兄は普通に殺された

「兄ちゃん」


 嫁と一人娘の三人で買い物した帰り道、10年ぶりに道端で兄と再会した。兄の様子は大きくは変わっておらず、目の輝きが昔よりも無くなったぐらいだろう。

 兄は嫁と子供と初めて会う。

 結婚式にも参加せず、両親からあきれられていた。なので、せっかくの家族だけの時間だからと兄は断ったが、嫁も子供も兄と話したいと四人で少し高いレストランで食事をすることにした。

 料理を注文すると僕から兄に聞きたいことがあった。


「いま、なにしてんだよ。全然実家にも帰ってないし」

「なにって…まぁ、いろいろな。一人が好きだし、いまさら実家に帰るのもな」

「結婚式にもばあちゃんの葬式にも来ないし…あきれてたぞ」

「ハハハ…だろうな」


 それからしばらく沈黙が続き、それに耐えられなくなったのだろう。嫁が口を開いた。


「もし、何か困ってるなら言ってくださいね。身内ですし」

「そうだよ。お金にも困ってんじゃなにのか」


 僕と嫁が質問し終えると同時で料理がきた。兄は自分の料理を手に取って一口食べると、水で流しこんだ。


「他人からも身内からも金は借りない。金の切れ目が縁の切れ目って言葉もあるだろ。それに、兄弟の金銭問題でゴタゴタみたいなのあるあるでしよ。」

「そうかもしれないけど」

「お前が努力して知ってるし、今の仕事もかなりいい仕事なんだろ。俺なんかより、奥さんと子供に使ってやれよ。な」


 兄のその言葉からその後は娘のことなどたわいもない話をして、食事を終える間際に兄はお年玉をあげてなかったとナプキンでお札を包むと娘に渡した。


店を出て兄と別れると嫁が僕に言ってきた。

「お兄さん。少し変わってるけど…聞いてたよりも普通の人だったね」

「そうか…」

「あのね。ショウちゃんがお会計してるときに、お兄さんがあの子に言ってたの。勉強は大事だぞ。それに、いろんなことをして、好きなことをたくさん見つけるんだ。この二つさえやっておけば…おじさんみたいにならなくて済むからって」



兄と会ってから四日後ーー

兄は死んだ。自殺だった。


 警察の人から事情などいろいろ聞かれたがわからなかった。わかるわけがないそれが率直な感想である。

 警察の人が言うには、近所の人や会社の同僚などから兄の印象は普通だったらしい。自殺する理由がないほど普通の生活をしていたみたいで、貯金もあるし病気もしてない。人間関係も普通だった。

 年季の入った警察官の人と話していると、部屋に若い警察官が何か持って入ってきた。


「息子さんの部屋にあったノートパソコンですが、そのなかに遺書らしきものが…」


 そう言って若い警察官が見せたパソコンの画面にはーー


『僕の人生は普通だった。普通というのを得るのはこの世の中で難しい。でも、裕福より貧困より幸せより不幸せよりも残酷だと思う。

人は二度死ぬという言葉があるが、底辺はすぐに二度死ねる。裕福な奴は長い時間覚えられている。だが、普通な奴は中途半端に二度死ねない。

俺はなにもなかった。何者でもない。

ふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつうふつう……俺は、普通に殺された』

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