126-とてもとても小さな光

『カナタさんっ!!!』


 エレナを護るため咄嗟に飛び出したカナタは、暗黒竜ノワイルの攻撃を弾き返した衝撃で大空へと投げ出されてしまった。

 助けようと手を伸ばすものの、彼の姿は一瞬で夜の闇へと消えてゆく……。


『カナタさんっ! カナタさんッッッ!!』


「わわっ、エレナさん危ないですっ!!」


 シディアとセシリィは、勢い余って飛び降りそうになっているエレナを必死に羽交い締めにするが、それでも構わないとばかりに彼女はただただ愛しい人の名を叫んだ。

 そんなエレナの姿にホロウも悲しげに目を伏せ――


『ゴアアアアッ!!!』


 ……そんな暇すら与えないとばかりに、再び暗黒竜ノワイルが襲いかかってきた!

 ホロウはそれを回避しながら即座にカナタを救うべく急降下を狙うも、その隙を突いてノワイルが何度も攻撃を仕掛けてくる。


『グフフゥ』


『くっ! あの陰湿男、こっちの行動まで織り込み済みってワケね』


 悔しそうに呟くホロウだったが、内心はそれ以上に自分の背中の上で嗚咽を漏らすエレナが気になって仕方ない。

 ここでノワイルの攻撃を逸らしてくれれば多少は隙が生まれる可能性はあるものの、この状況で冷静に戦えるわけがない。

 ……しかし!


『グオオオオオッッ!!』


『くっ!!』


 回避ばかりで全く戦おうとしないスノウに対し、しびれを切らしたノワイルが再び急接近し体当たりを仕掛けてきた!

 間一髪で回避に成功したものの、既に相手は次の手に入っている。

 ここから急旋回で体勢を立て直そうにも、勢いが強すぎて背中に乗っている皆が振り飛ばされてしまうだろう。


『この……やっろうっ!!』


 ホロウが自ら負傷する覚悟で翼を突き出し、皆をかばおうとしたその時……!



「ホーリーライトッ!!!」



 夜空に凛とした声が響き、ノワイルの一撃をはじき返した。

 大した威力ではなかったとはいえ、想定外のタイミングでいきなり反撃を受けたノワイルは再び距離を開けてこちらを威嚇してくる。

 そしてノワイルの目線の先に居たのは、ホワイトドラゴンの背に左手で掴まりながら右手を真っ直ぐに構えた女性――聖職者セシリィだった。


「ど、どうしてセシリィが攻撃スキルを!?」


 ヤズマト国では女性は戦場へ出ることが禁じられているゆえ、攻撃スキルを習得することは認められていない。

 魔法使いが火や水を扱うことは許されるものの、それはあくまで家事を目的とした場合だけである。

 だが、驚きの声を上げたシディアに対し、セシリィは少しだけ自慢げな顔で答えた。


「こっちに来てから習得したのです。村に住んでた頃は女子供が戦っちゃ駄目って言われてましたけど、こっちで生き抜くうえでそんな悠長なことは言ってられないのですよ。……っていうか、そもそも王族は例外オッケーなのに民衆は絶対ダメなんて、根本からしておかしいでしょう!!」


「えええ……」


 実は普段の姿からは想像もつかないほどに、セシリィの度胸は人一倍強かった。

 スノウと初めて遭遇した際も、泣きながら訴えかけた言葉は開口一番「私はどうなっても構いませんから、もう他の人達を食べないで」だった程。

 それからセシリィは、シディアへと苦言を吐いた勢いそのままにエレナの両肩を掴み、必死に説得を始めた。


「ここであなたが死んじゃったら、カナタさんだって絶対悲しむと思うんです! 絶対にあなたは生き延びなきゃダメです!!」


『……』


「エレナさんっ!!」


 しかし自らの名を呼びかけられても応えることなく、無言で夜空を見つめるばかり。

 それも仕方ない話だろう。

 エレナにとってカナタは自分の全て・・であり、生きる理由・・だった。


 カナタが十分に強い言っても、それはあくまで人間として。

 山頂よりもずっと高い空の上から落ちたのだから、たとえその先が巨大な泉であっても助かるはずがない。


『ここで暗黒竜を倒せても……地上に戻ったら……カナタさんが……』


 変わり果てた姿となった彼を前にして、自分が自分で居られるとは到底思えない。

 そんな苦しい世界で、ずっと生き続けるなんて……。

 そうなってしまうくらいなら、今ここで暗黒竜に討たれて――




            カッ……




『……?』


 今、遙か遠く……地上で何かが光った気がした。

 それはとてもとても小さな光。

 単なる見間違いだったかもしれない。

 それでもエレナは目を細め、その光源へ向けて意識を集中する……。

 ここまで遠いと、うまくいかないかもしれない。

 だけど、どうしてか不思議と心が高鳴る――!


『お願い……!』


 心の底から願う、純粋な祈り……。

 普段よりも何倍も時間をかけ、エレナの前にそれは現れた。



【簡易ステータス表示】

レベル:*

名前:カナタ

職業:*

内容:*

性別:*

属性:*

年齢:*


レベル:*

名前:イフリ――情報取得中にスキルが失敗しました。



 あまりにも遠すぎたためか、ところどころ情報が欠落しているうえスキルが中断してしまった。

 けれども、唯一まともに得られたその名を見て、エレナの目に涙が浮かぶ。


『カナタさん……』


 エレナは愛しさのあまり、彼の名を呼んだ。

 ――直後、地上で凄まじい爆発が起こり、大地を揺るがす巨大な火柱が打ち上がった。

 それから五秒ほど遅れてから轟音が空に響き、暗黒竜ノワイルは地上の爆炎を眺めたまま呆然。

 そしてエレナは察した……カナタは絶対に生きている!


『スノウさん、真っ直ぐに地上へ向かってください! ヤツの攻撃は全て私が対処しますから!!』


『お、おうっ! 任せたよ!!』


『今度はこちらから反撃ですよっ! 覚悟なさいっ!!』


 先程までの意気消沈した様子から一転、凜々しい表情で詠唱を始めたエレナを見て、シディアとセシリィは目を白黒させている。


「す、すごい……」


「これはあれですっ。愛の力ってやつですよっ」


「私もそんな人と出逢いたいなぁ……」


 地上へ向かって急降下してゆく竜の背に乗りながら、若い二人はそんな言葉を呟くのであった……。

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