第二章 魔法使いの少女シャロン
009-魔法学園での出会い
<魔法の都 エメラシティ>
「とーちゃくーーっ!!!」
サツキがピョンと馬車から飛び降りると、リュックサックに付けたクマ除け……じゃなくて、サツキ渾身のオシャレ鈴がチリンと鳴った。
しかし、周囲から奇異の視線を浴びたサツキはそそくさと鈴やフリル付きリボンを外すと、それをカバンに放り込んで馬車内にUターンで戻ってきた。
「かかなくて良い恥かいたじゃんかー! ヘンだったらヘンって教えてよっ!!」
「いや、大人のれぃでぃ~になるための人生経験がどうとか言ってたし、だったら協調性の大切さを学ぶ良い機会かなって」
「そんな人生経験いらんわああああーーーー!!!」
と、そんなこんなで到着早々に騒ぐ兄妹だったが、一方でエレナは不思議そうに周りをキョロキョロと眺めながら、ゆっくりと馬車を降りていた。
石畳に足先が当たるコツンという音に少し驚きながらも、視界いっぱいに広がる景色を眺めようと目を大きく見開いた。
『すごい……すごいですっ!!』
ここエメラシティは、白壁で統一された建物が並び、馬車が通行しやすいよう道も綺麗に整備されている、とても美しい街だ。
また、魔法の都と言われるだけあって、住民の大半が研究者や魔法学校の学生達であるのも特徴である。
彼らが生活しやすいよう物流が盛んで往来も多いので、ハジメ村しか人里を見たことのないエレナが驚くのも無理はない。
「こんな街が世界にはいっぱいあるんだ。ここから南にある聖王都プラテナに行ったら、もっと驚くかもな」
ちなみに聖王都プラテナは、この世界において「神に最も近い地」とされ、中央教会や国家騎士団の本部がある。
その街の規模はエメラシティとは比較にならない程で、さすがの俺も初めて訪問した時は度肝を抜かれたものだ。
エメラシティで驚いているエレナなら、そのスケールの大きさにビックリ仰天してひっくり返ってしまうかもしれない。
『こんなに大きな街がたくさんだなんて……! 是非、見てみたいですっ!』
「おう、任せとけ」
俺がそう答えると、エレナはとても嬉しそうに笑った。
……そして、俺達が向き合っていた隙間からニョキッとサツキが生えてきた。
「うへへへー、お二人さん。良いムードのところ申し訳ないけど、アレが気になるんでさぁ!」
「何なのその口調。まあいいや、んで何が気になるって?」
「あれあれ! あそこにある、白くてでっかいやつ!!」
サツキが遠目に眺めている先にあったのは、街の中央に位置する大きな石造りの建物だった。
「あー、アレが魔法学校だよ」
「えっ、マジでっ! 都会の学校ってあんなに大きいのっ!?」
ちなみに、勇者パーティの一員として世界を巡ってみて初めて知ったのだが、実はほとんどの農村には学校なんてモノすら存在しない。
俺達の生まれたハジメ村は珍しく学校と呼ばれる仕組みはあったものの、村の識者が子供を集めて生活に必要な知識を教える程度の小規模なものだった。
ただし、俺とサツキの場合はかつて神官だった母さんから読み書きを教えてもらえていたので、それに関しては幸運だったと言えるのだけども。
「まあ、エメラシティ魔法学校は他の都市にある学校と比較しても特に立派かな。そもそもこの街は、魔法学校の為に作られたようなもんだし」
詳しい話は忘れたけど、確か偉大な賢者が地を治めた時に設立したとか、そんな事を聞いた気がする。
「そんじゃ、宿を確保できたら行ってみるとすっかな。お願いすれば学校見学くらいはさせてくれるだろうし」
「おー!」『わくわく』
俺は二人を引き連れて宿屋で相部屋を確保し、そのままの足でエメラシティ魔法学校へと向かった。
<エメラシティ魔法学校>
校内に入った俺達は早速、通りすがりの先生に話しかけて見学したい旨を伝えたところ、快く承諾してもらえた。
かつて勇者カネミツがズカズカと我が物顔で歩いていてスゲーと思っていたが、どうやら部外者が侵入しては困る場所にはあらかじめ魔法障壁が張られており、それ以外であれば誰でも自由に見学できるんだそうな。
