164-死の洞窟 第一層
【聖王歴129年 白の月9日】
<死の洞窟 第一層>
ついに今日から死の洞窟の探索が始まった!
いや、始まったのは良いのだけど……。
「ここのトラップ、実は二重になってん。こう、行き止まりで何回か足踏みするだけで……」
シエルがドンドンと足で床を強く踏みつけると、少し離れた場所で金属音が聞こえてきた。
「これで安心やでっ」
「……丁寧な説明ありがとう」
俺は若干笑顔を引きつらせながらも、的確に解除されたトラップを眺めていた。
入り口の立て札に書かれていた脅し文句が、俺の脳裏を虚しく過る。
<死の洞窟>
ここに足を踏み入れた者の多くは命を落とすであろう。
覚悟無き者は立ち去るがよい。
とはいえ、実際のところシエルの案内が無ければ、こんなトラップを気づきようがないわけで。
勇者パーティの一員だった時も彼女の誘導で洞窟内を進んでいたけれど、よくよく考えれば、当時だって危機感知スキルが最深部以外でピクリとも反応していなかったのは、的確にトラップを回避してくれていたからなのだろう。
「だけどこの子、素だとビックリするくらい良く喋るんだねー。おにーちゃんの日記だと超クール系っぽいのに」
普段ぎゃあぎゃあと騒がしくしているサツキから「良く喋る」と言われるのは、俺としては半ば悪口のようにも聞こえてしまうけれど、コイツの素性をよく知らないシエルは特に不満げもなくウンウンと頷く。
「ほほう、クール系ときたか~。ウチ、そっちの路線も似合うかもわからんなっ。私……嘘なんて、言わない……とかなー! うひゃあ、サブイボ出るわ~っ!」
なんだかなあ……。
超高難度ダンジョンを遠足気分でサクサクと進む様に、過去の自分の記憶とのギャップが激しすぎて頭がクラクラしてくる。
ところが、それまで前の方で騒がしくしていたはずのシエルが、急に静かになり表情も暗くなった。
「どうした?」
「……」
あまりに唐突過ぎる変貌っぷりに皆が困惑していると、ダンジョンの向こうから鎧姿のガチムチ……もとい、冒険者と思われる集団が現れ、先頭に居た
「そこに居るのはシエルと王女サマ御一行様じゃねえか」
「お疲れ様」
さらりと挨拶を交わして立ち去ろうとするシエルに対し、相手のガイドは不機嫌そうに舌打ちすると、彼女の背中に向かって声をかける。
「お偉いさん相手におかしなマネすんじゃねえぞ。こっちが迷惑すんだからな」
「……」
やはり【嘘つきシエル】は同業からも煙たがられているらしく、男の言葉にはかなりトゲがあった。
シエルがこのダンジョンを最下層まで知り尽くしたうえで確実に生還できるルートを歩んでいると言っても、冒険者達の評判がすこぶる悪いのは事実。
つまり、男は遠回しにこう言っているのだ。
「安全な場所ばかり行かずに、冒険者が喜びそうなルートを選べ」
と。
シエルはシャロンと口論になった時と全く同じ、空虚に満ちた目で押し黙るばかり。
だが、サツキと同じくらいの子がおっさんに苦言を吐かれている姿を見るのは、非常にムカっ腹が立つ。
そろそろ俺がガツンと言ってやるかなッ!!
……と思ったその時、思わぬ人物が動いた。
「ほう。つまり、あなたはこう仰りたいのですね。我々王族の目は節穴で、ロクに案内も出来ないような小娘を雇うマヌケ共だ、と」
「なっ!?」
皆の視線が声の主へと集まる。
そこに居たのは言わずと知れた、我らがプリシア姫!
表情はいつも通りの穏やかな笑顔ではあるものの、言葉では形容しがたい無言の圧を感じる。
「こちらとしては事前に調査を実施し、彼女の能力を評価したうえでオファーしましたので。それを不服とおっしゃるのであれば、その理由をお聞かせ願えますでしょうか? 我が国に課題として持ち帰り、次回の参考とさせて頂ければと存じます」
「ふっ、ふふふふ不服だなんてそんな! 滅相もありませんっ!!」
さっきまでの威勢はどこへやら、男は冷や汗をダラダラと流しながら冒険者達を連れて立ち去ってしまった。
「まあ、これで多少は溜飲が下がったんじゃないですかね」
「ど、どうして……!?」
シエルは驚いた様子で問いかけるものの、当のプリシア姫は先ほどとは違い、年相応に無邪気な笑顔で応える。
「だって、ああいう捨てゼリフ吐くようなヤツとか、正直ムカつきません?」
「えっ!? あっ…………はい」
「
「えええっ!?」
あまりにも勇ましすぎる回答を受けて、シエルは目を見開いて驚愕!
いや、正直俺もビックリだけどさ。
確かに城を抜け出してドラゴンの森に遊びに行ってしまうようなヤンチャな方ではあったけれど、最初に会った頃よりもなんというか……とてもお強くなっちゃって。
『……ウチの国の総意じゃないからね』
さすがに先ほどの発言は問題だと思ったのか、聖竜のピートが脱力した様子で伝えるも、シエルは呆気にとられた様子でポカンとしている。
「その発想は無かった……です」
正直、俺も無かったです。
だけどシエルは拳をぐっと握ると、自分より幼いプリシア姫へ向けて力強く応えた。
「私……頑張ってみます!」
「うんうん。あ、それと今後は私に対しても普通の口調で話して良いですよ」
「???」
「昨日にちょっと強く言ったのは、あくまで場をわきまえずに私やサツキちゃんに無礼な発言をしたことを咎めただけですから。私自身も、堅苦しい言い方をされるのはあまり好きじゃないのです。これからはお友達に接するように、プリシアちゃんとお呼びくださいな」
「!」
唐突な提案に、シエルは再びビックリ仰天。
それでも、口の中で何度か言葉を転がしてから、シエルは意を決して呼びかけた。
「プリシア……ちゃん」
「はい、シエルちゃん」
「!!」
自らの名を大国の王女に親しみをもって呼ばれたシエルは、感動した様子で天を仰ぎながら「おおぉ……」と声を漏らす。
だが、これを見たピートは溜め息をひとつ。
『プリシアったら、サツキに触発されすぎ』
「えー、あたしのせいなのー?」
うん、どう考えてもお前のせいだよ……。
誰も口にしていないけれど、きっとシエル以外の全員が同じことを考えているだろうなあ。
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