041-幸せな未来を祈る歌

「歌姫マリネラが凱旋ライブをやるらしい!!!」


 普段はのどかな港町アクアリアに噂が駆け巡るや否や、町を上げての騒ぎとなった。

 しかし、真偽の定かでない情報が錯綜し皆が混乱する様子を懸念した町長は、臨時の集会を開くと皆の前で次のように宣言した。


「巷を騒がす噂は、事実である」


 町長の一言により、お祭り騒ぎは一気に拡大。

 その話は早馬による伝聞によって、わずか一日足らずで聖王都まで伝わったという。

 さらに人づてに話が誇張されて噂が噂呼ぶ状況に陥ると、ますます噂話が混迷を極めてゆく事となった。


「歌姫マリネラから重大発表があるらしい」


「引退宣言をするという噂が!」


「いいや、婚約発表らしいぞ!」


 そして今日、その顛末を自ら確かめようと、港町アクアリアに多くの人々が集まっていた。

 ――後世まで語り継がれる伝説の目撃者になるという事も知らずに。



【聖王歴128年 緑の月 35日 夜】



 歌姫を一目見ようと港には人々がごった返し、港町アクアリアは未だかつてない程の熱気に包まれている。

 俺達四人はその片隅で「芋洗い状態」で事の行く末を見届けようと身を寄せていた。


「いやはや、マリネラって本当に有名人だったのなぁ」


『わあああ、こんなにたくさんの人……すごいですーっ!』


「二人とも、今更なに言ってんのさ~」


 呆れ顔でぼやくサツキではあるが、お前もこの一件で知ったばかりの「にわか」だろう。


『あっ、そろそろ始まるみたいだよっ!』


 ユピテルがそう言った直後、港に造られた特設ステージが明るく照らされ、その中央に歌姫マリネラが現れた。

 歌姫の姿を見るや観衆から割れんばかりの歓声が上がり、港は大賑わいとなる。

 だが、そんな喧騒すらをも貫く力強い声が響くとすぐに、会場はしんと静まり返った。


「~~♪」


 美しい歌声が遠く大海原へ響き渡る。

 のちに「セイレーンに惑わされた船乗りですら正気を取り戻した」と逸話が残る事となる始まりの歌は、興味本位で来ただけの観光客の心をもすら魅了してゆく。

 魅了チャームの魔法に操られていたとはいえ、エレナに向かって求愛をしまくっていたマリネラの姿からは想像できない程の美しさに思わず俺も息を飲む。

 二曲、三曲……。


「……えっ?」


 だが、楽曲が進むにつれて少しずつメロディが物悲しくなっている事に皆が気づき、ざわめきの声が上がり始めた。

 今日、歌姫マリネラから重大発表があると期待していた者達が、少しずつその表情を曇らせてゆく。

 ついに六曲目で伴奏が無くなると、港に聞こえるのはマリネラの歌声と波音だけとなった。


「……」


 それまでの自分に別れを告げるといった歌詞の七曲目が終わり、会場に静寂が訪れる。



 ――まさか、今のが歌姫マリネラとして最後の歌なのか?



 黙って彼女の姿を見つめる人々の表情に不安の色が浮かぶ。

 それを見つめながらマリネラは深々と頭を下げ……


「なんてねっ!」


 イタズラっ子のような顔で再び頭を上げ、右手を振り上げながら叫んだ。


「スイメイ!!」


 マリネラのかけ声とともに、闇夜の港を眩い光が照らす。

 そして舞台の上に現れたのは、マリネラと同じ衣装に身を包んだ小柄な少女。

 腰まである薄水色の長い髪が特徴的な姿を見て、会場からどよめきが上がった。

 民衆の多くは未だ状況が飲み込めないまま、少女を眺めている。

 その一方で、この町で生まれ育った年輩者達は少女の姿を見るなり、懐かしい友人と再会したかのように嬉しそうに微笑んでいた。


「おばーちゃん、あの子のこと知ってるの?」


「ふふふ、と~~っても偉い方よ」


「???」


 そんな祖母と孫娘との会話を微笑ましく眺めていた少女は、息を大きく吸い込むと両手を広げ――


『~~♪』


 少女がその歌声を響かせた瞬間、皆が驚きに目を見開いた。

 マリネラの歌声に船乗りの正気を取り戻す力強さがあるとすれば、スイメイの歌はそれとは全く違う――例えるならば、セイレーンすら打ち倒すほどに聖なる力の満ちた、清く澄んだ歌声だった。


「『~~♪』」


 歌姫マリネラとの美しい二重唱は皆の心を魅了し、先まで不安そうな表情を浮かべていた人達に笑顔を与えてゆく。

 二曲、三曲……。


「……おおっ!!」


 楽曲が進むにつれて、輝かしい未来を祝うかのように希望に満ち溢れた歌となり、港は活気に包まれてゆく。

 歌姫マリネラの物語はこれで終わりなどではない。

 ここが始まりだったのだ!


