第五章 港町アクアリアの歌姫マリネラ
036-正義の使者エレナ参上!
【聖王歴128年 緑の月 18日】
<聖王都プラテナ 西街中央>
「や、やめてくださいっ!」
「へへへ、取って食おうってわけじゃねーんだ。ちょっと付き合ってくれよ!」
「誰か助けてぇ!!」
聖王都プラテナ西街の片隅で突如起こった騒ぎに、周囲は騒然となった。
しかも渦中の女性が街で知らぬ者は居ないとまで言われる程の有名人だったため、さらに民衆から注目を集めてしまっている。
――歌姫マリネラ
それが彼女の名だった。
だが、皆が一様にその名を呟くものの、誰も手を差し伸べようとはしない。
哀れ歌姫がどこかへ連れ去られようとしたその時――
『彼女から手を離しなさい!!』
突如聞こえた声に皆が驚きながら視線を向けると、そこにはフードを深くかぶった白ローブ姿の女が立っていた。
すると、女を見るなり悪漢はニヤリと下品に笑った。
「なんだネーチャン、アンタも俺の相手をしてくれるってェのか? 確かに"三人"ってのもそそるよナァ!」
『っ!』
悪漢が下品な言葉を吐いた直後、周囲の温度が一気に下がり民衆は震え上がった。
見ると女の周囲には白い霧が立ちこめ、足下が凍り付いている。
「……てめえ、魔法使いか!」
『今すぐ立ち去りなさい』
「んだとォ? 俺様を誰だと思っ……」
そこまで言ったところで男は黙ってしまった。
女の目の前に鋭く尖った氷の刃が現れ、その切っ先が自らを狙っていたからだ。
『お願いですから、今すぐこの場を立ち去って頂けませんか?』
優しく諭すような口調ではあるものの、白いフードの下から見える冷淡な表情が逆に悪漢の恐怖を倍増させる。
そして彼は理解した。
――これは「お願い」などではなく「警告」だという事を。
「ク……クソッ、覚えてやがれェっ!!」
男は捨てゼリフを吐くと、どこかへ走り去ってしまった。
それを見届けたローブ姿の女は、肩を落としながら安堵の溜め息をひとつ。
『うぅ……。自分からやると言ったものの、やっぱりこういうのは苦手ですね……。あっ、そうだっ、お怪我はありませんか?』
「は、はい……! あ、ありがとうございます……ぽっ」
フード姿の女に手を差し伸べられた歌姫マリネラは、その手を握りながら頬を紅く染めた。
――その数時間前のこと。
『私に"歌姫を助ける役"をやらせてくださいっ!!!』
俺が今回の「旅の日誌」を読み終えるや否や、エレナが凄い剣幕で手を挙げた。
「まあ、この内容だと……おにーちゃんにやらせる訳にはいかないよねー」
『うん、オイラもこればかりは仕方ないと思うよ』
「なんだよー。カネミツじゃあるめーし、俺がこんなラブロマンスなんて出来るわけが……」
『絶対ダメですーーーーーーっ!!!』
「ひえぇっ!?」
エレナからの凄い圧を受け、俺は思わずたじたじに。
さて、どうしてエレナがこんなに積極的にグイグイ来るのかというと、これから俺達が助ける「歌姫マリネラ」が問題なのである。
かつて俺の見た世界では、悪漢に絡まれていた歌姫マリネラの前に颯爽と勇者カネミツが現れて悪漢を撃退したのだが、その一件をきっかけにマリネラがカネミツに惚れてしまったのだ。
それから西方の港町アクアリアまで彼女を護衛する事になったものの、到着するまでずーっと二人がイチャつく姿を見せつけられたうえ、最後はマリネラが「私はあなた様と共に行く事はできません。ですが、最後に一つだけお願いを聞いてください」とか言って、二人がキスして別れたもんだから、その当時、相当イラついた事を今でも覚えている。
『私なら歌姫さんと同性ですし、惚れるとかそういう話になる心配もありません! 戦闘スキル的にも、そこらの悪党にだって負けませんよ!』
「なるほどなー」
俺はエレナに相づちを打つものの、その一方でサツキが腑に落ちない様子で首を傾げた。
「でもさ~。これでエレナさんが歌姫さんに惚れられちゃったらヤバくない? まあ、女の子同士の禁じられた恋とか、それはそれで面白そうだけど」
「その構想に行き着いてしまうお前が一番ヤバいと思う」
「なんでさー!」
不満そうに頬を膨らせたサツキを軽くあしらいつつ、俺は再びエレナの方へ向いた。
「でも、せっかくエレナが自分でやってみたいって言ってるからな。それじゃ、お願いできるかな?」
『はいっ、頑張ります!!』
まあ、エレナの言う通り、この配役なら問題無く事は進むだろう。
どちらかと言うと、マリネラから護衛を依頼されなかった場合にどうすべきかも考えておくかなー。
・
・
と、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
……宿屋まで歌姫マリネラが押し掛けてきて、エレナに抱きつく姿を見るまでは。
『えーっと、どうして私に抱きついているのでしょう……?』
「まだ恐怖で震えが止まらないのです」
そう言いながらブルブルしているけれど、俺にはどちらかというと
『あの、すごい胸がギューって、圧が、その……どうして胸を押しつけてくるのでしょう?』
「大丈夫っ。わざと当ててますから」
「ぜんぜん大丈夫じゃねえーーーーーー!」
ちなみにこの歌姫様、胸元にかなり立派なモノをお持ちで、サツキがさっきからボソボソと小声で「神は不平等だ……」などとぼやいている。
『ところでカナタにーちゃん、前回もこんな感じだったの?』
「いや、さすがにここまでじゃ無かったかな」
明らかにカネミツの時よりもべったり具合がスゴい……というか、グイグイ来すぎである。
カネミツに対しては多少なりとも恥じらいというか、淑女のような振る舞いで接していたのに対し、エレナに接する姿はまるで獲物を狩るハンターのようだ。
「ひょっとして、勇者カネミツが例外だっただけで、"こっちの気"の方が主だったんじゃ……?」
サツキの言葉に一同は息を飲んだ。
もしかして、俺達はとんでもないミスをやらかしてしまったのでは。
皆が心の中で今後を不安に感じつつ当事者二人に目を向けると、エレナが壁ドンされたまま涙目で抵抗していた。
「一生お慕い致しますエレナ様……! あ、ついでに押し倒していいです?」
『絶対ダメですっ!! ……って、わああああーっ、カナタさん助けてぇーーっ!!』
いやはや、一体どうなってしまうのやら。
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