070-求めても聞こえない天の声

【聖王歴128年 黄の月 15日 夕刻】


<聖王都中央教会 大司祭室>


「本当ですかっ!」


「なんと素晴らしいっ!!」


 白装束姿の二人が歓喜の表情で喜ぶ姿を見て、大司祭ツヴァイも同じように笑みを浮かべていた。

 もっとも、彼はどんな時であっても常に笑顔なのだが。


『ええ。先ほど使者の方から正式に調査許可を頂きました。本日中に視察団を結成し、明後日十七日より王国騎士団同行のもと、東の森での聖地探索を行います』


「おお、ついにこの日が……!」


「ぜ、是非とも私共も視察団へご同行させて頂ければ!!」


『もちろんですとも。お二人には期待していますよ』


 ツヴァイの言葉に、ネスタルとワーグナーは喜びを露わにしている。


『そして、もう一つ吉報があります』


「吉報?」


『以前、あなた方の計画を妨害したカナタという男ですが……昨晩、王国騎士によって捕らえられ、地下牢へと投獄されたようです』


「な、なんですと!?」


『どうやら国家転覆を企んでいたとか。いやはや、"姫を助けた立役者"が一転して重罪人とは、皮肉なものです』


 自分達の計画を台無しにした男が、まるで入れ替わるように同じ地下牢へと投獄されているという事実を受けて驚く二人の姿に、ツヴァイはフフッとおかしそうに笑う。


『やはり、神は聖地を取り戻す事に賛成なさっているのでしょう』


「これは奇跡だ……神の奇跡に違いないっ!」


「こうなれば、必ず聖地を我らの手に取り戻しましょうぞ!!」


『ええ、期待していますとも』


 そう言って笑うツヴァイの瞳の奥にはとても冷たい「何か」があったが、目の前にいる二人がそれに気づくことは無かった――。



【同日 夜】



<中央教会修道院>


 他の信者の話を聞いたコロンは、自室で呆然としていた。


「どうしてこのタイミングに……!」



 ――宿屋に潜伏していたシーフの男と白装束姿の女が、国家反逆罪容疑で逮捕。



 名前こそ明かされていないものの、男女が捕らえられた瞬間を目撃した教会関係者の証言で得られた特徴から、それがカナタとエレナである事は明らかであった。

 あの二人が国家転覆を企むテロリストだった……?

 いや、そんなはずは無い。

 そのような危うい立場の者が、いきなり現れた自分に対して手を差し伸べるはずがないのだから。


「もしかして、何か秘密を知ってしまった……!?」


 実は大司祭の連れてきた怪しい二人組について私が素性を調べていた事が知られていて、その見せしめとして協力者であるカナタとエレナを捕らえた……そう考えられるのではないだろうか?


「そうだとすれば次は――」



コンコンコンッ



「っ!!」


 突然、部屋にノックの音が響いた。


「ど、どちら様ですか?」


 声が震えるのを必死に我慢し、問いかけたコロンの耳に聞こえた声は、今、最も会いたくない相手のものだった。


『私です』


「大……司祭様……!」


 やはり気づかれていたのかっ!?

 いや、まだそうと決まったわけではない!

 平常心……平常心をっ!!


「ど、うぞ……」


 シャロンであれば、きっとこんな時でも常に冷静なのだろう。

 人々は自分の事を聖女と呼び、姉に対してとても酷い言葉を投げかけていたけれど、こんな時に弱い心に打ち負けそうになる愚者のどこが聖女だと言うのか!

 泣きそうになるのをぐっと堪えながら大司祭を部屋に迎え入れたコロンは、なるべく表情を見られぬよう顔を伏せたまま深く頭を下げた。


『突然のところ申し訳ありません。実は折り入って頼みがあるのです』


「っ……はい?」


『実は明後日に我が教会より、東の森……つまり我らの聖地に向けて視察団を派遣するのですが、聖女であるあなたにも御同行をお願い頂ければと思いまして』


「えっ!?」


 咎められるかと思っていたのに、まさかの協力要請だった。

 となると、私が調べていた事に気づいたわけではなかった……?

 それとも気づいていながら、私を呼び出そうとしているのか!?


『駄目でしょうか?』


「いっ、いいえっ! 始まりの地である聖地へ行ける、またと無い機会ですから! 喜んでお請け致します!」


『ありがとうございます。それでは、明日の午前中には出発しますので、宜しくお願いしますね』


 大司祭はそう言うと、きびすを返して部屋を出ていった。

 足音が聞こえなくなったのを確認してから、私は床にへたり込んだ。


『神よ……私は一体どうすれば良いのですか……どうすれば……?』


 コロンが祈りながら不安そうに呟くも、その天啓こたえが彼女へと届くことはなかった。



【さらに同日 同時刻】



<プラテナ王城 地下牢>


「うーん……」


 てなわけで俺は現在、プラテナ王城の地下牢へ幽閉されております!

 いや、訴状がー……って言うもんだから裁判をやるのかと思いきや、いきなり投獄ときたもんだ。

 しかも、鉄の扉に向けて手を伸ばすと……



【権限レベル3により施錠されています】



 指先にビシッと電撃魔法をくらった時のような痛みが走る。

 実はこれ、神の力を応用した魔法防壁セキュリティーシールドだ。

 エレナを閉じこめていた聖なる泉にはコレの超強力なヤツが使われていたのだけど、こういった結界を突破するには、かなり強い開鍵スキルが必要となる。


「……いや、実際は壊せるんだけどさ」


 最強の開鍵スキルであるアンロック・ゼンシュは、常闇とこやみの大地へと繋がる「死の洞窟」の権限レベル5の扉すら破る力を持っている。

 当然、それよりも2段階も下位であるこの扉であれば易々と破壊できるだろう。

 ただし、破壊はできるのだけど……


「城の地下牢から脱獄とか、そっちの方が重罪過ぎるんだよなぁ」


 騎士から罪状が「国家反逆罪」やら「国王様への不敬」やらと言われたものの、そもそも俺は国家転覆を企んだ事は無いし、国王様に失礼を働いた記憶は無い。

 いや、確かにドラゴンの背中に乗って深夜の城に忍び込んだうえ、施錠された扉を破って国王様の寝室に突撃した事はあったけれど、アレの主犯はプリシア姫だし今さら罪に問うとは考えにくい。

 他にもサツキが遊びに来たついでに何かやらかしてしまった可能性はあるものの、なんだかんだでプリシア姫が助けてくれるだろう。

 他力本願なのは情けないけれど、俺にできる事は何もないのである。


「つまり、待つしか無いんだよなぁ……」


 ちなみにエレナは別の部屋に連れて行かれてしまったのだが、特に騒ぎは聞こえてこないので、暴れては無さそうだ。

 まあ、ここでエレナが爆発音を響かせながら颯爽さっそうと目の前に現れようものなら「カナタとエレナの大冒険 第二章 逃亡編」の幕開けとなってしまうので、今はそうならない事をただ祈るのみである。


「それにしても、投獄されるなんて久しぶりだなぁ。そういや前回こんな感じに捕まったのは、帝国軍の捕虜になった時以来かな~~――」



「何を独りでブツブツと……」



「うえぇ!?」


 いきなり鉄の扉の向こうから声をかけられ、思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


「君が帝国軍に捕まったという話はすごく気になるが、今はそれよりもいくつか質問に答えて頂きたい」


「はい???」


 そして俺は、よく分からないまま扉の向こうからの問いに答えていったのであった。

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