075-コロンの信じる世界

 そして現在いまに至る――



【聖王都128年 黄の月18日】



<聖王都プラテナ 東の森>


「大司祭様、どうしてこのような事を……!」


 コロンが泣きそうな顔で訴えかけるものの、ツヴァイは再び表情を作り笑顔に戻して答えた。


『どうしてと言われても困ります。それは愚かな無神論者達が我々に対し、なぜ神に祈りを捧げるのかと理由を問うような愚問ですよ?』


「そ、そんな……!」


『そして救世主様は数刻ごとに一人また一人と生まれ、やがてこの世界の全てを飲み込んで浄化するでしょう』


 巨大な破壊神が他にも現れて世界を飲み込む!?

 ツヴァイの言葉にコロンは愕然とし、他の信者達も恐怖に震えた。


『ヴォオオオオオオーーーー!!!』


 足下の人間達が惑う事などお構いなしに"救世主"は腕を振り上げ、地面に巨大な拳を叩きつけた!!



ドオオオンッ!!!



 その一撃で地面は激しくひび割れ、物陰に隠れて様子をうかがっていた森のドラゴン達も一斉に逃げ出した!


『さあ皆も祈りなさい。救世主様の導きに従うのです』


 ツヴァイの指示を受けるも、信者の多くは彼の笑顔と"救世主"の悪魔のような強面を交互に見ながら困惑している。

 中には震えながら祈りを捧げる信心深い者は居るものの、その顔は教会で安らかに祈るそれとは似ても似つかぬ苦しそうな表情だった。


『……おや?』


 しかし、そんな中でただ一人だけ救世主に向けて剣を構える者が現れた。

 彼の名はライナス……プラテナ国王子であり、忠実な「神の信仰者」である。


「ソードスマイトッ!!!」


 ソードスキルで救世主の脚を強く斬りつけると、刃が当たった箇所にかすかな擦り傷ができた。

 自分に向けて明確な敵意を見せてきた相手の出現によって、救世主のターゲットは不特定多数ではなく一人ライナスへと絞られる。


「ふぅ、我が全力の剣をもってしても掠り傷とは……。これが大挙して押し寄せてくるとはまさにこの世の終わり……だっ!!」


 言い終わる前にライナスが横に飛び、直前まで彼が居た場所を巨大な拳が通り過ぎてゆく!

 しかも、直接当たっていないにも関わらず、拳と翼から生まれた凄まじい風圧によって、周囲の人間達は吹き飛ばされ、地に倒れてしまった。

 そんな中、ライナスは咄嗟とっさに地面に剣を突き立てて体勢を維持しながら、即座に次の剣技を放つ!