「むむっ、そちらのフードのお嬢さんから、とても強い魔力を感じます。正しく知識を学べば、きっと素晴らしい魔法使いになれる事でしょう」
『あ、ありがとうございますっ』
エレナがフードを深く被ったままぺこりとお辞儀をするのを見て、応対してくれた方は満足げに去っていった。
「へぇ~、魔法使いって相手の魔力がどのくらいとか、そういうのも分かるんだねぇ。さすがにエレナさんの正体までは分かんなかったみたいだけど」
「先生レベルでそれなら、まあ騒ぎになる心配は無いかな~」
と、俺が楽観的に呟いたその時――
「えっ、なんで……?」
通りすがりの女生徒がコチラを見るなり、目を見開いて驚いていた。
そして――彼女の顔を見た俺は思わず息を飲んだ。
その姿はまるで
制服の腕章に飾られた星形のエンブレムは、彼女が学内で最も能力に秀でている事を表している。
つまり、この女生徒の正体は……
「どうして、こんなところに精霊が居るの?」
『!!』
俺はエレナの手を引いて
いくらなんでもこんなに早く遭遇してしまうのは完全に想定外だったが、とにかく話がややこしくなる前にどうにかしないと!
「驚かせてすまない。でも、この子は世の中を色々と見て回りたいって思ってるだけなんだよ。だから、何か悪巧みがあるわけじゃないって信じてほしい」
正直にこちらの目的を伝えると、シャロンは呆れ顔で溜め息を吐いた。
「あなた達の事情なんて知ったこっちゃないし、別に私だっていきなり危害を加えるつもりは無いわよ。そもそも、その子に害が無いなんて"ソレ"を見れば一目瞭然でしょ」
「ソレ?」
シャロンの視線の先を追いかけると、そこには俺の腰に抱きついたまま、うるうると涙目で怯えるエレナの姿があった。
◇◇
「ふーん、精霊ってのは召喚士に呼ばれて暴れ回ったらさっさとオサラバするモノだとばかり思ってたけど、そういうケースもあんのね」
というわけで、俺達は何故かシャロンに連れられて校内のカフェテリアにやって来ていた。
「えーっと、何でカフェ???」
「あんな通路のド真ん中で立ち話なんて、目立って仕方ないもの。ここなら人も少ないし、私に近づく物好きなんて誰も居な~……って、そんな事はどうでも良いのよっ!」
シャロンは大理石のテーブルにカッと音を立てながらグラスを置くと、正面に座っているエレナを指差した。
「で、エレナさんは何を代価として、この彼と行動を共にしているの?」
『代価???』
キョトンとした顔で首を傾げるエレナを見て、シャロンは驚いていた。
「ちょっと! 召喚士が精霊を呼ぶ時は魔法石とか術士の魂を要求するってのが常識でしょ? ……まさか、あなたは一切の代価を要求する事なく召喚に応じたと言うの!?」
『うーん、これといって特には……あっ、そうだっ! 魔法石じゃないですけど、このネックレスはカナタさんから頂いたプレゼントなんですよ~。えへへへ~~(^-^)』
エレナがネックレスの宝石を嬉しそうに撫でる様子を見て、シャロンは微妙な顔になりながらシロップとミルクたっぷりのカフェを一口すすった。
「なんでかしら。やたら甘ったるい恋人同士のノロケ話を聞かされた気分だわ……」
「あたしは好物だけどね~」
「はぁ……まあいいわ。行き倒れの精霊を助けて、上手く懐かれたら代価ナシに慕ってもらえる可能性があるってのは、なかなか夢のある話ね」
何だか盛大に勘違いさせてしまった気がするのだが、さすがに深く詮索されるのも困るので、とりあえず黙っておこう。
俺が内心そんな事を思っていると、シャロンは俯きながら口を開いた。
「人間なんてつまらない連中ばっかだし、いつか私も貴女みたいな精霊のパートナーを見つけたいものだわね」
少し寂しげに呟きながらカフェの外を眺めるその横顔は、何だかとても儚げで……。
それは、俺の知る「勇者パーティのシャロン」が決して見せる事の無い素顔だった。
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