027-イフリートとの闘い

 炎の精霊イフリートが大量のファイアボールを全方位に放つと、周囲の家がそれに巻き込まれて燃え上がった!

 だが、その惨状を目の当たりにしながらもエルフの村民達は何も行動しようとしない。


「ちょっと何でっ!? 皆どうして逃げようとしないのっ! 危ないじゃん!!」


 サツキが大声で問いかけても、エルフ達は微動だとしない。

 皆が絶望の表情で俯いていて、まるで自らの死を受け入れているかのようだ。


「彼らには逃げる意志が……いや、抗う意志が無いんだ」


 勇者カネミツの言葉で俺はハッとなる。


「ユピテルがずっと、この森のエルフ達ではイフリートに勝てないって言ってて不思議に思ってたけど、やっと分かったよ」


「事なかれ主義が行き過ぎた成れの果てでござるな……むっ!!」


 勇者パーティの剣士クニトキがエルフ村の現状を嘆いた直後、再びイフリートから大量のファイアボールが放たれ、俺達は慌ててその場を飛び退く!

 だが、逃げ遅れたエルフの女の子が炎の前で呆然と立ち尽くしたままだ。


「逃げてっ!!」


 サツキが声を上げても、やはり女の子は逃げない。

 小さなまなこの視界を巨大な炎が覆い尽くしたその時――



「ヒロイックシールド!!」



 女の子の目の前に飛び出したカネミツが、魔力で増強した盾でファイアボールを受け止めた。


「ふぅ……大丈夫かい?」


 カネミツは焼け焦げた皮の盾を投げ捨てると、チラリと女の子の方へ目を向ける。

 エルフの女の子はショックで失神してその場にパタリと倒れてしまっていたが、魔法使いシズハが急いで駆け寄ると、女の子をおんぶしながらこちらへ逃げ戻ってきた。


「勇者様ぁー! おっけーですーーっ!」


 シズハが無事に避難するのを見て安堵の表情を浮かべたカネミツは、イフリートに向かってゆっくりと歩み寄る。


「さて、僕的には子供を斬るのはとても嫌なんだ。そんなところに隠れてないで、正々堂々と戦ってみてはどうだい?」


 カネミツが少し挑発的に言うと、イフリートは苛立った様子で彼を睨んだ。


『森の猿共の小賢しい術のせいで我は不完全だ。だが安心するがよい、この器の魂を食らい尽くし終われば、貴様らを灼熱の炎で焼き尽くしてくれよう』


「何が安心なのやら。だけど困ったね……」


 カネミツはくるりと振り返ると俺に向かって苦笑しながら両手をひらひらと横に振った。


「さっきも言ったけど、僕は子供を斬りたくないんだよね」


「うん、知ってた」


 ついつい条件反射で答えてしまったけれど、コイツはそういう奴である。

 そもそもユピテルを助ける為にこの村にやって来たのだから、ハナからこの子を斬るという選択肢そのものが勇者としてありえないし、当然ながら俺としても無い。


『じゃあ、ここからは私が行きますね』


「エレナ???」


 俺は珍しく自ら戦いに赴くエレナに思わず驚いてしまったが、イフリートは愉快とばかりに笑う。


『なるほど、貴様も我と同類か』


『私は貴方のような乱暴者じゃないですけどね』


 人里へ来て早々に盗賊子分を水攻めしたり追いかけ回してた気がするけど、それはさておいて。

 片や炎の精霊、片や水の精霊。

 対極にある両者が炎の中で向かい合ったまま互いに牽制していた。

 そして最初に動いたのは……エレナだった。


『ブリザードスピアーっ!』


 エレナが右腕を振るうと同時に空中に大量の氷の矢が出現し、一斉にイフリートを襲う!

 直撃すればユピテルの身体も無事では済まない……が。


『ファイアウォール』


 イフリートの周囲を巨大な炎の壁が覆い尽くし、全ての矢を一瞬で蒸発させてしまった。


『次は我の番だな。……インフェルノ』


 イフリートの頭上に巨大な火の玉が出現し、離れているにもかかわらずチリチリと肌を焼く熱さが伝わってくる。

 そして、右手を突き出すと同時に放たれた巨大な炎の砲弾がエレナに襲いかかる!


『アイスウォールっ!!』


 炎の砲弾は巨大な氷の壁に阻まれると、湯気とともに消えた。


『フレアストーム』


『アイスストーム!!』


 それからは互いに一切言葉を発すこと無く、ひたすら魔法の撃ち合いとなった。

 精霊同士による高位魔法戦はまさに凄まじいの一言で、皆がそれを呆然と眺めるしかなく、その様子を見てサツキが服の裾をクイクイと引っ張ってきた。


「なんだ?」


「おにーちゃん……エレナさんと夫婦喧嘩はゼッタイやめた方が良さそうだね」


「うっせー。つーか夫婦じゃねえ」


 俺がサツキにデコピンを入れつつ再びエレナに目を向けると、その顔に焦りの色が浮かんでいるのが見えた。


「エレナ、大丈夫か?」


『私は大丈夫です。……でも、イフリートは魔法を放つ都度にユピテルさんの身体からマナを吸い上げ続けていて、このままだとユピテルさんの魂が先に消えてしまいそうで……!』


