002-水の精霊エレナとの出会い

「シーフと一緒に世界を救ったってのは、コンプライアンス的に色々とマズいんだ。禁断の魔道書の一件とかが表沙汰になると洒落にならない」


 勇者はそんな言葉を言い残すと、仲間達と一緒に酒場を出て行ってしまった。

 確かにシーフ職といったら、鍵開けやら足止めやらスキルが妨害に特化してるし、盗人(ぬすっと)だの強盗だのといったイメージが強すぎるゆえに印象は正直あんまり良くないけれど……。


「だからって、このタイミングで追い出すか普通っ!?!?」


 ちなみに禁断の魔道書の一件というのは、シャロンが『ゴッドフレア』を会得する際、魔法学校に封印されていた禁呪のスクロールを手に入れるために宝物庫破りをやっちまった事なのだが、今更そんな前の話を持ち出されても困ってしまう。

 そもそも、そんなことで追放だなんて全く意味がわからないし、酔っ払ってるところへ唐突に言われたもんだから、文句の一言すら言えなかった。

 いや、さすがに驚きすぎて一発で酔いは醒めたけどさ!


「どうすりゃいいんだコレ……」


 俺達のいるサイハテの街は「常闇とこやみの大地」と呼ばれる岩山に囲まれた暗黒世界の中央に位置している。

 街を一歩出れば凶悪モンスターが闊歩する超危険地帯であり、このエリアを抜けるには南の果てにある「死の洞窟」という迷宮ダンジョンを突破しなければならない。

 当然こんな街に来ている連中は全員が魔王の首を狙う強者ばかりなわけで、俺がのんきに「聖王都に戻りたいんで、死の洞窟を抜けるまで護衛をヨロシクお願いしまーすっ!」なんて言ったところで依頼を聞いてくれるわけがない。

