし、ホント神様ってヤツは良い性格してるよなあ」


 思いきり皮肉の込もった苦言をぼやいた直後に少しだけ天啓が震えた気がしたけれど、俺は気にとめることなく洞窟の奥へと目をやると、荷物の入った大きな鞄を抱え上げて皆へ声をかける。


「そんじゃ、いっちょ頑張りますか」


 仲間達と共に最深部へと足を進め……ついに、巨大な化け物と対峙することとなった。

 鱗に覆われた巨体は魚や竜を思わせるフォルムではあるものの、具体的な種族名までは分からない。

 しかし、かつて俺が見た世界でライナス殿下は化け物の名をこう呼んでいた。



 ――バハムート、と。



「行くぜッ!!」


 俺は右手に魔力を込め……


『待ってくださいカナタさん!!』


「!?」


 いきなりエレナに背中から抱きしめられて、思わず右手の魔力を解いて宙に四散させてしまう。

 しかも、結構な勢いで背中に向けて突っ込まれたために、そのまま地面に向かってうつ伏せでドテンッと倒れてしまった。


「えっ、ちょっ、何! なんなのっ!?」


『ここの壁のオブジェクト名称に【魔力感知トラップ・即死】って書かれてます! たぶんシャロンさんがやられそうになっちゃったヤツですー!!』


「なんだって!?」


 そういえばフロスト国で【神々の塔】の最上階に閉じこめられた時も建造物の詳細を見破っていたし、エレナの目にそれが見えているとすれば間違いなく真実であろう。


『だから今スキル使っちゃダメですから! 絶対にッ!!!』


「あっ、うん。わかったから離してほしいかなー……」


 俺達が地面に倒れたまま騒ぐ様子に、正面に鎮座している化け物も目を点にしたまま硬直しているわけで……。

 そのことに気づいたエレナはハッとした顔で慌てて腕をほどくと、パタパタと慌てて飛び上がった!


『ひゃあ! ごめんなさーいっ! うげふっ!?』


 が、勢い余って後方へとひっくり返り、地面で後頭部をぶつけたエレナは『うおおお……』と悶絶する始末。


『なんなの……この騒ぎ』


 そんなわけで、皆が思ったセリフをまさかのバハムートに代弁されてしまったのであった……。

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