144-かぽ~ん

【聖王歴128年 黒の月 5日 同日夜】


<ジェダイト領・灼熱の大地 ドワーフの街の宿屋> 


「――ってわけで、セツナの真意までは分からないけど、今月の十日に魔法を発動させる狙いで行動してるのは間違いない」


『魔王から相当急かされてる感じでしたね』


 エレナの言うとおり、セツナはずっと愚痴を吐きながらも必死に魔法陣を描き上げようとしていた。

 黒の月の月末が期日ということは、恐らく世界が闇に包まれている間にしか効果が得られないなどの理由があると推測されるけど、どちらにしてもこのまま放っておけば確実に前回と同じ状況になるだろう。


「また隙を見て魔法陣にラクガキしちゃえばよくない?」


『さすがに一回やられて懲りたみたいで……。しっかり結界を張ったうえで、魔法陣の横に寝袋を敷いて泊まり込みでやろうとしてるみたいです』


「ありゃー、あのおねーさん頑張るねー」


「ま、術を発動させるために結界を緩めたタイミングで破壊すれば良いとは思うけどな」


 セツナは『二日分を半日で終わらせた』とか言っていたので、恐らく今月の三日頃から作業を開始し、七日かけて仕上げる予定だったのだろう。

 徹夜で馬車馬のごとく働き通せば、理屈だけで言えば二日で完成させてしまう可能性だってあるわけだし、次に妨害するなら直前がベストだ。


「なるほどなー。……となると、あと四日間は様子見ってこと?」


「ああ。俺とエレナはちょくちょく様子を見に行こうとは思うけどな」


 これまでの話はあくまで仮説に過ぎず、ひょっとすると猛スピードで明日明後日のうちに仕上げてしまう可能性だってあるわけで。

 一瞬たりとも気が抜けない状況であることに違いはない。

 ところが、俺の返事を聞いたサツキは相変わらず斜め上の見解をぶちかましてきた。


「だったら、温泉イベントを前倒しでやれば良くない?」


「お前はいきなり何を言っているんだ」


「ぶーぶー!」


 どうやらサツキ的には「温泉でドキドキ展開♪」みたいなのを期待しているようだが、さすがに状況が状況なだけあって、エレナとユピテルも苦笑している。

 だけど不満げにぶうたれているサツキを見て、エレナが助け船を出してくれた。


『まあ、いきなり今日じゅうに魔法陣が完成するとは思えませんし、せっかくお風呂があるなら行ってみるのも良いかもですね。私も戦いに備えて魔力を補給出来そうです』


「なるほど、それなら行くのもアリかもなぁ」


 水の精霊の特性なのか、エレナは海上に行くと強力な魔法を撃ち放題になったりと、以前にも水の多い場所に滞在することで能力が向上していた。

 寒暖関係なく水気さえあれば良いみたいなので、温泉でもしっかりとその恩恵が得られるのだろう。


「じーーー」


 サツキが何故かこっちにやたら視線を向けてくる。

 というか、自分で「じーーー」って言ってるし。


「なんだ???」


「理由はどうであれ、あたしの期待どおりのドキドキ展開になることを、チョー期待してるからネ!!」


「……」


 とりあえずサツキにチョップしておいた。



◇◇



<ドワーフの街 天然温泉 入り口前>



「それじゃ、また後でなー」


『はーい、ごゆっくり~♪』


 なんだかんだで楽しみだったのか、スキップしながら嬉しそうに女湯へと向かうエレナを見送りつつ、俺達は温泉施設内へと足を進めた。

 ちなみに野郎共だけショボい掘っ建て小屋なのに対し、女性用の浴室は石造りの立派な建物だそうで、なんとも言えない男女格差を感じる。

 ……まあ、ドワーフのおっさん連中が仕事終わりに汗を流すのに、高級宿みたいな施設は要らないっちゃ要らないんだけどさ。


『ところでにーちゃん、温泉ってのは何か特別なモノなのかい?』


 ユピテルが湯気の上がる白濁した湯を眺めながら不思議そうに問いかけてきた。

 たしかに聖王都にも入浴施設はあるものの、焼き石に湯をぶっかけて放出した湯気を浴びて汗を出しつつ、水桶で汗を流して出るだけ……というシロモノ。

 こことは全くおもむきが違うので、ユピテルが疑問に思うのも当然だろう。


「んー、エレナの場合は魔力が回復したり元気になったりするみたいだけど、俺らの場合はどうだろなー」


 レネットのように魔法を使えるエルフ族であれば何らかの回復効果はあるだろうけど、俺とユピテルは魔法職ではないしなあ。

 と思いつつ掘っ立て小屋に近づいてみると、壁に詳細が書かれていた。



【効能】

 筋肉痛・関節痛・肩こり・腰痛・やけど・乾燥肌



「うーんこの」


『鍛冶職人さん達には、ありがたい……のかなあ?』


「……俺らにゃ関係ねーなぁ」


『だよねえ……』


 そんなわけで、俺とユピテルは大して気乗りしないまま男湯へと向かって行ったのであった。

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