124-夜空を駆ける竜

 窓から流れ星を眺めていた僕達四人は、眩く燃える空の様子にただただ唖然とするばかり。

 周辺の民家から外に飛び出した住民達も、遠くの空で強い光を放つそれを見て騒然としている。


『はぅぅ、私が無理なお願いをしたからなのぉぉ~~!?』


「さ、さすがに違うと思うよっ!?」


 目に大粒の涙を溜めて泣くレネットに対し、シズハは慌てた様子でなだめている。

 しかし、僕とクニトキは空をじっと見つめたまま、別の可能性を考えていた。


「シズハの言うとおりだよ。……そもそも前提から違うかもね」


「うむ。アレが流れ星ではない・・・・と考える方が自然でござろう」


 僕はクニトキの言葉に頷くと、ベッドサイドに置いていた剣を手に取り、再び窓の外へと目を向けた。

 それから間もなくして空の向こうで二度目の爆発が起こり、凄まじい閃光に思わず目を細める。


「あの爆発がこっちに向かって来ないとも限らない。そうなる前に、僕達でどうにかしなきゃね」


「うむ」


「賛成ですっ!」


『ひぅぅー』


 なんだか一人だけ返事がおかしかった気がするけれど、当人は涙目で震えながらも弓を握りしめているので、一応やる気はあるようだ。

 なんだかその姿を可愛らしいなと思って和みつつ、僕達四人は宿を飛び出して都の北の方へと向かって行ったのだった。



~~



【ほぼ同時刻】


<ヤズマト国北部 上空>



ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


 フェイントからの急旋回の直後、三度目の爆発が右後方に響いた。

 スノウの見事な飛行技術のおかげでどうにか回避できているものの、一発くらった時点でアウトという状況に変わりはない。


「うっわ!!」


 いきなり身体が浮き上がりそうな程の急降下をしたと思った直後、今度は頭上を大砲のような炎が貫いていった。


『みんなちゃんと掴まっててね! 振り落とされたらたぶん助からないから』


「ひええーーっ!」


 セシリィが涙目で悲鳴を上げる姿を見て、シディア王子は彼女を左腕でしっかりと抱き締めながら、必死にスノウの背中にしがみついている。

 その一方、俺とエレナは炎を放つ夜空の向こうを真っ直ぐに見据えながら、二人で反撃のタイミングをうかがっていた。


「エレナは見えてる?」


『はい、先ほどの炎の射線をたどって捕捉に成功しました。……ただ、なんだか距離を少しずつ詰めてきていますね。もしかすると、近接戦へ持ち込もうと狙っているのかもしれません』


「あんだけ連発して全く当たらないとなっちゃ、向こうもイラついてるだろうしな」


 ――さて。

 さっきまで北の山頂に居たはずの俺達が、どうして空中戦を繰り広げているのか?

 その理由は至って単純で、俺のスキル「全てを奪う者」がとんでもないモノを盗みやがったからである。

 それで何を盗んだのかというと……



 モンスター封印解除までの残り日数・・・・!!



 スキルを発動するや否や、天啓の末尾に書かれていた「二百四十七日」の文字が一瞬でゼロに。

 山頂は暗雲に包まれ、激しい地鳴りやら雷鳴が轟き……俺達の目の前にコイツが現れたのだ。

 唐突過ぎる展開に皆が仰天している最中にいきなり攻撃されたものだから、大慌てでスノウの背に乗り……今に至る。


「姿が見えてるってことは、アレの正体も分かった?」


『ですね。えーっと、あの黒いヤツの名前は――』


『暗黒竜ノワイル』


「『!』」


 エレナが言うよりも先に、スノウがその名を口にした。


『って言っても、単にアタシと同じくらいデカいって理由で人間が勝手にそう呼んでただけだから、見た感じ竜じゃなさそうだけどね』


 確かにドラゴンであれば主な攻撃はブレスのはずだけど、暗黒竜は両手を前に構えて魔法をぶっ放してきたし、翼と身体の大きさが似ているだけのベツモノ・・・・と考えた方が良いかもしれない。

 聖王都プラテナが森ドラゴンに対して偏見を持っていたのも、そういった勘違いが原因だったりして……。

 と、俺がそんなことを考えていることを察したのか、エレナは目を細めながら遠くの空をじっと睨んでウンウンと頷いた。


『種族的にはワイバーン亜種ですねアレ。少なくとも神の使いとか、そういう感じでは無いと思います』


『話が通じないとは思ってたけど、やっぱり同族じゃなかったか……。それにしても、百年前に倒したと思ってたんだけど、まさか生きてたなんてね』


「そっかー……って、危なっ!?」


 俺がしみじみと相づちを打ったのも束の間、向こうが容赦無く炎弾を連発してくるせいで、会話もままならない。


「つまりヤツは、スノウが海に流される原因になった元凶ってことだよな?」


『そうね』


 俺の位置からはスノウの表情は見えないけれど、暗黒竜との戦いの果てに大陸を追われ、故郷から遠く離れた雪山で暮らすことになった経緯を考えると、色々と思うこともあるだろう。


『ヤツには言語が通じないし意志の疎通も無理。とにかく暴れるわケンカ売ってくるわでホント最悪よ』


「完全にチンピラだな……」


 しかしモンスターが相手とあれば、これで遠慮する必要は無くなった。

 暗黒竜ノワイルには、魔物が還るべき混沌ばしょへとお帰り願うとしよう。


「山岳地帯を越えて平地まで戻れたら、そこで着陸してくれ。俺達でヤツを迎え撃つ」


『それじゃ一気に飛ばすから、振り落とされないでねっ』


 スノウはそう言うと、翼を力強く羽ばたかせ夜空を高速で駆け抜ける!

 ところが、平地が目前まで来たところで後方から凄まじい殺気を感じたかと思った直後、少し遅れて目の前へ天啓が出現した。



【危機感知】

 (緊急!)後方より即死系スキル発動リスクあり。



「エレナ、全力で防御を!!」


『はいっ!』


 エレナはスノウの背に立つと、後方へと両手を向けて構えた。

 後方がキラリと光り……


『ゴオオオオオ!!!』


『セイクリッド・ホーリーシールドッ!!!』


 夜空で強大な力同士がぶつかり合い、周囲に烈風が巻き起こる!

 暗黒竜の放った魔法が何だったのかは分からないものの、エレナの張った防壁が虹色の光を散らしながら崩壊してゆく様子から、それが常軌を逸した威力だったのは明らかだ。

 防壁のおかげで軌道を逸らし、これでうまく時間稼ぎが出来た。

 ……はずだった。


『え……?』


 気づいた時には防壁のすぐ目の前まで巨大な黒い影が迫り、腕を振り上げていた。

 さっきのアレが……ブラフ!?


『ウォオオオッッ!!!』


「クソったれ!!」


 俺は咄嗟にライトニングダガーを抜き、エレナの前に飛び出した。


「バイタルバイドッ!!」


 振り下ろされた巨大な拳へライトニングダガーを真っ直ぐに打ち込む!

 まるで岩の塊を殴りつけたような衝撃に全身が悲鳴を上げるものの、どうにか暗黒竜の一撃を弾き返し、目の前のヤツが驚きながら仰け反る姿が見えた。

 ……が、それと同時にふわりと浮遊感が全身を包み込む。


『カナタさんっ!!!』


 それから目に映ったのは、頭上で俺の名を叫びながら手を伸ばすエレナの姿。

 慌ててこちらも手を伸ばし、彼女の細く白い手に……届かない。


「あっ、やっべ……」


 そして大空へと投げ出された俺は、夜の闇へと消えていった。

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