お盆・夏の日・スイカ(その1)

 お盆の時期になると、どいつもこいつも慌ただしい。

 やれ帰省の準備だ、やれ旅行の計画だ、やれ旧友と会うのだ――とにかく誰もが遠征するものだ。


 その慌ただしさに巻き込まれるのが、高速道路と新幹線だろう。下り方面が数十キロの渋滞です、だなんてニュースを見る度に私は『夏が来たなあ』と思うほどだ。


 今年のお盆も、例外ではない。

 私が東京駅に辿り着くと、そこは人の波が大きなうねりを作っていた。


 駅の構内に入ってもなおそのうねりは収まらず、むしろ激しさを増していた。確かに冷房は効いているはずなのだが、人混みの熱気がそれを感じさせない。うだるような暑さである夏の日、それは人が生み出したものなのかもしれないとすら感じてしまう。


 人と人との間をなんとかすり抜けて東海道新幹線の乗り場に辿り着くと、そこにはまた更なる人だかりができていた。どうやらそれは、新幹線の乗車券を買い求める者たちが為した列であるらしい。


 私はそれを見て、思わずほくそ笑む。


 去年までの私は、あちら側の人間であった。事前に乗車券を購入するのがなんとも面倒で、結局当日まで引き延ばしにした挙句、長蛇の列に並んでようやく自由席の切符を手にする。もちろん自由席に座ることも叶わずに、数時間もの間立って過ごす羽目になるのだ。


 だがしかし、今はいい時代になった。

 乗車券の予約はスマートフォンであっさりと済むだけでなく、もはや乗車券すらいらないのだ。予約の際に交通系ICカードを登録すると、ワンタッチで改札をくぐることができる。


 言うなれば、あの長蛇の列は前時代の産物と言えよう。

 時代遅れ共の掃き溜めと言っても過言ではない。


 私は事前に予約を済ませ、もちろんICカードも登録した。まだかまだかと苛立っている者たちをよそに、実にスマートに帰省を果たすのだ。



『もう一度、タッチしてください』


 前時代の産物を横目に改札をくぐろうとした私を、警告音と機械音声が静止した。確かにICカードをタッチしたはずなのだが、上手く認識されなかったようだ。


『もう一度、タッチしてください』


 だがしかし、定期入れからICカードを取り出して再度しっかりと読み込み部へ押し付けた私をあざ笑うかのように、改札はその口を閉ざしたままだった。


「どうかしましたか」


 何度も読み込み部へカードを叩きつける私を見て、駅員が近づいてくる。


「どうしたもこうしたもあるか。読み込まないんだ」

「おかしいですね」

「ちゃんとネットで予約もした。予約の際、ちゃんとS○ICAの情報も登録したぞ」


 不思議そうに首をかしげる駅員に、私は交通系ICカード――SUI○Aを手渡してやる。


 SU○CAを受け取った駅員はちらりとそれを見ると、非常にばつが悪そうな表情を浮かべた後、ゆっくりとその口を開いた。



「お客様、これ、PASM○です」

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