「ストライクバースト!!」


『グォウッ!?』


 先ほど与えた脚の擦り傷の上に向けて突き攻撃を放つと、わずかではあるもののダメージが通った。

 人間で例えるなら「縫い針が指先にチクリとした程度の痛み」ではあるが、それでも救世主にとって非常に不快であったのは確かだ。

 そして、その原因であるライナスを排除すべく、救世主は大きく息を吸い込み――


「……っ!!」


 それは、聖女の第六感シックスセンスとでも言えば良いだろうか。

 救世主が次に何か「とてつもなく危険な行動」を行うと予感したコロンは、未だ震えの止まらぬ自らの口を無理矢理に開き、神聖術の詠唱ワードを紡いだ。



『ゴォオオオオオォォーーー!!!』


「セイクリッド・ホーリーシールドッ!!!」



 救世主がライナスに向けてブレスを放つと同時に、目の前に巨大な虹色の防壁が展開された。

 コロンの放ったそれは『聖職者だけが使える上位防御スキル』であり、その対象は全属性かつ物理・魔法問わずという反則的なシロモノだった。

 強力な防壁に弾かれたブレスは風に乗って舞い上がり、それを浴びた木々の葉が散ってゆくのが見えた。

 これが直撃すれば、間違いなくライナスは無事では済まなかっただろう。

 だが――


「えっ!?」


 ブレスが終息するのを見届けるよりも先に、コロンの目の前が突然暗くなった。

 それと同時に自分を包み込む大きな感触から、自分がライナス殿下に抱き締められていると理解した。


「ラ、ライナス様っ!? 一体何を!!」


 だが、その問いかけに対し返事は聞こえてこない。


 …………。


 少しの静寂の後、大きな身体が自分の横にドサリと倒れた。


「ライナス様っ!!」


 コロンの横に倒れたライナスの鉄の鎧は赤黒く変色し、先ほどまで美しいあかに彩られていたマントは、まるで廃墟で朽ち果てた暗幕のようにボロボロに崩れていた。


「全く、とんでもない強さだ……な」


 苦痛に顔を歪めながらライナスが見上げると、先程まで自分達を守っていた防壁が崩れて消えていく様子が見えた。

 それはつまり、救世主のブレスは聖職者最強の防壁すらも易々と一撃で破壊する力を持っているという事の証明でもあった。


「ヒール!!」


 コロンの手から放たれた癒しの光によってライナスの背中の裂傷は回復したものの、今が危機的状況である事に変わりはない。

 そんな"神の救済"に対し必死に抵抗する二人の姿に、ツヴァイは呆れ気味に溜め息を吐いた。


『ライナス殿はともかくとして、聖女であるはずの貴女あなたまで救済を拒否するとは困ったものですね。あと少しで、この世界はかつての美しさを取り戻せると言うのに』


 だがコロンは首を横に振り、ツヴァイの考えを拒絶する意志を見せた。


「私は……今を生きる人々……いいえ、生きとし生ける者全てが手を取り合い、美しい世界を実現出来ると信じています!!」


 恐怖に両足を震わせながらも決して怯むことなく聖杖せいじょうを構える姿は、まさに聖女と呼ぶに相応ふさわしい。

 皮肉にも、ツヴァイにとっては単なる背信者にしか見えていないのだが。


幼子おさなごならではの世迷い言ですね。私は君が生まれるよりもずっと昔から、不浄の者達によって美しい世界が蹂躙される様を見てきているのですよ?』


「それでも、アインツ先生は全ての生き物が神の下に平等であると説いていました」


『そう信じていた先生を手にかけたのは、他でもなく悪魔の手下共だがなっ!!!』


 丁寧な口調から一転、荒々しい言葉でコロンを怒鳴る姿は、紛れもなく少年時代を思わせる獣のそれであった。

 大人でもひるむ程の敵意を前にしても、決してコロンは目を背ける事なく真っ直ぐに彼を見据えて自らの意思を伝えた。


「……それでも、先生なら……天へ召されるその瞬間も……その後であろうとも、信じ続けるはずです!!」


 コロンの脳裏をよぎるのは、プリシア姫とピートが楽しそうに笑いあう姿。

 例え種族が違ったとしても互いの価値観を尊重し、信じ合える姿……。

 アインツが汚れた世界を知るように、彼女もまた美しい世界を知っている。


『綺麗事を……!』


「綺麗事だと言われても構わない! 私はこの世界に生きる全てを信じます! だから私は……聖女として、今を生きる全てを救ってみせます……絶対にっ!!」


 少女は自らの事を初めて聖女と称し、それとともに足の震えがピタリと止まった。

 そして――



「俺もコロンの考えに賛成~」


『私もですよっ!』



「っ!!!?」


 緊迫した中に突如聞こえてきたのんびりとした声に、コロンはハッとなる。

 振り向いた先に居たのは、素朴で優しそうな男の人と、薄水色の長い髪が印象的な女の人……。


 ――突然現れた自分に対し何一つ疑うことなく、助けてくれると言ってくれた。


 ――危険を承知で、教会に忍び込んでまで助けてくれようとした。


 ――だけど私を助けようとしたせいで捕まって、居なくなって、また独りぼっちになって……。


 ……。


 でも、帰ってきてくれた……!!!


「そんじゃ、久しぶりに神様にケンカ売らせてもらうとしますかね!!」

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