15. Into the end point
物事には終わりがある。それは時に、突然訪れることがある。当事者達の想いとは無関係に。
終わりの日。授業を終え、放課後の時間帯に入ったところだった。
「……もう一度考え直しませんか? 空手部は、貴方の優れた暴力性が合法的に評価される場所ですのよ?」
「……もう少し他人の褒め方を学べよ」
数日前の決闘以来、しばしばリオンは刹華を空手部に勧誘するようになった。
「だって、ダイヤの原石を見つけたら、放っておくのは勿体無いと思うでしょう? 拾うでしょう? 磨くでしょう? 売り物にするでしょう? 才能を無闇に腐らせるなど、世界にとっての損失に他なりませんわ」
「自然な流れで売り捌こうとするな。そして何度も言うが、空手に興味はねぇ」
「……理解に苦しみますわ。この
無愛想に突っぱねる刹華に愛想を尽かし、諦めて立ち去ろうとするリオン。それを引き止める声があった。
「栄花さん、今ちょっとだけ時間ある?」
刹華の隣の席。つまり烏丸羽月であった。帰りの準備を済ませたところのようだ。
「あら、烏丸さんから用事とは珍しいですわね。構いませんわよ」
何時に無く真剣な表情の羽月を見て、最近彼女が考え込んでいる様子であったことを刹華は思い出した。
「お願いしたいことがあるんだよ。かなり図々しいことだから、無理なら無理で構わないんだけど……」
「構いませんわ。おっしゃってください」
羽月が勿体ぶった言い方をするので、リオンは少し焦れたように先を促す。
そして、爆弾が投下された。
「三百万円、私に貸してくれませんか」
突然の発言に、刹華は気管に唾が入り激しく咳き込み始めた。相手のリオンも、当然目を丸くしている。
「ええっと……冗談でも恐喝でもなさそうですわね。何か、重大な理由がありそうですけれど」
もう四の五の言ってられないと判断している羽月は、首を縦に振ることで肯定した。
「分かりました。少しお話を伺います。あの時の金額と同一ですが、この件との関係は?」
リオンがちらりと確認するも、刹華は
「無関係ではないよ。刹華は私を助けてくれてたから」
「分かりました。少し、隣の教室をお借りしましょう。さあ、貴方も来なさい」
リオンは苦しそうに
「……弟さんが?」
理由を聞いたリオンは、声を震わせていた。
「……大事ではないですか。いつからですの?」
「私が引っ越してくる、ちょっと前からだね」
リオンの感情が予想以上に揺れていることに、羽月は一歩引いた。
「……もしや、鬼ヶ島さんがあの時に要求してきたのは、それが理由では?」
一瞬でも勝ち馬に乗ろうとした羽月に、再度罪悪感が生まれた。
「あれは……私が頼んだ訳ではないんだけど、刹華が進んで……」
話を振られた刹華は、バツが悪そうにそっぽを向いている。しかし、その仕草はリオンに肯定とみなされてしまったらしい。目からは涙が溢れようとしている。
「どうして言ってくれませんでしたの! 貴方、友人の弟さんの為にあんな真似を……鬼ヶ島さん、貴方の認識を改めます。
「……頼むから、ターゲットから外してくれ」
刹華の懇願はリオンには全く届いていない。そして、リオンは涙を拭きながら羽月へと向き直った。
「……良いでしょう。三百万円、用意させて頂きます。返済は何時でも構いません。今から爺やに頼んで持って来させますわ」
「……本当に大丈夫? あんまり負担はかけたくないんだけれど……」
「問題ありませんわ! 身内を失うことは大変悲しいことです。
金持ちはスケールが違うなぁなどと思いながら、刹華は話を聞き流しつつ廊下側の窓を眺めていた。というのも、教室の外からゆうりと美里が覗いていることに気がついたからだ。二人と目が合うものの、こちらに向けて手を振る始末。二人にはあまり隠れる気がないらしい。
不意に、少し離れた位置から携帯電話の音が鳴り、美里が物陰に引っ込んだのを刹華は見た。どうやら美里の電話の着信音だったようだ。遅れてゆうりも引っ込んだので、刹華は交渉中の二人に視線を戻した。
