029-こんごともよろしく!!

【聖王歴128年 緑の月 1日】


 長かった戦いの夜も明け、晴れやかな朝がやってきた。

 まだ少し眠いけれど、何やら部屋の外で物音が聞こえてきたので、そろそろ起きようかと目を開けると~……エレナが隣にちょこんと座っていた。


『あっ。おはようございます、カナタさんっ』


「うん、おはようエレナ」


 俺は床に敷いた葉っぱ (スゴくエルフの家っぽい!)から体を起こして挨拶を交わすと、エレナと共に部屋を出て広間へと向かった。


「やあ、重役出勤だね」


「うっせ」


 口を尖らせる俺を見て、勇者カネミツは愉快そうに笑う。

 そんなやり取りをしていると、いきなり後ろから抱きつかれた。


『にーちゃん、おはようっ!』


「ようユピテル、元気になって良かったな」


『うんっ。……でも、にーちゃんの"それ"、大丈夫なの?』


「どうだろなぁ」


 腰にくっついたままのユピテルが不安そうに視線を向けた先には、赤い宝石付きのイフリートの指輪があった。

 しかも俺の右手中指にバッチリ装備されているうえ、引っ張っても全然抜けないので、間違いなく呪いは残ったままであろう。


「数日経ったら身体を乗っ取られるとか言われたら嫌だなぁ」


「おいおいっ! 君みたいな奴に暴れられたら、聖王都が壊滅してしまいかねないよ! 本当に大丈夫なのかい!?」


 カネミツがギョッとした顔で飛び退くのを尻目にふとエレナの方へ目線を向けると、俺の指輪をジト目で睨んでいた。

 それから少しだけ安心した様子で、イフリートの指輪をツンツンとつついた。


『うーん……。まだ確証は無いんですけど、イフリートも私と同様にカナタさんの所有物という扱いになってますね。たぶん、カナタさんの命令通りに操れると思います』


 エレナがさらっと凄い事を言った気がする。


「……エレナ、今なんて言った?」


『はい? えっと、カナタさんの命令通りに操れる、ですけど……』


「その前っ!!」


『私と同様に?』


「それ!!」


 俺の指摘に対し、エレナはキョトンと首を傾げている。


「それはつまり、エレナは……俺の命令に従うって事?」


『はい。私はカナタさんの言う事だったら、何でも聞いちゃいますね~』


 なんてこったい!

 確かに、今まで無理難題を要求した事が無くて気づかなかったけれど、ひょっとしてトンデモナイお願いも受理されてしまうのではっ!!

 当然、こんな事やあんな事もっ……!?


『でも、カナタさんは決してヒドい事を言わないって信頼してます♪』


「ぐふぁっ!」


 見事なスピードで釘を打たれた俺は、ガクリとその場にうなだれた。


「どゆこと?」


『にーちゃんは、エレナねーちゃんの尻に敷かれ続けるって事さ』


「それもまた愛の形だよね~」


 分かったような事を言いやがるチビッコ2人組をジロリと睨みつつ、俺は気を取り直してレネットに話しかけた。


「んで、お前さんはこれからどうするんだ?」


 ――昨夜の戦いの後、レネットは今回の事件に至った経緯を全て知る事となった。


 エルフの長老が、弟ユピテルに濡れ衣を着せてイフリートと一緒に始末しようとしたうえ、その妨げとなる事を恐れてレネットを遠方地へと出向させていたのだから、彼女の怒りは凄まじいものであった事は想像に難くない。

 家の外では村民達がせっせと焼けた村の修繕に精を出しているが、こちらに一切目線を向けてこないところから察するに、相当気まずいのであろう。


『私は村を出て、彼らと共に行こうと思うんだ』


 レネットが勇者パーティに目線を向けると、カネミツがキザったらしく微笑んでいて少しウザかったが、俺は空気を読んで華麗にスルーしておいた。


『世界を巡ってみて初めて知ったのだが、やはり魔王勢力の激しい地域ではエルフの村々がかなり被害を受けているみたいなんだ。それを放っておくのは何だか嫌でね。私は同胞達を助けに行きたいんだ』


