110-救いのないセカイ8

~ 旅の記録 ~


【聖王歴128年 赤の月 30日】


 ヤズマト国に来て初めに思ったことは「田舎だなぁ」だ。

 のどかな田園風景、商店に響くオバチャン達の元気な声、伝説の剣……もとい木の枝を振り回しながら走るチビッコ達。

 ここ最近、兵隊に捕まって投獄されるだの街が火の海になるだのと精神的に疲れる出来事ばかりだったし、こういうのんびりとした雰囲気は本当にありがたい。

 それに、宿の雰囲気も実家に似てて落ち着くのも何だかホッとする。

 この世界がずっと平和でありますように。


【聖王歴128年 赤の月 31日】


 朝からヤズマト国の使者に呼び出され、束の間の平和はあっけなく終わりを告げた。

 俺達を呼び出したのは女王リティス、この国を治める国家元首である。

 女王曰く、ヤズマト国北部の雪山に生息するホワイトドラゴンの討伐を、俺達勇者パーティに依頼したいとのことだった。

 カネミツが「この国にも戦士が居るのでは?」と疑問を投げかけたものの、ホワイトドラゴンのうろこは鋼鉄よりも堅く、ヤズマト国で打てる剣では歯が立たないそうだ。

 一応は魔法職も居るらしいが、なんとその九割以上が女性。

 この国の決まりで戦場いくさばに女は立てぬ……ってなわけで、戦力として動員することは許されないらしい。

 国の決まりとは言え、なんだかなあ……。


【聖王歴128年 赤の月 32日】


 ホワイトドラゴン討伐に向けて準備をしていたところ、超イケメンな青年が現れて「是非とも協力させてください!」と志願してきた。

 彼の名はシディア、なんと女王リティスの実子である。

 少し癖っ毛の金髪、細身の身体、腰にレイピア……まるで美の化身とも言えるその姿は、俺が何度生まれ変わろうとも一生到達出来そうにないレベル。

 ホントこの世は不平等だ。


【聖王歴128年 赤の月 33日】


 北の雪山へ登り始めて一日目。

 少し前にフロスト王国で地獄の豪雪地帯を経験したおかげか、勇者一行は意外と皆平気のようだ。

 ただ、地元の人間であるはずのシディア王子は寒がりなのか、ずっと震えている。

 仕方ないので俺の毛布を貸してあげたところ、えらい喜んでいた。

 日が沈む頃、ちょうど良さそうな洞穴ほらあながあったので今日はここでビバークすることになった。


【聖王歴128年 赤の月 34日】


 登山二日目。

 さらに豪雪は激しくなり、視界は真っ白。

 シディア王子曰く「この一帯は天気が変わりやすく、雪が激しい時に無理に登ると遭難する恐れがあるから、天候が落ち着くまで動くべきじゃない」だそうで。

 結局ずっと雪は止まないまま日は暮れて、また一日同じ場所で滞在する羽目になってしまった。

 ちなみに、相変わらず寒がりなシディア王子はずっと俺の横にくっついたままである。

 これが女の子なら良いのになあ。


【聖王歴128年 赤の月 35日】


 登山三日目。

 不運にも辺りは猛吹雪で全く先に進めない。

 しかしそんな矢先、苛立ちが限界に達したシャロンがなんと、かつてのフロスト王国での北の山脈と同様に「フレアストーム」をぶっ放した!

 荒れ狂う炎は雪雲を吹き飛ばし天を貫き……なんと偶然にも山頂に居たホワイトドラゴンに直撃した。

 雪で染まる白い景色の向こうからいきなり攻撃されるなんて、全く想像していなかったのだろう。

 白い巨体が岩山を転がり落ちて、谷底へ墜落した後に川へ落ちて流されていくのが見えたが、あれはどう考えても助かるまい。

 そしてシャロンの一撃がトリガーとなったのか、はたまたホワイトドラゴンを倒したのがきっかけなのかは謎だが、雪に包まれた雪山に二日ぶりに陽の光が降り注いだ。


 だが今日はもう「赤の月末」である。

 このまま雪山で「黒の月」に入ると色々と大変なので、俺達一行は大急ぎで都へと走って帰ったのだった。

 

【聖王歴128年 黒の月 1日】


 てなわけで、陽の精霊が姿を隠し世界が暗闇に包まれる黒の月がやってきた。

 あと十日間我慢すれば外が明るくなるので、それまでは宿でまったり過ごすことになりそうだ。

 次に行くトコは……灼熱の大地という場所らしい。

 寒いのが終わったら今度は灼熱とか、ああいやだいやだ。


【聖王歴128年 黒の月 2日】


 何故かシャロンが不機嫌そうにしていたので、どうしたのか聞いてみたところ「この国は狂ってる」と呟いた。

 唐突過ぎる一言に驚いたのだが、シャロンが言うには「これまでホワイトドラゴンに対し、何人も生贄が捧げられてきた」という情報を耳にしたらしい。

 生贄として選ばれたのは身寄りの無い孤児ばかり。

 しかも今回、俺達が討伐に駆り出された理由は――生贄として都合の良い子・・・・・・が居なかったから。

 驚愕の事実を知った勇者は怒りに震え、レネットも亡き弟を思い出して辛そうにうつむくばかり。

 結局、これ以上の滞在をシャロンが拒んだため、俺達は暗闇の中を抜けて次の目的地へと向かうことに決めた。


【聖王歴128年 黒の月 3日】


 今日は真っ暗闇の平原でキャンプをしながら、小さなランタンの下でこの日記を書いている。

 そういえば今朝方に村を出る直前にシディア王子が追いかけてきたけれど、シャロンが凄い形相で睨むや否や、悲しそうな顔で引っ込んでいったのが少し心残りだ。

 彼は一体、俺達に何を伝えようとしていたのだろうか……?

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