「……
「烏丸さんは正直ですわね。心配してくださってありがとうございます。ですが
傍から見ている刹華としては、遠くない未来にリオンが別件で騙されないか心配になった。人を見る目が無いと言わざるをえない。
「……ですが、今から爺やに持って来るように伝えたとして、手持ちとして現金があるかが心配ですわね。
文末をへし折るように、何かを叩きつけるような音がした。その発生源は霧山美里で、勢い良く開けた扉からだった。美里は大声を放った。
それは、終わりの合図だった。
「ヒガミ! 見つけたって!」
刹華と羽月は、その知らせに驚いた。
「うそ! どこにいるの!」
羽月の反応は早かった。切り返すように詳細を求める。
「志垣市との堺のブラクマ前! 志垣二中の校門前の! 見つけた奴がそこで待ってるから急げ! 待ってる奴の写真は今から探してはつきんにすぐ送る!」
「あの辺かよ……普通に行くと二十分くらいはかかるぞ」
刹華が頭を抱えているのに対し、羽月は迷いがなかった。
「私が飛べばすぐだよ! 刹華を抱えて飛ぶから、道案内お願い! 栄花さん、さっきの話は一旦保留で!」
「おいっ、こんな時間に飛んだら人目につくだろ!」
「緊急事態だから仕方ない! 屋上までダッシュ!」
羽月が腕を引っ張る形で、二人は屋上へと走っていった。
「気をつけてなー!」
美里は手を振るが、ゆうりは彼女に合わせて手を振っているだけで状況を飲み込めておらず、リオンについては完全に置いていかれていた。
「……何かありましたの?
怪訝な顔をしたリオンに、美里は少し考えて戯けた調子で答えた。
「ま、ジャックポットってとこ?」
ブラックマート志垣第二中学校前店の駐車場に、二人は空路を用いて風のようなスピードで駆け付けた。二人が着地する時に慣性で二人の身体は激しく横滑りし、急ブレーキをかけるバイクのような動きをした。
「……もう少し安全に着陸出来ねえのかよ。靴底が消しゴムみたいに擦り切れちまうだろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。例の目撃者は……」
翼を格納して服装を整えた羽月が店舗の方に目を向けると、一人呆気にとられている他校の女子高校生がいた。携帯電話を取り出して確認してみると、どうやら間違いなさそうだ。
「あの人かな。ちょっと驚かせちゃったみたいだけど」
「突然空から人が突っ込んできたら普通ビビるだろ」
小走りでその人物の元に向かう。長い黒髪で垢抜けた雰囲気の彼女は、突然の出来事に動けないでいた。
「驚かせてごめんね。霧山さんの知り合い?」
「え、うん。あいつを追っかけてるのが君ら? レッダーってマジでいるんだね……」
都市伝説まではいかないが、黒髪の少女は一般的に珍しい存在を、奇異の目で見ている。
「急ぎだから挨拶は省くね。火神はどこ?」
羽月が彼女を急かすと、黒髪の少女は我に返る。
「そっか、そうだった。向こうの廃墟群の方に行ったよ。さっきまでここで煙草吸ってたけど、まだ何キロも離れてはいないと思う」
志垣台廃墟群。通称、幽霊街。廃ビルや空き店舗等が群れを成すその場所が栄えていたのは、刹華達が生まれるよりも前の時代だ。最近、刹華はこの廃墟群の捜索を行ったことがあったが、流石に一つ一つの廃墟を探すことは行わなかった。
「ありがとう。捕まえたら何かお礼をするよ。刹華、先を急ごう」
羽月に続こうとした刹華は、ふと、さっきの言葉を思い出した。
「火神は煙草吸ったって言ったな。さっきまで、ここで煙草を吸ってたのは火神だけか?」
「え? まあ、そうだと思うけど」
刹華は煙草の残り香を感じていた。煙草特有の臭気に混ざった甘ったるい香りは、かなり特徴的だった。つまり、この香りは火神のものという訳だ。
これなら追える。そう刹華は確信した。羽月もそのことに気がついたようだ。
「刹華、いける?」
「大丈夫だ。いくぞ」
二人は灰色の街へと走りだした。
「……やっと、終わる」
羽月は、走りながら呟く。
