068-怪しすぎる二人

 ――時は少しさかのぼり、教会へ向かう前のこと。


【聖王歴128年 黄の月 13日 早朝】


「おはようございますカナタ様、エレナ様。……って、何事ですっ!?」


 宿の部屋を訪ねて来てくれたマリネラの目に映ったのは、何故か冷や汗をダラダラと流しながら床で正座する俺と、仁王立ちのまま真顔で俺を見下ろすエレナの姿。


「お、おはよう……」


『おはようございます』


「あわわわ、一体何が……!?」


 さて、どうしてこんな事になってしまったのかと言うと……要は、俺が西街へと一杯やりに出て行った後、エレナが目を覚ましてしまったのである。

 一応は書き置きを残していたものの、いきなり俺が居なくなって半狂乱状態のエレナがそれを発見できるはずもなく、半泣きで宿周辺を探し歩いたらしい。

 そして探し疲れてヘトヘトになったエレナが部屋に戻ってきたところに、俺が呑気のんきに赤ら顔で帰ってきたもんだから、その後は言わずともがな。


『確かに書き置きを見なかったのは私の落ち度です。マリネラさんの協力を取りつけて頂けたのもありがたいです。……でもでも、それとこれとは別問題ですっ! なんで私ひとり置いていっちゃうんですかーーっ!!』


「ゴメンナサイ……」


 そんな俺達を見て、マリネラはふと首を傾げた。


「あれ? そういえば、ちびっ子達は?」


『サツキさん達は今、実家に帰ってますっ』


「じゃあ今は二人? 昨晩も???」


『そうですっ。なのに置いてけぼりにされたんですー!』


「…………ああっ、そういうことっ!」


 ぽんっ。

 マリネラが何かを察したのか、手を打つと俺達を見てヌフフフと変な笑い声を上げた。


「いやあ~、青春ですねぇ、ウブですねぇ。君達で一曲書きたい気分ですねぇ~♪」


「お願いだからヤメてっ!!」


 土下座の向きを90度クルッと回転させ、俺は床に頭を擦り付けながらマリネラに頭を下げる。

 それを見てキョトンとしているエレナを見て、マリネラはイシシシとこれまた変な笑い声を上げた。


「まあまあエレナ様、今回ばかりはカナタ様を許してあげてくださいな。この方は、ちゃーーんとアナタを大切に想ってくれてますから♪」


『えっ? ……えええーーっ!?』





 それから俺達から詳細説明を受けたマリネラは、即答で協力を引き受けてくれた。

 ただし、俺とエレナの素性を知る者が教会に居ないとも限らないため、それぞれ戦士と魔法使いの格好で顔を隠して「マリネラの護衛」という名目で教会に潜入し、今に至る……というわけだ。