「クソッ! 万事休すか……!」



 ――その瞬間「危機感知」スキルが反応した。



 位置的には俺達の遙か後方、イフリートの……いや、ユピテルの正面だ。

 今このタイミングで、ユピテルに対し攻撃行動を取る人物はただ一人……。

 俺は咄嗟とっさにその名を叫んだ。


「やめろ、レネットっ!!!」


 直後、矢を射る音が村に響いた。

 凄まじい勢いで放たれた矢は、真っ直ぐにユピテルの心臓――ではなく、彼の左肩を貫いた。


『ヴェアアアアアアアアーーー!!!』


 突然の状況にイフリートは逆上し、周囲に向かって無鉄砲に炎を乱射し始めた。

 しかも、凄まじい形相のユピテルが叫ぶ様を見て恐ろしくなったのか、パニックに陥ったエルフ達は村長の命令を無視して、風魔法や水魔法をイフリートに向かって撃ち始めてしまった。


『ば、馬鹿者! 何をしておるっ!?』


『うおおおっ、くたばれ化け物めェェェーーー!!』


『こんなところで死んでたまるかクソッタレがッ!!』


『ホーリーシールド! ホーリーシールド! ホーリーシールドォ!!』


 文字通り「死に物狂い」で暴れるエルフ達の姿に、勇者パーティの三人は微妙な表情でそれを眺めていた。


「うーん、無抵抗であれという村の掟よりも、やっぱり恐怖心の方が勝っちゃうかー」


「我々のような剣士であっても、それに打ち勝つのは困難でござるからな」


「二人とも感心してないで逃げようよぉ~!」


 さすがに戦闘継続は困難と判断したらしく、カネミツは自分だけが残って他の二人を物陰に避難させた。

 最終的にこの場に残ったのは俺、エレナ、カネミツと……


「え? え???」


 キョロキョロと困惑した様子で立ち尽くす愚昧サツキの姿があった。


『さ、サツキさんっ!?』


「バカかお前! 他の連中と一緒に避難してろって!!」


「えっ、で、でもっ……」


 うっかり死地に取り残されてしまったサツキへすぐに離脱するよう促すものの、その隙に気づいたイフリートは地面を強く蹴り、一瞬でサツキの前へ移動して炎の拳を構えた。

 急いで助けようと手を伸ばすが届かない!


「ユピテルくん、やめてぇっ!!!」


「サツキ!!」


 サツキは恐怖に身を縮ませてその場にしゃがみ込む。

 そして、イフリートは拳を振り上げると……その手を宙で震えさせながら呻きだした。


「え、え……?」


『逃げ……て……サツキちゃん……』


「ユピテルくん……!?」


 姿こそ炎に包まれているものの、今声を発したのは紛れもなくユピテル自身だった。

 俺は一瞬の隙を突いて駆けつけると、サツキを抱き上げてその場を離脱した。


「お兄ちゃんっ、ユピテルくんが! 逃げてって……! 頑張ってるんだよ!!」


「ああ、そうだな!」


 俺は涙目のサツキの言葉に強く頷き、皆の隠れている物陰に避難させる。

 そして再び俺がイフリートに対面したところで、カネミツが口を開いた


「ユピテル君はイフリートとは完全に同化していないのだと思う。どうにかして奴と彼を引き剥がす事が出来れば助けられるかもしれない」


「引き剥がすって、どうやって?」


「君は凄腕のシーフだろう。ヤツの指輪を奪い取れたら良いんだけど……窃盗スティールスキルは修得していないのかい?」


「一応使えるけど、奴の指輪には効かなかったな」


 俺はユピテルを宿に連れ帰った際に、右手中指の指輪を外せないか強奪系のスキルを一通り試したものの、結果は全てダメだった。

 恐らく俺の鑑定スキルでエレナのネックレスを鑑定できなかったのと同じように、イフリートの封印の指輪に対しても似たような制約があるのだろう。


『ククク……間もなくだ』


「!」


 次の手に迷っている俺達を見て、イフリートは再び怪しくわらいながら呟いた。


『全ての封印が解かれし時、我が力は"神に匹敵"するものになるであろう』


「神……?」


 イフリートの呟きに、一瞬何かが記憶をかすめた。


「コイツの封印された指輪を奪い取れば、ユピテルは助かる……」


 シーフのスキルでは、イフリートを封印された指輪を奪う事は出来ない。

 ……だったら「シーフのスキルに頼らなければ良い」じゃないか!


「そっか、その手があったよな」


 俺は自分の右手をチラリと見てから、イフリートを見据えて真っ直ぐ足を進めた。


「俺とした事がうっかりしてたぜ。この右手は神様にだってケンカを売れるってのにさ。それで助けた女の子が目の前に居るってのにな!」


『カナタさんっ!?』


 驚きに目を見開くエレナを見て何だか笑ってしまったけれど、俺は右手を天に突き上げて叫んだ。


「さあ来い! ここで来なきゃ……意味が無ェよな神様!!」


 不思議と右手に力がみなぎってくる。

 全身の魔力を根こそぎ持って行かれそうな感覚に意識が飛びそうになりつつも、ギリリと奥歯を噛みしめて踏み止まる。



「――――来いッ!!!」





【】




【】




【……Now loading】




【ユニークスキル 全てを奪う者】

アンロックに成功しました。スキル使用可能です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る