「僕も、勇者として助けを求めている民を救うのは本望だからね」


「そっか」


 かつて俺が見た「もうひとつの世界」では、レネットが自らの手でユピテルの命を奪う事になってしまい、それを魔王の仕業だと皆が思い込んでいたけれど、それは彼女自身の経験に基づくものだったのだろう。

 だけど、そのせいで誤解したまま魔王への復讐を目的に旅を続けていたとは、何と救いの無い話だろうか……。


「それにしても、カネミツはもっと合理主義者だと思ってたんだけどなぁ。レネットはともかくとして、ユピテルも連れて行くってのは意外だったよ」


「君は僕を何だと思ってるんだ! ……と言いたいところだけど、さすがに僕達がユピテル君を連れて行く事は出来ないよ。魔王討伐を目的とした旅なのに、子供を連れ回すなんて危険過ぎるだろう?」


「おいおい、それじゃユピテルはどうすんだよ! この村に残して行くってのか!?」


 だが、俺の反応を見てカネミツが妙にニヤニヤと笑っていて腹立たしい。

 この状況下で「最善」を考えると、答えは一つしかないだろう。

 というか、どう考えても俺が寝ている間に結論が出ていたに違いあるまい。


『えーっと……』


 案の定、ユピテルが俺の目の前にやってきてペコリと頭を下げた。


『にーちゃん、こんごともよろしく!!』


サツキはやらんぞ?」


『何でそうなるんだよっ!?』


 俺のボケを真に受けてしまい、目を白黒させるユピテルだったが、それを見たサツキはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながらユピテルの肩をバシバシ叩いた。


「そっかぁー、なるほどなるほどー。確かにぃ~、イフリートが私を襲った時も、やめてって言ったら我に返ってたもんねぇ~。そっかそっか、それも全てあたしに対する愛ゆえにか~……。ホントあたしったら、罪づくりな女だわ~~」


『ちっがーうーー!!!』


 顔を赤くしながら照れるユピテルの姿に皆が爆笑し、とても明るい食卓となったのであった。



◇◇



 朝食を済ませて皆は身支度を整えると、それぞれが旅立って行った。

 少し不思議だったのは、レネットが復讐を目的に勇者パーティに合流した時は、カネミツは一度プラテナに帰還していたのに、今回はそのままエルフの森を抜けて南方へと向かって行ったのである。

 理由は分からないけれど、少なくともこれからカネミツ達は「俺の日誌とは違う道」を歩み始める事になるだろう。


 そして俺達は――


『さーて、次はどこに行くんだいっ?』


 これからの旅が楽しみで仕方がないのか、ユピテルは嬉しそうに俺の背中に飛びついてきた。


「ん~。聖王都プラテナで何週間か依頼をこなして資金を調達しつつ、西街の商店通りでチンピラに絡まれてる女の人を助ける予定だな。それから西の港町アクアリアから海を渡り西のフロスト王国に向かう事になる」


『はぁ???』


 ユピテルが呆気にとられながらも、俺が手元の紙束を見ながら話している事に気づくや否や、それをバッと横取りしてきた。


「お、おいっ! それを読むとっ……!!」


『……』


 パタッ。

 そこに書かれていた「もうひとつの自分の未来」に心の均衡が保てなくなったのか、ユピテルは顔を青くしたまま失神してしまった。


「ああもう! 言わんこっちゃない!」


 俺は呆れ顔でユピテルの小さな身体を持ち上げておんぶすると、聖王都プラテナへ目指して歩き始めた。


「おにーちゃん、力持ちだねっ!」


『ふふ、何だか賑やかで楽しいです』


「ったく、しょうがねえなぁ……」


 俺は二人分の荷物と新しい仲間を抱えながら、心新たに聖王都へと向かうのであった。



第四章 エルフの少年ユピテル true end.

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