無謀だと思っていた願いが叶う。それも、負債を背負わずに。油断はするべきではないと理解しつつも、逸る気持ちが羽月の中で大きくなる。そういった意味では刹華の方が冷静ではあるのかもしれないが、それでも対象に逃げられては困るという気持ちは同じであった。
三つめのT字路。それを右に曲がった先で、一人の男が携帯電話を弄っていた。二人はちらりと顔を確認したが、それはどうやら火神ではない。体格のよい長身、白いTシャツにアロハシャツと短パン。そして何より、あまり関わりたくない雰囲気である。そのままのスピードで横を通り過ぎようとすると、
「オイ、ねーちゃんたち」
呼び止められてしまった。仕方なく立ち止まる二人。
「よう。探し人なんだけど、この辺でコイツ見なかったか?」
突き出された携帯電話の画面に、二人は息を呑んだ。火神真也。
「……その人、あっちのブラックマートで煙草吸ってるのを見ましたよ」
刹華が声をあげるよりも早く、羽月は堂々と嘘を吐いた。そのおかげで、刹華は失言をせずに済んだ。
「おお、ありがとよ。お陰で助かったわ」
男は礼を言い、去ろうとした。
「……とでも言うと思ったかよ」
しかし、男は再び足を止めた。
「そこの白髪のねーちゃん、あんた嘘吐いてんだろ。ポニーテールのねーちゃんの顔見りゃ分かんだよ。俺を誰だと思ってんだ」
自分の表情が何か悪かったのだろうかと思いながら、刹華は少し後退る。羽月もそれに合わせるように、一歩後退する。
そんな警戒の姿勢を見せる二人に、男は歩み寄る。
「俺は赤い饗獣が一人にして無敗の傭兵、ライリー=ヴァーデック様だぞ!」
「……全く知らねえな」
間髪入れずに返す刹華を、羽月は肘で小突いた。
「……まあいい。嘘を吐いてんのは分かってんだ。早く言っちまった方が身の為だぜ」
ライリーと名乗る男は、指の骨を鳴らしながら近づいてくる。
「……火神に用でもあるのかよ」
やむにやまれず刹華が応じると、ライリーはニヤリと笑った。
「ああ、ヒガミを片付けるのが俺の仕事だ。教えろよ。女子供に手は出したくねぇ」
ゆっくりと、しかし確実にライリーは近づいてくる。不穏な空気を撒き散らしながら。
「……どうする」
「……分かんないけど、正直に言っても無事でいられる保証はない。逃げるよ!」
その後の行動は早かった。二人は後方へ走りだし、羽月が刹華の腕を掴むと、巨大な翼を出現させ空へと舞い上がった。そして、ライリーとの距離をグングン離していく。
「……なんなのあいつ。とりあえず、ある程度離れた所で着地するよ」
「……できるだけ早くな。実は高いところあんまり得意じゃねぇんだ」
「今更な話だね……」
刹華の震える声を聞きながら、あっという間に廃墟の対角の位置へと着地した。
「刹華、ここから火神を追える?」
「匂いは覚えてる。ある程度戻れば、なんとか……」
辺りを見回していると刹華は、不意に周囲が暗くなったように感じた。雲の影か何かかと思いながら、何気なく見上げる。
刹華は血の気が引いた。
「逃げろッ!」
羽月に向かって体当たりをするような形で、刹華は自分の身体を使って羽月を突き飛ばした。元居た位置に飛び込んできたのは、巨大な瓦礫。それは教室一つ分ほどのエリアの抉りながら、轟音と共に墜落した。幸い、そこからの飛散物が二人に大怪我を負わせることはなかったが、小さな砂利などに打たれながら感じる戦慄は収まらなかった。
「やるじゃあねぇか。ま、こんくらいはやるよな。死んでもらったら、ヒガミのこと聞けなくて困るしよぉ」
轟音の後にライリーの声が響く。二人は倒れたまま振り返り、その姿を目撃する。
異形。先程のライリーよりも数段巨大で、肩や背中、そして額から大小様々な角が皮膚と衣服を突き破るようにして伸びている。身体中が見るからに硬質化しており、それを人間と呼ぶことを躊躇ってしまいそうな、邪悪な姿。
「遊ぼうぜ……レッダーのねーちゃんよぉ」
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