 というか、そもそも傭兵を雇うカネも無い。

 帰還を諦め、勇者が魔王を倒すまでサイハテの街に滞在するにしても、路銀を稼がないと日々の食事すらままならない状況である。


「明日から、俺一人でも倒せるモンスターを探そう!」


 そう思い立ったのは良いものの、さすが最前線の街だけあって宿代がバカ高く、俺の手持ち資金では一泊すら出来ない事が判明。

 いきなり街の隅で野宿という、微妙なスタートとなった。



【聖王歴129年 黒の月 2日 ソロ活動1日目】


 魔王城からなるべく遠くへ離れようと南の平原に向かったのだが、殺人蜂キラーホーネットの大群に襲われて危うく死にかけた。

 というか、サポート職であるシーフが、常闇とこやみの大地に出現する凶悪モンスターをソロで倒せるわけがないのである。

 どうにか街に逃げ帰ったものの、モンスターを一匹も倒すことが出来なかったため、酒どころか食事すら口に出来ないまま、今日も街の隅で野宿して過ごした。



【聖王歴129年 黒の月 3日 ソロ活動2日目】


 今日は街を出て西に向かうと、美しく輝く泉を発見した。

 どうやら巷で『聖なる泉』と呼ばれる聖地だそうで、モンスターなどの邪悪な存在は泉に立ち入る事すら出来ないらしい。

 そんな素晴らしい環境に感涙しつつ、二日ぶりの食事のため泉に釣り糸を垂らすと――


『こらぁーー!! ここは釣り禁止ですよーー!!!』


「うわあああーーーっ!?」


 いきなり泉の中から現れた女性に怒鳴られてしまい、驚きのあまり足を滑らして泉に落っこちてしまった。



【警告】

 人類種の侵入を確認しました。

 守護者は直ちに対処してください。



『わ、わわわっ! 大丈夫ですかっ!?』


 女性は慌てながらも俺の手を取ると、そのまま岸まで押し上げてくれた。


「あ、ありがとう……」


 と、お礼を伝えたところで改めてその女性の姿に俺は驚いた。

 彼女の容姿は今年二十二の俺よりも少し年下くらいに見えるものの、美しく澄んだ青い瞳と薄水色の長い髪は、彼女が『人ならざるもの』である事を物語っている。


「えーっと、君は……精霊?」


『はい。私の名前は水の精霊エレナ、聖なる泉を護る者です』


 それから、この泉の大切さを延々と説かれた俺は、しょんぼりしながら泉の端っこの安全地帯で体育座りしたまま途方に暮れていた。

 だって、せっかく食料が手に入るかと思った矢先に説教されたうえ、結局お腹すいたままなんだもの……。

 と、悲しげにしていたところ、エレナが困り顔でやってきて俺の肩を恐る恐るツンとつついた。


『あの……さっきはちょっと厳しく言い過ぎちゃってごめんなさい。でも、この泉は清すぎて生き物が生きられないので、お魚さんは一匹も居ないのです』


「そっか……」


 力無くうなだれる俺を見て、エレナはぶんぶんと首を横に振った。


『で、ですけどっ、周りの樹に生っている果実は毒もありませんので、少しだけなら採っても良いですよっ。あとあと、少量であれば泉の水を摂るのも構いませんので、喉の渇きを潤して頂くのも大丈夫ですっ! えーっと……あっ、泉のほとりに生えているキノコも食べられるかもしれません、たぶんっ!』


「あ、ありがとうっ! ホント、何だか気を遣わせてゴメンな」


 でも、泉のほとりに生えているキノコは遠慮させて頂きます。



【聖王歴129年 黒の月 4日 ソロ活動3日目】


 今日はエレナのいる聖なる泉とは真逆、つまり東へ向かうことにした。

 だが、街を出てしばらく行った先にあったのは、これまた聖なる泉とは真逆で、激しく瘴気しょうきの漂う沼地だった。

 水の色はドス黒く濁っていて、たとえ魚が釣れたとしても食える気がしない。


「一応調べてみるか……」


 俺は沼に右手をかざしながら神に祈りを捧げ、スキルを発動させた。


「鑑定!」



【鑑定結果】

水質:猛毒

毒性:触れると皮膚のかぶれ、飲用で死亡事例あり。高温環境で気化した毒を吸引すると意識消失のおそれ。取り扱い厳重注意。

ダメージ:即死



「うっへぇ、ダメージ即死とか初めて見た……。でもまあ、一応は採取しとくかなぁ」


 直接に手で触れると一発アウトっぽいので、そこら辺に転がってた枝の先端を沼に浸して少しずつ小瓶に移す事で、どうにかノーダメージでの採取に成功した。

 ちなみに街に戻って道具屋に持ち込んだところ「査定額ゼロ」だそうで、何だか凄く損をした気分のまま、今日も街の隅っこで野宿するのであった。



【聖王歴129年 黒の月 5日 ソロ活動4日目】


「うっしゃああああああーーーーーーっ!!!」


 昨日採取した「毒沼の水」であるが、店に売れないわビンも汚れるわで最悪だと思いきや、何とコレが我が生活を一変させる「究極のスーパーアイテム」だという事に気づいたのだ!

 まず、コイツを持ってエレナの居る「聖なる泉」へと行く。

 聖なる泉の周辺には非常に強い結界が張られており、この中にモンスターは侵入できない……つまり安全地帯であるという事だ。

 そして、先の「毒沼の水」の入ったビンのダメージは「即死」……つまりっ!!


「トドメだーーーーーー!!!」


 ゴツッ!

 グレーターデーモンの頭頂部に、俺の投げた小ビンが見事に命中した。

 本来は小ビンをぶつけたくらいで倒せる相手ではないのだが、当たった衝撃でビンの中身がぶちまけられた場合の結果は言わずともがな。



バターーーーーーーンッ!!!



 大地に巨体が倒れる音が響いた後、俺は周囲を警戒しつつグレーターデーモンが光となって消えてしまう前にツノを採取し、討伐証明アイテムを無事にゲット!

 そして素手で触れないよう慎重かつ早急に小ビンを回収しつつ、全力ダッシュで聖なる泉の安全地帯内に逃げ込むっ。

 ズザーーーッ!


「東の毒沼で水を採取し、それを聖なる泉の安全地帯からモンスターにぶつけて倒す! この往復によりゼロコストでのソロ狩りが可能! 俺すごい!! 俺ちょーすごい!!!」


 自画自賛する俺を見て、エレナは笑顔を引きつらせながら溜め息を吐いた。


『私、結構長い事ココに居ますけど、そんな戦い方する人は初めて見ましたよ……。あっ! その汚いビン、絶対にここで洗わないでくださいねっ!! ぜったい、ぜったい、ゼッタイですよ!!』


「ふり?」


『違いますっ!!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る