『アクアリアの民に幸あれ! ブレッシング!』


 少女が夜空に空を広げて叫ぶと、天から光の羽が降り注いだ。

 それは、かつてこの地が魔物に襲われた時、聖者が自らの命と引き換えに魔物を追い払った伝承と同じ奇跡だった。

 それを目の当たりにした人々は歓喜に涙を流し、このひとときに身を委ねた。

 歌姫と少女は互い手を取り合うと、人々の姿を眺めながら嬉しそうに笑う。


 ――そして二人の姿は、後世まで語り継がれる伝説となった。



【エピローグ】



 港町アクアリアで行われた歌姫マリネラの凱旋ライブで発表されたのは、彼女の引退発表でも婚約発表でもなく『二人目の歌姫のデビュー』だった。

 しかも二人目の歌姫の正体が、はるか昔からアクアリアの町を見守り続けている泉の精霊スイメイだと言うものだから、事実を知った人々が仰天したのは想像に難くない。

 今後は港町アクアリアに来れば「世にも珍しい歌って踊れる精霊を一目見られる」てなわけで、とんでもない観光の目玉を得た町長は狂喜乱舞して喜んでいた。


「それにしても、精霊をスカウトしちまうとはなぁ」


 しみじみと呟く俺を見て、マリネラがクスッと笑った。


「だって、スイメイが私に嫉妬しちゃうくらい、誰かに歌を聴いて欲しいと思っていたのですから。だったら、こうやっておおやけにする方が堂々と歌えるってもんですよ」


 さすが田舎の港町出身でありながら歌姫と呼ばれるまで登り詰めただけあって、マリネラの度胸と行動力には驚かされるばかりだ。


『で、あなたは歌ってみてどうだったのです?』


 エレナに問われたスイメイは椅子から飛び降りると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら答えた。


『すっごくスッキリしたっ! やっぱり、誰も居ない泉で独り寂しく歌うより、人前で歌うほうが絶対たのしいのっ♪』


「……町のはずれにある人気ひとけの無い泉から一人寂しく歌う声が聞こえてくるとか、どう考えても怪奇スポットだよね」


『言いたい事はわかるけど、怪奇スポットっていう表現はちょっと……』


 サツキの相変わらず斜め上過ぎるコメントに、ユピテルもいつも通り呆れ顔である。

 それはともかくとして、今回の件で"もう一つ気になっている事"がある。

 今、俺達が集まっているのは港町アクアリアの宿屋なのだが――


「どうしてスイメイは泉から出られるんだ? それに遠くに居るヤツをストーキングしたり、魅了チャームで人を操ったりしてたし、使ってる魔法がぜんぜん水の精霊っぽくないんだけど」


 俺の問いかけに対し、スイメイだけでなくエレナもキョトンとした顔で首を傾げた。


「あれ? 俺、何かおかしい事を言った???」


『わたし、光の精霊だよ?』


「へ?」


 エレナは薄水色の髪で水属性、イフリートは炎に包まれた狼で火属性。

 そしてスイメイがエレナと同じ薄水色の髪。

 どこからどう見ても水属性なのだが……。


『カナタさんは見た目で判断しているのだと思いますが、毛髪の色と精霊の属性は特に関連性は無いですよ?』


「マジでっ!?」


 というか、マリネラに向かって魅了チャームをかけて迷惑をかけたり、遠くから彼女の姿を盗み見たりと、あまりにもこれまでの行動が悪すぎるせいで、光の精霊というより、闇の精霊とか悪霊と言われるほうがしっくりくるのだが……。

 そんなまさかの事実を聞かされて驚く俺を見て、スイメイがフフンと鼻で笑った。


『それに、わたしは地縛霊じゃないし。泉から出られないわけじゃないもーん』


「なるほど、道理で港やら宿屋にも普通に出られるわけだ……」


 そもそも町長が言うには、精霊スイメイは港町アクアリアにとってシンボル的な存在だったらしく、凱旋ライブが終わった後には高齢者の方々がありがたそうにスイメイを拝む姿も見られた。

 前の世界で勇者パーティがスイメイを倒した後に町長が酷く憤慨していたけれど、そりゃ町のシンボルを討伐してしまったのだから、怒るのも無理も無いよな。


 ……でも、重ね重ね思うけど"こんなの"が町のシンボルとは、港町アクアリアの将来が何とも不安である。


「ところでおにーちゃん、あたしもちょっと気になってる事があるんだけど」


「どした?」


 唐突なサツキの質問に皆が首を傾げる。


「マリネラさんって、エレナさんの追っかけはもうやめたの?」


『ひいっ!?』


 せっかく忘れかけていた話をぶり返され、エレナは怯えながら俺の後ろに隠れてしまった。

 だが、それを見たマリネラは頬を掻きながら苦笑している。


「あはは。あれはスイメイの魅了チャームが原因でしたから、もう大丈夫ですよ。……それに、歌姫ともあろう者が人様の恋路を邪魔しちゃダメでしょう?」


『うんうん。わたしも、精霊と人間が両想いというのはスゴい気になるの。おねーさん、ちょー頑張ってね!』


『「ええっ!?」』


 思わず同時に声を上げる俺とエレナを見て、二人はニヤリと笑う。


「それと、二人の関係がドコまで行ってるか教えてほしいかな~。良い詞が思いつきそう♪」


『わたしも気になるの~♪』


「い……言えるかそんな事!!」


『うわーん!』


 気恥ずかしさで照れながら逃げる俺達を見て笑うふたりの歌姫の表情は、ステージの上で見せたものと同じ、とても幸せそうな笑顔だった。



第五章 港町アクアリアの歌姫マリネラ true end.

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