「それじゃ、私はこれからリハーサルに入りますので、お二人はどうか気を付けて」


「ええ。マリネラさんも頑張ってください」


「はいっ」


 マリネラは元気よく返事をすると荷物を控え室の隅に置き、部屋を出ていった。

 後には俺とエレナの二人だけが残されている。


「さて、いっちょ情報収集開始といきますか」


『あのっ!』


 何故かエレナがもじもじしながら声を上げた。


「どしたの?」


『えーっと……カナタさんが夜に独りで外に行っちゃった理由は、マリネラさんに言われて、一応……察しましたから』


「あ、うん……」


 要は俺が部屋で二人きりなのを気にして飲みに行ったのを理解してくれたという事だろうけど、改めて言われると恥ずかしいなあ。


『その、お気遣いありがとうございます。ですけど……』


「?」


『少しくらい強引にされても、嫌いになったりしません……よ?』


「!!!」


 いきなり爆弾発言をくらって頭が真っ白になるも、当のエレナはぱちんと手を打ち『この話はここまで!』と言うと、くるりと振り返ってしまった。

 そもそも黒装束姿でどんな顔をしているのか分からないし、自分がどんな顔をしているのかも分からない。

 ひとつ言えるのは……鉄兜の下がやたら火照って熱いという事だけである。


『そ、そそそ、それじゃ行きましょうっ!』


「お、おお、おうっ!」


 何故か急ぎ足なエレナを先頭に、俺達は部屋の外へと出たのであった。



<中央教会 大礼拝堂 一階廊下>



 そして今に至るわけだが、教会の中での情報収集も一筋縄では行かない。

 何故かと言うと――


「ひぃえぇっ!? ……あっ、マリネラ様の護衛の方ですねっ。お疲れ様です!」


「 (ぺこり)」


 怪しすぎる風貌ゆえ、廊下ですれ違う人が軒並み悲鳴を上げてしまうわけである。

 ただ、どうやら最初にマリネラと応対した方が皆に伝えてくれていたらしく、二言目にはこちらの素性を知っている反応だったのがせめてもの救いではあった。

 ……まあ、すれ違った後から背中にスゴい視線を感じるので、間違いなくガン見されているっぽいのだけれど。


「今のところ、エレナから見て怪しい奴はいないよな?」


『はい。全員、人族の聖職者ですし、怪しい人物が居るとすれば……私達の方ですかねぇ』


「だよなあ」


 俺とエレナは「教会を出入りしている怪しい白装束の二人」について調べに来たはずのなのに、それ以上にヤバそうな「怪しすぎる風貌の黒い二人」を出没させてしまっているわけである。

 何も知らないシスターの皆様の不安の種を増やしてしまって大変申し訳ない。


「わっ、わあああああーーっ!?」


 そしてまた一人、恐怖に怯える哀れな子羊が……って、あれ?


「ど、どどどどど、どちら様ですかぁっ!?」


 ステーンッ!

 怯えた様子でこちらに声をかけてきた女の子は、どうやら驚きのあまり腰を抜かして尻餅をついてしまったらしい。

 だが、俺達はこの子と面識があった。


「ああ、コロン。驚かせてゴメンゴメン」


「!?!?!?」


 コロンはまるでこの世の終わりのような顔で恐れおののきながら、床をジタバタしている。


「どしたの?」


「ひっ、ひぃぃーーっ! 助けてぇーーー!!」


「!?!?!?」


 いきなりコロンが悲鳴を上げて、こちらも仰天してしまう。

 すると、エレナが慌てた様子で俺の鉄兜をバシバシ叩いてきた。


『たぶんコロンさんは私達だって気づいてないんですっ!!』


「あっ、やっべ!!」


 もしかするとまだ全員に「マリネラの護衛の二人組」の事が行き届いてなかったのかもしれない!

 焦った俺はコロンの口を押さえると、そのまま適当に近くにあった部屋のドアを開けて、エレナと一緒に飛び込んで鍵を閉めた!

 それからすぐに鉄兜を脱いで釈明する。


「俺だよオレオレっ! カナタカナタ!!」


「うわーーん助けてお姉ちゃーーーー……えっ、えっ、カナタ……様……???」


 涙目で放心状態なコロンは、続いて黒いフードを脱いだエレナを見て、緊張の糸が切れたのか、わんわんと泣き出してしまった。


「びえええーー、怖かったぁーーー!! 殺されるかと思ったああああーーっ!!!」


「うぅぅ、申し訳ない……」


 怪しい二人組に遭遇したうえ、いきなり自分の名前を呼ばれたかと思いきや羽交い締めにされながら部屋に連れ込まれ……そりゃ怯えて当然である。

 俺がしょんぼりと頭を下げていると、何故かエレナがジト目でこちらを見ていた。


『前々から思ってましたけど……カナタさんって、咄嗟とっさに女性の口元を押さえて羽交い締めにする事に、全く躊躇ためらいが無いですよね。……手慣れてません?』


「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでくれるっ!?」


 いや、確かに自分でも驚きの速さだったけれども!

 そんなこんなで、とんでもない疑惑をふっかけられて目を白黒させる俺を見て、コロンは困り顔で苦笑していた。

 そしてコロンは気を取り直すと、こちらに向けて頭をぺこりと下げた。


「お二方の怪しげな格好の理由は分かりませんが、きっと私が相談させて頂いた件で来て頂いたのですよね?」


「ああ、ちょうど知人の護衛という名目で教会に来れる機会があって、少しでも何か分からないかと情報収集に来たんだよ。でも、俺とエレナの素性を知ってる奴と遭遇してしまうと情報収集するには都合が悪いし、顔を隠してたんだ。応対した方に通達はしてもらえたっぽいんだけど、コロンの反応を見た感じ、全員には行き届いてなかったんだな」


「ええ、私は出先からちょうど戻ったばかりでしたので――」


 ……と、そこまで俺達が話したタイミングで、ちょうどドアの向こうの廊下から話し声が聞こえてきた。



 ――東の森の調査許可は得られたか?

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